問いかけ
森を抜ける帰り道、紅葉はずっと足元ばかり見て歩いていた。
脳裏には、倒れた母親と泣き叫ぶ子供の姿が何度もよみがえる。
(あの時……あの瞬間……私が違う判断をしていたら……)
握る大剣の柄が、汗で冷たく滑った。
広場は、先ほどの祭りとは別世界だった。
灯籠は砕け、屋台は倒れ、地面は焦げ跡だらけ。
結芽は盾を支えながら負傷者を庇い、紫苑は救護班と連携して止血をしている。
猫柳は泣く子供を抱き上げ、エリカは黙々と瓦礫をどけていた。
街の人々は怯えきり、紅葉を一瞥するとすぐ目を逸らした。
(……私を、責めてるわけじゃ……でも)
胸がひりつくように痛んだ。
「紅葉」
低く落ち着いた声に、紅葉は振り向いた。蓮が少し離れた路地を顎で示す。
「来い」
蓮は腕を組み、紅葉の目をまっすぐ見た。
「……お前の判断は、何を守った?」
その一言が、胸の奥に重く沈む。
「私は……逃したくなかった。もう誰も傷つけたくなくて……」
「で、守れたか?」
紅葉は言葉を失う。脳裏に、あの親子の光景が蘇った。
「……守れなかった」
声が震え、目が熱くなる。
「くそっ……!私は!私は......」
紅葉は顔を覆い、堰を切ったように涙がこぼれた。
「守りたかったのに……! なのに……!」
蓮は近づき、肩に手を置いた。力はこめない。ただ、その手は重かった。
「次は守れ。泣く暇も惜しむぐらいに」
それだけ言い残し、蓮は背を向けて広場へ戻っていった。
広場へ戻ると、紫苑が一歩前に出たが、すぐ足を止めた。
「……ご無事で何よりですわ」
言葉は丁寧でも、紅葉の目をまっすぐ見ようとはしなかった。
猫柳は手をポケットに突っ込み、「……まぁ、生きてりゃ次があるだろ」とだけ呟いた。
結芽は小さく「無事で……よかったです」と言ったが、その笑顔はぎこちなかった。
周囲から小さな声が漏れ聞こえる。
「……あの子、追撃に行ったらしい」
「そのせいで被害が……」
紅葉の足が止まる。耳に入れまいとしても、言葉は容赦なく突き刺さった。
「——黙れ」
空気を裂くような鋭い声が背後から響く。エリカだった。
普段は淡々とした声色が、今は震えるほど熱を帯びていた。
「何も知らないくせに……口だけ出すな。あいつは……紅葉は、前に出た。危険だとわかってても、立ち止まらなかった。お前らの中で、それができるやつが何人いる?」
人々が言葉を失い、視線を逸らす。
エリカはなおも言葉を続けた。
「守るってことは……同時に誰かを傷つける事もある。私達は人間だ、当然間違えることもある。その時に背中を撃つような真似をするな」
一拍置き、エリカは紅葉にだけ届くような声で呟いた。
「孤独になるのは……私だけでいい」
その瞳の奥に、紅葉は一瞬、深い闇を見た。
問いかける前に、エリカは人混みを抜けて歩き去っていった。
胸の奥が冷たくなる。
(私はなんてことをしてしまったんだろう......)