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3話

「どうしましょう。あんなにたくさんの記者たち」


ホリー・ダルトワが、執務室のカーテンの隙間から、門前に押し掛けた大勢の記者を見て不安げな表情を浮かべた。


「くそっ、記者どもめ。ちっ」


ジョルジュ・ダルトワ公爵は舌打ちをすると、ジョルジュの前に立たされているアイリスとリリーに目を向けた。


「お前たちのせいだぞ。昨日のパーティーではよくもやらかしてくれたな」


「お父様、お言葉ですが、殿下の結婚相手が私からリリーに変わっただけで、ダルトワ公爵家の娘が王家に嫁ぐことには変わりないですわ。何か問題がありますか?」


しれっとした顔で言うアイリスに、ジョルジュはこめかみに血管を浮かび上がらせ、顔を真っ赤にして怒鳴った。


「なんだ、その態度は! 結婚相手の変わり方が問題だ! ウィリアム殿下とリリーの浮気を公衆の面前で暴露して、お前の方から婚約破棄を申し出た上に、突如現れた第三王子と名乗る男爵がプロポーズしてそれを勝手に受け入れおって。問題しかないだろ!」


「私は被害者ですよ。まさかリリーに殿下を奪われるなんて。傷ついた心を癒してくれる殿方に心が傾くのはしょうがないじゃありませんか」


「その開き直った態度はなんだ。リリー、お前もなぜわざわざウィリアム殿下と浮気なんかしたんだ」


「私は悪くありませんわ。ウィリアム殿下の心を掴めなかったお姉様が悪いのよ」


リリーはつんと澄ました顔でアイリスに目を向け、ニヤッと口元を緩めた。


「そうね。殿下は私の貧相な体より、あなたの豊満な体に心を掴まれたみたいね」


「なんて下品な言い方! 呆れちゃうわ。でしょ、お父様」


眉を下げたリリーが、ジョルジュに訴える眼差しを向ける。ジョルジュは眉を寄せ、アイリスを睨んだ。


「あら、下品なのはどっちかしら。パーティーのたびに2人で庭に出て情事をしていたこと、結構有名よ。私も目撃した時は衝撃で涙が止まらなかったわ。貴族の間で流行っているからって、王子と公爵令嬢がやることではないわよ」


「それは本当か?!」


「リリー、あなたなんてことを」


「お父様、お母様、それは、その……」


冷や汗を垂らして言いよどむリリーに、アイリスは冷ややかな目を向けた。


「とにかく、私には何も非はありません。パーティーの場で私から婚約破棄を申し出なければ、リリーに心を奪われたウィリアム殿下から婚約破棄を言い渡されていましたわ。しかも私が浮気をしているとでっちあげて不敬罪として断罪する計画だったのよね、リリー」


「何でそれを知って……あっ!」


リリーは口元を押さえ、俯いた。アイリスはリリーの耳元に口を近づけ、囁く。


「計画は秘密にしておかないとダメじゃない。羽のように軽いお口ね」


「リリー、おまえは何てことを」


呆れて天を仰ぐジョルジュに、リリーは必死に弁明をした。


「違うんです、お父様! 殿下が私の為に計画を立てたんです。姉の婚約者を奪った妹って見られないように、お姉様を悪者に仕立て上げて、お姉様の浮気で傷ついた殿下を私が慰めてさしあげて愛が芽生えたっていうふうにしたいって言われて」


