守る剣
まだ夜も明けきらぬ頃、紅葉たちは荷馬車に揺られて前線へ急いでいた。
空は鉛色で、遠くからは爆音と金属音が混じった響きが届く。
「目的は負傷者の保護と撤退支援だ。敵は多い、全員生きて帰れ」
蓮の声は短く、それでいて鋼のように硬かった。
紅葉は大剣の柄を握りしめる。掌に冷たい汗がにじむ。
(……もう間違えない。あの時とは違う)
拠点に着くと、空気が一変した。
焦げた木の匂い、血と土の混ざった臭気。倒れた仲間の呻き声。
「紫苑、前から敵を抑えろ! 猫柳は側面を警戒!」
蓮の指示に即座に動く二人。その背中を追いながら、紅葉は戦場へ踏み込んだ。
結芽は負傷者の前に立ち、巨大な盾で射線を完全に塞いでいる。
「紅葉さん!右側、敵接近!」
「了解!」
敵の一群が一瞬ひるみ、背を見せた。
(追えば……仕留められる)
脳裏に浮かぶのは、あの時の光景。追った結果、守るべき人を失った日。
その瞬間——
「結芽、危ない!」
敵の投擲槍が一直線に結芽へ飛ぶ。
紅葉は迷わず地面を蹴った。
大剣を盾のように構え、衝撃を全身で受け止める。
金属がぶつかる鈍い音と共に、腕に痺れるような痛みが走った。
「紅葉さん!?」
「……ああ、大丈夫!下がれ、今は耐える時だ!」
敵が突進してくる。紅葉は大剣を大きく振り抜き、地面を抉る一撃で進路を塞いだ。
「紫苑、援護射撃!」
「心得ましたわ!」銃声が重なり、敵が怯む。
猫柳の糸が二体の足を絡め取り、エリカの刀がその隙を突く。
紅葉は仲間たちの動きに合わせ、前へ出すぎず、後退しすぎず、盾のように動き続けた。
結芽が負傷者を後方へ運び終えた瞬間、蓮の声が響く。
「全員撤退! 紅葉、最後尾を頼む!」
「任せて!」
敵を牽制しながら最後尾を走り抜け、安全圏に入った時、全員の息が一斉に抜けた。
結芽が紅葉の前に立ち、深く頭を下げる。
「……助けてくれて、本当に……ありがとうございました」
その目は真っ直ぐで、震えていなかった。
「おい、やるじゃねぇか」猫柳が笑いながら背中を叩く。
紫苑も「今回の判断、見事でしたわ」と柔らかな笑みを向けた。
エリカは何も言わなかったが、横に並び歩幅を揃えた。それだけで十分だった。
その夜、焚き火の明かりが紅葉の顔を照らす。
「今日のお前……嫌いじゃない」
エリカが小さく呟き、炎に背を向けた。
紅葉は胸の奥で、確かに何かが溶けていくのを感じた。
(もう、同じ間違いはしない。今度こそ……守る)