花灯祭、墜ちる星
花灯祭は夜になり、賑わいが最高潮に達していた。
金色の灯籠が風に揺れ、甘い蜜菓子の香りが漂う。
紅葉たちは屋台を回りながら、笑い合っていた。
「この団子、美味しい!」紅葉が口いっぱいに頬張る。
「……口に蜜をつけてますわよ、まったく……子供じゃないんですわよ!」そういいながらも紫苑がハンカチで拭ってやる。
「……平和だな」エリカが静かに言った。
その瞬間、ユグドラシルの枝葉がざわりと震えた。
「……流れ星?」結芽が見上げる。
しかし、それは星ではなかった。
光は尾を引きながら急降下し、轟音と共に広場の外れへ墜ちた。
―地面が揺れ、歓声は悲鳴へと変わった。
土煙の中から現れたのは、黒い外殻に星屑のような紋様を纏った獣。
背には青白い光を放つ結晶があり、それが脈動するたび空気が震える。
「……星獣!?」
紫苑の声が低くなる。
「班長、指示を!」
猫柳が紅葉を見る。
「紫苑は射撃で牽制! 猫柳、周囲の人を退避させて! エリカは——」
「了解」エリカは既に刀を抜き、煙の中へ消えた。
星獣の尾が唸り、積み木をなぎ倒すように屋台をなぎ払う。
紅葉は急いで大剣でそれを受け止めたが、衝撃で膝が沈む。
(……重い! 花狐とは比べものにならない!)
結芽は震える手で盾を握りしめていたが、逃げ遅れた子供を見つけると——
「下がって!」
巨大な盾を重く、地面に叩きつけ、子供と獣の間に立ちはだかった。
星獣の刃が火花を散らし、結芽を襲うが彼女の背は一歩も退かない。
―一方。紫苑の銃声、猫柳の糸、エリカの斬撃。それぞれが星獣を追い詰める。
だが、獣は苦悶の咆哮と共に背の結晶を光らせた。
瞬間、視界が白く塗りつぶされる。
光が収まった時——広場の一角と、灯籠の一部が跡形もなく消えていた。
「……何だ、今の……?」
紅葉の声は震えていた。
星獣が消えた広場は、悲鳴と呻き声に満ちていた。
瓦礫の下から引き上げられる負傷者、泣き叫ぶ子供、灯籠の残骸。
紅葉は拳を握りしめ、噛みしめた奥歯から小さく軋む音がした。
(……またやられる。次は、もっと多くが——)
「紅葉、追撃は危険ですわ!」紫苑が腕を掴む。
「でも、逃したらまた来る! 今ならまだ——!」
紅葉は紫苑の手を振り払い、大剣を握り直した。
「行くよ! 猫柳、エリカ!」
「お、おいマジかよ……!」猫柳が顔をしかめる。
「……」エリカは迷わず刀を抜いた。
星獣は煙の中に姿を消し、祭りの喧噪は虚ろな静寂に変わっていた。
星獣の残した足跡と焦げた草を辿り、紅葉たちは夜の森へ踏み込んだ。
虫の音も聞こえず、ただ遠くで星獣の低い唸りが響く。
「……近い」エリカが刀を構える。
次の瞬間、闇を裂いて尾が薙ぎ払われた。紅葉は大剣で受け止めるが、衝撃が全身を貫き、腕が痺れる。
紫苑の銃撃、猫柳の糸で星獣の動きを制限。
「今だ——!」紅葉が踏み込み、大剣を振り下ろす。
だが星獣は身を捻り、渾身の跳躍で後方へ飛び退く。
その先には——避難途中だった一般人の親子。
「——っ!」紅葉の顔から血の気が引く。伸ばした手は空しくも虚を切る。
星獣の尾が親子を薙ぎ、母親が子を庇って倒れた。
「くそっ……!」紅葉は駆け寄り、母親の血に濡れた手を握った。
子供は泣き叫び、母親は意識を失っている。
「紅葉、下がりなさい!」紫苑が叫ぶが、紅葉は動けなかった。
(私が……追撃なんて言わなければ……)
その隙に、星獣は闇の中へと消えた。
静まり返った森に、虫の音が戻る。
紅葉は震える手で大剣を握りしめたまま立ち尽くす。
視界の端で、救助に駆け寄る蓮の姿が揺れて見えた。
「……私、何やってるんだろ」
声が震え、視界が滲む。
次の瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
「守りたかったのに……! 私、全然……!」
蓮は何も言わず、ただその肩に手を置いた。
その温もりが余計に胸を締めつけ、紅葉は嗚咽をこらえきれなかった。