「ふふっ。稚拙なシナリオね。頭の出来が同等の殿下とリリーらしいわ」


「どういう意味よ?」


眉をしかめて小首を傾げるリリー。アイリスはふっと鼻で笑って頬に手を当てた。


「あなたって本当に、(バカで)かわいい妹だわ」


「もういい。とにかくお前たちは騒ぎが落ち着くまで部屋で謹慎していろ」


「そんな、お父様!」


リリーが今にもはち切れそうなジョルジュのジャケットの袖を引っ張るが、ジョルジュは首を横に振って執務室の扉を指差した。


「さっさと部屋に行け」


リリーは肩を落としてアイリスを睨みつける。アイリスはふいと視線を外して執務室を後にした。



「アイリスお嬢様、お手紙をお持ちしました」


謹慎を命じられた後、アイリスが自室で刺しゅうをしていると、使用人が封筒を持ってきた。


「誰からかしら」


月の形をした黄色の封蝋を開けて便箋を取り出す。

 ヒースからの手紙で、契約のことで話がしたいから今夜会えないかという内容にアイリスは顔をしかめ、手紙をぐしゃぐしゃに丸めて床に放り投げた。


「勝手な男。ねえ、これを届けに来た人は?」


「返事を待つからと裏門で待っています」


「記者があんなに集まっているのに、よく手紙を持ってこられたわね」


「それが、厨房に出入りしている仕入れ屋が届に来たみたいです」


「そういうこと。すぐ返事を書くから待ってて」


アイリスはさらさらと便箋に文字を綴り、封筒に入れて封蝋をして使用人に手渡した。


「あっ、そうそう。この前はリリーがこっそり漏らした秘密を教えてくれてありがとう。おかげで策を練ることができたわ」


アイリスに微笑まれた使用人は頬を紅潮させて笑顔を浮かべた。


「お役に立てて何よりです!」


「ふふっ。これはお礼よ」


アイリスがドレッサーの引き出しから、小さいダイヤのついたイヤリングを渡すと、使用人は目を輝かせて両手で受け取り、深々と頭を下げた。


「アイリスお嬢様、ありがとうございます!」


「いいのよ。手紙も宜しくね」


「はいっ!」


切れの良い返事をして使用人はささっと部屋を出て行った。


 その頃、ギルド「ルナ」の店前にも多くの記者が殺到していたが、CLOSEと書かれたプレートがかけられている扉が開くことはなかった。

店奥では筋骨隆々の屈強な男がダンベルを片手で上げ下げしながら、ソファーの背にもたれかかっているヒースに声をかけた。


「おまえのせいで臨時休業になっちまったじゃねえか。これも計画の内か?」


「まあな」


「記者の前に出ていくつもりはないのか? 朝からずっと張り付いててうっとうしいんだが」


「アーロン、おまえもルナのメンバーなんだから、昨日の今日でそう簡単に情報を渡すわけないって分かるだろ。

 第二王子に婚約破棄を突きつけたアイリス公爵令嬢にプロポーズをした、ヒース・グスマン男爵とは何者なのか。追放された第三王子というのは本当なのか。記者も世間も知りたいことだらけだろうな。

 だが、記者達に真実を教えたところで好き勝手書き立てるだけだろうし、尾ひれのついた噂話程度の情報が一瞬広まって、短期間で飽きられ、見向きされなくなる。例え真実の情報が広まったとしても、王族の圧力で消されるだろう。俺の計画には、世論を見方につけて国民の心を掴む必要がある。

 しばらくは追いかけ回す記者から逃れ、次の計画が実行された時に記者を呼び集めて自ら情報を開示するつもりだ」


「次の計画?」


アーロンが眉を寄せると、裏口からつば広の麦わら帽子をかぶった行商人の格好をした男が入ってきた。ヒースが片手を上げると、帽子を脱いだ男はブラウンの髪を整え、懐から取り出した封筒を手渡した。


「はい、返事もらってきたよ」


「ありがとな」


「ダルトワ公爵家もとんでもない数の記者が来てたけど、ここも凄いね。グスマン男爵が『ルナ』のギルドマスターってことは知られてるからしょうがないか」


「セージ、おまえもよくやるよな。ヒースの計画のために、半年間もダルトワ公爵家の野菜売りに変装して情報収集してよう。今日なんて、郵便配達やらされてんじゃねえか。諜報員じゃなくて、何でも屋かよ」


ダンベルの上げ下げを続けながら、アーロンが眉をしかめてセージを見た。


「僕はヒースの計画に賛同してるから、やれることは協力したいんだ」


「『ルナ』が誇る優秀な諜報員が見方だと心強いなあ。印象に残りにくい顔立ちをいかして、何にでも変装してなりきれるセージの能力は素晴らしい。これからも頼りにしてるぞ」


ヒースはセージの肩をポンポンと叩いてソファーに座らせると、自分も隣に腰かけてペーパーナイフで封筒を開けた。


「あんたのせいでお父様がお怒りで、謹慎になったわ。しばらく会えないから、だってよ。文字だけでも不機嫌なのが伝わってくるな」


苦笑を浮かべるヒースに、ダンベルをもつ手を変えて上げ下げを続けているアーロンが問いかけた。


「にしても、アイリス嬢はよくうちのギルドに来てくれたよな。他のギルドに行ってたら、婚約者役はヒースじゃなかったかもしれねえだろ?」


「そうなったとしても、アイリス様の行動は僕が監視してたから、婚約者役がヒースになるように仕向けることはできたんだけど。ヒースはこう見えて慎重派だから、確実にうちに依頼するよう根回ししてたんだよね?」


「まあな。アイリスのことは前々から情報収集してたから、アイリスが妹と第二王子を浮気させたことも、妹と第二王子がアイリスに汚名を着せる卑劣でバカバカしい計画を立ててることも分かってた。大半セージが集めた情報だけど」


「僕だけじゃないさ。ヒースの指示で買収したダルトワ家の使用人が仕事してくれたんだよ」


「なんだよそれ。使用人の話なんか聞いてないぞ」


「アーロンには話してなかったか? 金に困っている使用人をセージに見つけてもらって買収したんだ。その使用人に、アイリスに気に入られるよう動いてもらって、リリーと第2王子が結婚発表の時に計画を立てていることを伝えてもらった。リリーが口を滑らせたらしいけどな。

 それからアイリスに、先手を打って自分から婚約破棄をするよう促して、その場でプロポーズをされて受け入れ、その人と会場を去っていくのはどうかとアドバイスしてもらったんだ。上手くアイリスの気持ちを乗せてくれたよ。報酬を弾んでやらないとな」



「そんなんでよく上手くいったな。うちのギルドに来るようにも仕向けたのか?」


「その使用人からもうちの名前を出してもらったが、役者を2人雇って、アイリスが街に出掛けたときに後をつけて同じ店に入って、『ルナ』の噂話をしてもらったんだ。何でも解決してくれる、ここら一帯で一番大きく信頼できるギルドで、マスターがイケメンっていうふうにな」


「最後の情報はいらねえな」


顔をしかめるアーロンに、ヒースは肩をすくめてふっと微笑んだ。


「イケメンが嫌いな女性はいないだろ」


アーロンはダンベルを動かす手を止め、あきれ顔で肩をすくめた。  


「そんなんでうちに来るか?」


「他にも手を打っといた。何人か役者を雇って、アイリスの行く先々で『ルナ』というワードを話してもらったんだ。アイリスの脳に『ルナ』が焼き付いて、噂話で聞いたうちのギルドに行こうと思えるってわけだ」


「根回しすげえな」


「それもこれも全部復讐のためだ」


フフフと不適に笑うヒースに、アーロンは顔をしかめ、セージは苦笑を浮かべた。


「おまえの復讐心こえーよ」


「さすがヒースだね」

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