周冠英
オレは…弱かった。
カートに乗っていた頃から、『お前には才能がない』と言われ続けてきた。
でも、オレは諦めることはなかった。
一度たりとも、諦めてはいなかった。
『努力の天才』って称号があるんだとしたら、それはオレのもんだ。
『アジアでは無理』?まあ確かに。
言い訳ばかりのお前らじゃ無理だ。
でもオレならやれる。
手のひら返しの準備をしててくれ。
オレは力を付けた。
周りの人間を次々黙らせてきた。
期待の星も、次々墜としてきた。
オレは自分でも、ヴィラン役が似合ってると思う。
F3に乗ってた頃、チームメイトにいけ好かねえ奴がいた。
そいつは調子の振れ幅が激しく、1位を獲るかリタイヤするかの両極端だった。
おまけに性格も悪くて、オレのことを『運が無ければ勝てない雑魚』と呼んできた。
バカじゃねえのかと思った。
お前がトップチェッカーを受けているとき、オレはいつも2位を獲っていた。
お前がリタイヤしたとき、オレは毎回優勝してた。
もちろん累計のポイントはオレの方が上。
評価されるのもオレだった。
オレはF2に昇格した。
そこには、敵はいなかった。
F3時代のアイツを、オレは評価していた。
もちろん、速さだけをだが。
F2は死ぬほどつまらなかった。
食う、寝る、勝つ。
その繰り返し。
早く上の世界にステップアップしたくてたまらなかった。
オレをワクワクさせてくれたバカは、いつの間にかレースの世界を去っていた。
まあ、あの調子じゃ当たり前だろう。
もう、オレを高揚させてくれるアホンダラは現れないと、そう思っていた。
ある時、F1に参戦しないかとの声がかかった。
狙っていた名門のフェラーリやメルセデスじゃあなかったが。
来シーズンから参戦のトヨタ。
まあ、オレが評価されるのは時間の問題だと思った。
1年もすれば名門チームから声がかかるだろうと踏んで、オレはその話を承諾した。
そして、そのトヨタで共に戦うことになったチームメイトこそが、ヤツだった。
データを渡された時、オレは久しぶりに鳥肌が立った。
探していたアホンダラが現れたのだ。
昔のように、バチバチのバトルができると思った。
そしてオレは勝手ながら、F3のバカにリベンジするつもりでそいつに挑もうと思った。
今から相対するアホンダラも、かつてのアイツみたいに性格の悪いヤツだと思ってた。
だが、実際は違った。
大人し~~~いんだよ。
成績と見合わない大人しさ。
トレーナーと日本語で話してばっかで、アグレッシブさの欠片もない。
オレはカマかけのつもりで、そいつに悪態をついてみた。
まあ、そしたら食いついてはきたのだが。
これでヤツの闘争心が少しでも増せばいいなと思った。
しかし、そんなことを考える間もなくオレは『天才』に打ちのめされることになる。
ああ、最初は甘く見てたさ。
でも、これほどまでとは思ってなかった。
初戦から2位を獲得するバケモノっぷり。
絶対王者、ルイス・ウィルソンに既に肉薄していた。
オレは考えを改めることにした。(とは言っても、自分が考えを変えていたことに気づいたのはかなり後になってからだったが。)
だって、かつては獲れていた2位すら取れなくなっていたのだから。
だからといって、いきなり態度をコロッと変えるのはおかしいだろう。
どうしたものかと考える。
自分から話しかけるのも変だ。
もともとオレは人見知りなんだ。
目つきの悪さから、人に避けられる人生を過ごしてきた。
コミュニケーション能力なんて身につくはずがない。
でも。
あろうことか。
アイツはルイスのホームパーティーで、自席の隣を空けていた。
オレを、このオレを座らせるために。
当時は気づいていなかったが、今ではオレはあそこで完全に落ちたんだと思っている。
ヤツの、人の良さに。
トゲトゲしく接するのがオレの役目だと思ってきた。
だから、ホームパーティー以後もそういう『演技』をしてきたつもりだ。
なあ、瀬名。
オレはお前の弟子を、しっかり元気づけられただろうか?
お前の後を継ぐ新たな『天才』の芽を摘まないために、尽力できているだろうか?
オレには分からんよ。
お前の弟子が、この世界のトップに立つその日まで、オレは気を遣いっぱなしだ。
なんという置き土産をしてくれたんだ、伏見瀬名。
だが、悪い気はしないな。
結婚式で喋れなかったこと、ちょっと今でも悔いているんだ。
またお前の惚気を聞かせてくれよ。
…なんて、言えるわけねえよな。
裕毅に引っ付いていれば、いつかその機会はあるかね?
先頭でチェッカーフラッグを受けたオレは、拳を高々突き上げる。
たとえそれが一時の過ちだとしても、死んでも勝ちたいと思える相手がいないってのはなんとも寂しいもんだな。




