芽吹きの温室
軌道花園都市——大気に漂う光粒が、学園《花譜院》の窓から差し込み、机に花の影を落としていた。
紅葉はその光景をぼんやり眺めながら、机の上の教科書を開く。
「——はい、静かに。今日の講義は《開花者》と《ユグドラシル》についてだ」
教壇に立ったのはアカツキ先生。背中まである黒髪を束ね、白衣を翻しながらチョークを走らせる。
黒板には二つの単語が並んだ。
『開花者』と『ユグドラシル』。
「大昔、この星は戦争と環境破壊で滅びかけていた。そのとき作られたのが《開花者》だ。
人と植物を融合させ、生命力と戦闘力を高めた存在……それが君たちの力の源でもある」
紅葉は無意識に、左手の甲に浮かぶ赤い花紋を見下ろした。
——これが、私の力の証。
「そして、その最初の開花者が《ユグドラシル》と呼ばれる少女だ。彼女は世界を救ったあと、自らの身体を巨木に変えて眠りについた」
「眠りについたって……なんかおとぎ話みたいだな」
猫柳が机に頬杖をつきながら笑う。
「でも本当なんだよ。ユグドラシルの幹は、今も街の中心にあるし」
紅葉が小声で返す。
「まあ、わたくしたちはその恩恵を受けているわけですわね」
紫苑がさらりと髪を払う。
「……その割に争いは絶えない」
エリカがぼそりと呟く。
「そうだ。今もこの世界には《花喰い》と呼ばれる存在がいる。人や花獣を喰らい、力を奪う怪物だ」
アカツキ先生の声が少し低くなった。
「だからこそ——君たちは強くならなければならない。……さて、今日は特別授業だ」
紅葉は深呼吸を一つし、大剣の柄を握りしめた。
——今日は初めての班対抗模擬戦。
胸の奥で鼓動が跳ねる。緊張と、少しの高揚
「これから班対抗の模擬戦を行う。戦闘は実戦形式、使用武器・能力は制限なし。班員との連携を重視しろ」
「お、やっと来たか!」
猫柳が喜々として椅子を蹴って立ち上がる。
「……急にやる気ね」
ため息をつきながら紅葉が呆れる。
「だってこういうのは俺の得意分野だしな」
「ふふ、面白くなってきましたわ」
紫苑は拳銃を確認しながら笑みを浮かべる。
「……足を引っ張るな」
必要最低限な言葉だけを交わしエリカは短刀を腰に差し直す。
訓練場の観覧席には他の生徒たちが集まりざわめいていた。
紅葉の心臓が高鳴る。
(やっと……私も戦えるんだ)
「班長、緊張してますの?」
紫苑が横目で見る。
「まあ、少しは」
「ならば安心なさい。わたくしが守って差し上げますわ」
「守るのは俺の糸の役目だって」
猫柳がにやりと笑う。
「……二人とも、うるさいぞ」
エリカが低く言った。
「——開始!」
号令と同時に、敵の第二花班が一斉に動き出す。スピード重視の双剣使いと槍使いが、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。
「まずは正面、行く!」
紅葉が大剣を構え、花弁状のエネルギーを纏わせた一撃で槍を受け止める。衝撃が全身に響くが、力で押し返す。
「隙ありですわ!」
紫苑が余裕の笑みを浮かべ、足元を撃ち抜き、槍使いの体勢を崩す。
そこへ紅葉が踏み込み、横薙ぎ——しかし背後からナイフが飛んできた。
「バッ!危ねっ!」
猫柳の糸がナイフを絡め取り、地面に叩きつける。
「後ろガラ空きだぞ!」
「助かった!」
紅葉は息をつき、再び構え直す。
だが双剣使いが死角から迫る。
「紅葉、下がれ」
エリカが影のように背後へ回り、短刀の峰で双剣使いの肩を打ち抜く。
「——一人」
制限時間終了。結果は——第二花班の勝利。
接戦だったが、紅葉が二度隙を突かれたのが響いた。
「はぁ……やっぱり、まだ甘いか」
「火力はゴリラでもビックリな程十分ですわ。でも立ち回りは粗すぎますわね」
紫苑が深いため息をつく。
「まあ、あんだけ振り回せる奴もそういねぇけどな」
猫柳は何も気にする事もなく笑う。
「……次は勝つ」
エリカが少し眉をひそめて短く言った。
紅葉は大剣を握り直す。
(必ず……もっと強くなる)