普通の人間
よし!かなり攻めきれた!
「『監督さん!今のタイムはいくつですか!?』」
予選当日。
ボクは会心のアタックを終え、ピットへ戻っていく。
だが。
「『1分30秒872だ。残念だがQ1敗退だな。』」
暫定16番手のタイム。
Q2に進出することすらできなかった。
どうして。
ボクの実力が足らなかったのか?
でも、でもボクは本気でアタックして…。
「『…やはり、瀬名のようにはいかないか。』」
監督さんに悪意は無かっただろうけど。
その言葉に、ボクは泣きたくなった。
「『こ…この予算で一年間戦わなければいけないんですか…!?』」
F1グランプリ、企画会議での一幕。
「『育成枠、そしてマシンも一台。おまけにドライバーもルーキーですから。そこまで莫大な資金はかからないとの見込みです。それに…』」
運営の男は優次に向かって冷たく言い放つ。
「『貴方の会社は日本で高く評価されていると聞きました。ほら、日本の技術力を世界に知らしめる時ですよ?』」
参戦初年度。
右も左も分からないのに。
その上資金を切り詰めなければならないのか。
マシンを構成するパーツも安物だらけになるだろう。
裕毅の腕がいくら良くたって、これじゃあ勝てっこない…。
他のドライバーがQ2、Q3を戦っている間、ボクはシャワールームに入り浸っていた。
火照った身体を冷やすために頭から冷水を浴びていると、冷えていく体表とは対照的に、胸のあたりから熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
「…ヒグッ…。」
自分の瞼から溢れた熱いものを、ひたすら拭う。
そんなことをしなくたって、シャワーが上から洗い流してくれるはずなのに。
ひとしきり泣いたあと、ボクはシャワールームを出た。
更衣室にはQ3帰りのドライバーたちが続々と帰ってきていた。
自分のロッカーから服を取り出して身に着ける。
Tシャツに印刷されたチームレンペルのロゴ。
それに手を添えなぞってみると、また泣きそうになってしまう。
叔父さん…ボク、この世界でやっていけるのかな…。
俯き考えていると、ボクの肩が叩かれた。
振り返ったところにいた彼は、よく見知った顔だった。
「『裕毅。ちょっと時間…あるか?』」
「『グァンちゃん…?』」
「『グァンちゃん、凄いね。』」
「『ん?なにがだ?』」
ピットを出て、サーキットの敷地内を散歩しながら喋る。
「『だって、今日もポールポジションでしょ?』」
グァンちゃんは、プレシーズンテストの時から一つ頭抜けたタイムを出し続けていた。
今シーズン、乗りに乗っている。
それに比べてボクは…。
「『なぁ裕毅、泣くこたぁねェよ。』」
「『えっ、泣いてなんか…』」
「『今の話じゃねえ。さっきまでお前の嗚咽は更衣室まで聞こえてたぞ』」
えっ恥ずかし!!!
なんで!?!?
シャワーの音でかき消されてるもんだと思ってたんだけど!!!
それだけ声がデカかったってこと!?
恥ずかし!!!!!
「『でも、なんでグァンちゃんは話しかけてきてくれたの?』」
その質問に、グァンちゃんは頭を掻いて。
「『オレはジャンニやルイスに比べりゃ励ますのはヘタクソだ。だけどな、今のお前を元気づけられるのはオレだけだと…そう思ったんだよ』」
えっ…。
グァンちゃんが、ボクを…?
「『オレはルイスみたいなバケモンでもなけりゃ、瀬名みたいな天才でもない。ふつーーーの人間だ。』」
グァンちゃんはボクの肩に腕を回す。
「『2年前のバーレーン、オレは11番手スタートだった。お前と大差ねえさ。そんなオレが、今じゃ『一発の速さじゃルイス以上』だなんて言われてるんだぜ?』」
「『…言われてるんですか?』」
「『…言われてない。思ってるだけ。』」
本当にどういうつもりなの…。
でも…でも、なんだか。
「『裕毅もそう思っててくれるよな?な?』」
顔を近づけて圧を送ってくるグァンちゃん。
10秒くらいなにも答えずににらめっこを続けていると、2人とも耐えきれなくなって吹き出してしまう。
「『ハハハッ!安心しろ、裕毅。おめーもあのアホンダラとおんなじ、天才なんだからよ。』」
なんだか、元気が出てきたかもしれない。




