母胎【魔】
〈海霧迫る丘の家には老一人 涙次〉
【ⅰ】
刀を揮はないカンテラもまたアリだと書いた。だが長期間太刀に触れないやうでは、カンテラ級の達人でも、腕が鈍る。そんな時丁度いゝのが、怪盗もぐら國王の用心棒。刀を拔く相手は【魔】でなく人間である(例外もあるが)。安全であり氣を使ふ事はない。所謂「ちよろい」仕事である。
【ⅱ】
國王が次に狙ふのは、某保守政党幹部の東京宅である。どの部屋に夫人(私設秘書も兼ねる)の箪笥預金があるのか、故買屋Xが情報を賣つて來た。その情報を買つた國王、早速トンネル堀りを開始したが‐「政治家宅、つてのは、書生が何人もゐて、小五月蠅いんだよなー」
で、急遽カンテラの出番と相なつた。カンテラどころか、じろさん・テオも付けて、お安くなつてをります。笑。じろさんたちも、第一線で働かないと、自らの技が鈍ると、危惧してゐたのである。
【ⅲ】
確かに、國王の仕事当日、書生たちが我が身を棄てゝも、と次々挑みかゝつて來る。そんな連中の攻撃を躱しつゝ盗みを働くのは、至難の技である。で、カンテラ以下、じろさん・テオ、書生たちを斬つたり投げ飛ばしたり、大變な乱戰となつた。だが可笑しな點が一つ。書生たちの數が減らないのである。幾らやつつけても、だ。【魔】の臭ひがする‐ カンテラふと我に帰つて、さう思つた。
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〈猪の牧場どこかにありと云ふそこで猪の子の縞の取れるか 平手みき〉
【ⅳ】
「見付けたぞ!」國王が箪笥預金のその箪笥に辿り着いたその時、カンテラ一味も重大な發見をしてゐた。書生たちを産み出す、母胎の【魔】の存在、である。気付いてみれば、書生たちの顔は皆同じ。母胎【魔】は巨大な女陰の形をしてゐる...
【ⅴ】
政治屋と【魔】の癒着。カンテラの目には許されざる事として映つた。そこで並み居る書生(を模した【魔】の子ら)はじろさん・テオに任せ、自分は母胎【魔】と向き會つた。
「しええええええいつ!!」カンテラが大刀を振り下ろす。然し、毛が(陰毛であらう)絡み付いて來て、なかなか斬れない。じろさん「カンさん、炎を使ふんだ!」‐「おう!」カンテラ口から火焔を吐き、陰毛を焼き切つた。彼が火のスピリットである事を忘れてはならない。
【ⅵ】
「しええええええいつ!!」改めて、斬る。母胎【魔】は眞つ二つになり、絶息。書生たちの増加も已んだ。
「ほんのリハビリのつもりが、大ごとになつたな」‐國王「如何ほど?」‐「カネはいゝ。實戰演習だ」
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〈雨の羽根美しうせる鴉の子 涙次〉
さて、大物政治家と【魔】の怪しい関係、如何にもありさうな事だけに、怖い。
その夜は「もぐら御殿」で美酒に酔つた四者であつたが、カンテラはうそ寒さを拂拭しきれなかつた、と云ふ。暴いてしまつた関係は、「魔界壊滅プロジェクト」を支へる政治家に拠るものだつた... お仕舞ひ。