心当たり
「『グァンちゃん、優勝おめでとう!』」
「『おう。裕毅もすげえじゃんか。16位スタートから9位にジャンプアップするなんてさ』」
そう言ってグァンちゃんはボクの頭を撫でてくる。
決して満足できる順位ではなかったが、頑張ったことが報われるようだった。
表彰台に登ったグァンちゃんの表情は、どこか瀬名さんに似ているような気がした。
「…運営からの予算制限…そして、実質的な裕毅くんの1年間での追放…ですか。」
「…そういうことになる。…可偉斗くん、どうにかならないか…?」
優次は可偉斗にコンタクトを取った。
トヨタF1の実質的な指揮官である可偉斗。
なにか、なにかやってくれるかもしれない。
そんな藁にも縋る思いだった。
しかし。
「運営側に問題があるとするのなら、おれにはどうにも…」
「…やはり、そうか…。」
そんな思いは、儚くも崩れることになる。
「事を解決するには、運営の中枢部の思想を変える…もしくは中枢部に我々と同じ思想を持った者を送り込む必要があります。」
おおよそすぐに達成できる事とは思えない。
「…次回の委員長選挙はいつだったかな」
F1運営側では定期的に選挙が行われている。
現職運営委員会の委員票と、F1ドライバーによるドライバー票の2つに分かれており、票の割合は前者が4、後者が6である。
だが、ドライバーは内部情勢に詳しい者が少なく、結局現職の委員長が続投となるケースが多い。
「今年の11月ですが…シーズンが終了する12月前半までに委員会の内容をまるっきり変えられる人物となると…」
「そうそう居ない…よね。」
委員会は引退したF1ドライバーや、各チーム最上位クラスの役職が多くを占めている。
年齢層が高く、頭も固い連中が多い。
…。
「いや、待てよ…?」
可偉斗が顎に手を当て、何か思いついたように呟く。
「なにか、打開策が?」
「…一人、心当たりがあるかもしれません。」
4月12日。
日本・三重県鈴鹿市。
ボクは半年ぶりに日本へ帰ってきた。
そして、ここに来たらやることがある。
「瀬名さーーーん!!!」
「おーおーよしよし」
瀬名さんに飛びつくこと。
車椅子に座っているから、勢いを調節する。
勢いそのままひっくり返って頭打たないように。
「亜紀さんも、こんにちは!」
「こんにちは~!裕毅くん、ちょっと大きくなったんじゃない?」
「ほんとですか!?やったー!!!」
瀬名さんの胸元に顔を埋めながら、車椅子を押している亜紀さんにも挨拶をする。
まじか、ちょっと身長伸びたかな!?
嬉しい!
「そういえば瀬名さんはなにゆえピットに?」
「俺が観客席にいたら人が集まってきちゃってレースが見れなくなるでしょうが。俺、こう見えても『光速の貴公子』だぞ」
「めっちゃ気に入ってるんですね、その二つ名」
「…だってかっこいいじゃん」
「それはそう思いますけど」
今日は予選日。
明日の決勝に比べれば人も少ないと思う。
とは言ってもとんでもない人数だけど。
もはやF1ファンで瀬名さんの顔と名前を知らない人はいない。
そんな人が観客席でのほほんと座っていたらヤバい騒ぎになるのは自明の理だ。
「じゃあ、ボクはこのへんで。可偉斗さんや叔父さんもピットに居るので、お話ししながらボクの走りを見守っててください!」
「ああ、そのつもりだ。頑張れよ!」
「はい!!!」
よーし、瀬名さんに良いとこ見せるぞ!
今日こそはQ3に残ってみせる!!!
「良い走りしてるじゃないですか、裕毅は」
「そうだろう?僕の目から見てもそう思うんだ」
モニターに映し出された裕毅のマシンを見つめながら、3人は話している。
「これでダメならもう禁じ手使うしかないっすよ!ファン・カーとか」
「本当に禁じ手じゃないか。何十年前に禁止されたと思ってるんだよ…」
そう言って苦笑する。
ファン・カーとは、マシンに搭載する技術の1つである。
車体後部に送風機を取り付け、車体下部から空気を吸い出すことによって、マシンを地面に張り付かせる。
掃除機を想像してみてほしい。
電源を入れて接地させると、ベタッと張り付くだろう。
それと同じ効果が期待できるのである。
ウイングによるダウンフォースと異なり空気抵抗を応用しているわけではないため、低速コーナーでも地面に食いつく強度は変わらないところが強みだ。
F1では1978年に一瞬だけ使用されたものの、強すぎて即禁止となった。
「まあ、それは冗談としても。チームとしても何かしら対策を練ってやらないと、裕毅のモチベーション低下や自信喪失にも繋がりますからね。俺がこんな偉そうな口叩いていいのか知りませんけど。」
彼の口調は、いつもの調子ではなかった。
いつになく真面目な言葉に、優次は表情を暗くして俯く。
「とにかく、さっきの話はお任せください。」
彼は立ち上がると、優次の方を向いてこう告げた。
「ルイスと周に協力を要請します。予選が終わったら、彼らと話させてもらっていいですか?」




