花狐は可愛くても噛みつく
朝の花譜院、任務掲示板の前はいつもより人が多い。
新しい依頼票が浮かび上がる瞬間を見ようと、生徒たちがざわめいていた。
「お、出たな……」
猫柳が紅葉の顔を覗き込む。
「これが……私たちの初任務」
『庭園区域に迷い込んだ小型花獣|《花狐》《かこ》を生け捕りせよ』
「花狐……名前は可愛いですわね」
紫苑が眉をひそめる。
「いや、見た目もめっちゃ可愛いんだって! ふわふわで耳ぴょこんって……」
紅葉は目を輝かせた。
「……班長!?」
エリカが無表情で言う。
「だって! 可愛いものは正義だよ?」
アホ毛をピョンピョンさせながら喜ぶ紅葉。
「はぁ……これは嫌な予感しかしませんわ」
紫苑がため息をつく。
そこへアカツキ先生が歩み寄った。
「任務の詳細は既に送った。小型とはいえ花獣は花弁の毛で体を守り、素早く動く。気を抜けば怪我をする」
「了解です」
紅葉は背筋を伸ばす。
「今回、班長の紅葉が現場指揮を執れ」
「えっ、いきなり!?」
「初任務から逃げるのか?」
「……やります!やらせてください!」
庭園区域への道すがら、紅葉は班員と歩調を合わせた。
「とりあえず私が先頭で接触、紫苑が援護射撃、猫柳が補足拘束、エリカが最後の止め……でどう?」
「まあ悪くないですわ。ですが捕獲が目的ですから、急所は狙わないように」
「俺は糸で絡めるだけだしな。班長が突っ込みすぎなきゃ上手くいく」
「……突っ込みすぎる気がする」
エリカが淡々と予言した。
「ぐっ……否定できない」
紅葉は苦笑いした。
ユグドラシルの枝葉が木漏れ日を落とす庭園区域は、人工の小川や花壇が整備された静かな場所だった。
花の香りが漂い、鳥の鳴き声さえ穏やかだ。
「痕跡発見ですわ」
紫苑がしゃがみ込み、花壇脇の小さな爪痕と、白い花弁の毛を見せた。
「これ……ふわふわぁ」
紅葉が指でそっと触れる。
「触ってる場合か」猫柳が呆れた。
「……近くにいる!」
エリカが小声で言い、短刀を構えた。
風が止み、木漏れ日が揺れを止めた瞬間——茂みが小さく震えた。
ガサリ——白い影が現れる。
全身を花弁のような毛で覆い、丸い耳をぴょこんと立てた小型獣。
蕾の尻尾がゆらゆらと揺れ、首を傾げるその仕草は、まるでぬいぐるみ。
「……か、可愛い……!」
紅葉は目を輝かせ、一歩踏み出した。
「班長、距離を取れ!」
猫柳が声を上げる。
「大丈夫だって、怖がらせないように——」
その瞬間、花狐の瞳が紅く光った。
「——っ!?」
鋭い牙が喰い込み、紅葉の腕に激痛が走る。
「いったぁ!」
「だから言いましたのに!」
紫苑が即座に拳銃を構え、花狐の足元を牽制射撃。
「動きを止める!」
猫柳の花蔓糸が鋭く走り、花狐の胴を絡め取る。
「……止める」
エリカが影のように背後へ回り込み、刀の峰で首筋を打った。
花狐は力を抜き、芝生に倒れ込んだ。
「……思ったより、痛かった」
紅葉は腕を押さえながら苦笑する。
「可愛いものに騙されるなど、論外ですわ」
紫苑が呆れたように言う。
「ほらな、言った通りだろ」
猫柳がニヤつく。
「……次は噛まれる前に避けろ」
エリカの的確な声が胸に刺さる。
「はい……」
紅葉は頬を赤らめ、大剣を握り直した。
(次は絶対、油断しない!)