次期委員長
委員席がざわつく。
「『私はあくまで『次期委員長』として、レンペルテクノロジーズ代表の松田優次氏から、チームレンペルに関する契約内容を拝聴しておりました。』」
まさか、瀬名さんが委員長になるなんて。
「『契約内容を吟味した結果、私はこれが不適切であると判断いたしました。』」
『『では、どうするおつもりで?』』
「『私が作成した新たな契約草案があります。現状の契約内容と私が作成したもの、この二つをもう一度委員会およびドライバー投票での審査にかけ、それによって『現状維持』か『新規契約』かを選んでいただくつもりです。』」
瀬名さんの言っていることが実現するのだとすれば、これは茶番だ。
だって、ドライバーは全員瀬名さんの新規契約に投票するに決まっている。
ボク、まだこの夢を見ていられるの…?
『『次期委員長とはいえ、荒唐無稽な契約案を提案されては困ります。その草案をお聞きしてもよろしいでしょうか。』』
「『分かりました。では…』」
瀬名さんは息を吸い、手元の書類に目線を落とした。
・育成チーム『レンペル』は、今シーズンをもってチーム『トヨタ』に吸収されることとする。
・これはチームトヨタ代表・小林可偉斗とチームレンペル代表・松田優次、双方合意の下で決定されたものである。
…えっ。
それって、結局ボクの席はなくなるってことじゃ…。
「『おい、話が違うぞ瀬名!!!お前は…お前は裕毅のためを思ってこの場所に来たんじゃなかったのかよ!!!』」
そう、大声で食って掛かったのは、グァンちゃんだった。
ヤバい。
ボクにも視線が集まっている。
できるだけこういう場所では存在感薄く居たかったのに…!
「『周、落ち着け。…瀬名、続きを読んでくれ』」
ルイスさんが混沌としかけた場を落ち着かせる。
そして、瀬名さんが今一度書類に目線を戻すと。
・チームレンペル所属のドライバー・松田裕毅に関しては、ルイス・ウィルソンのトヨタ移籍後空席となっていたチームメルセデス第一ドライバーとして起用する。
・これは同名のモナコグランプリをはじめとした数々のレースでの戦績を加味した結果、採択されたものである。
場のざわつきが、最高潮に達する。
ボクが…メルセデスに…?
瀬名さんは書類から目を離す。
「『パワーユニット開発がレンペル単体ではなくトヨタとの協力体制となったモナコグランプリ以降、松田裕毅のレースデータはリザルトには繋がっていないものの、トップグループと遜色のない数値を叩き出していました。そこで、私はルイス・ウィルソンにコンタクトを取った訳です。』」
瀬名さんが隣に座っているルイスさんにマイクを渡す。
ルイスさんは全てを知っているような、落ち着いた声で語る。
「『私のかつての盟友であるメルセデス陣営に、松田裕毅獲得の打診を行いました。その結果、チームメルセデスのオーナーはじめ多くの方から賛同の声を頂きまして。』」
ルイスさんが、根回しをしていてくれたんだ。
ドライバーだけじゃない、みんなが。
みんなが、ボクの背中を押してくれているんだ。
「『と、いうわけで。この草案が可決された場合、松田裕毅はメルセデスのドライバーとして今シーズンの最終戦を戦うことになります。ご本人、どうでしょうか?』」
えっ!?
ボクですか!?
「『あっ…それはもう…頑張ります!!!』」
何を言っているんだボクは。
結局、その後現状の契約と瀬名さんの草案を投票にかけて決めることが決定した。
今度こそ本当に会議が終わり、人が続々と会議室から出ていく。
ボクは離席の許可が出るなり瀬名さんの元へ駆け寄った。
「瀬名さんっ…瀬名さん…!!!」
「おーよしよし」
感謝を口にしたいのだが、上手く舌が回らない。
ゆっくり「ありがとうございます」と伝えられたのは、5分ほどしてからだった。
「『ルイスさんも、本当に…本当にありがとうございます!!!』」
そのボクの声を聞くと、ルイスさんは笑って。
「『メルセデスは、俺が7回もチャンピオンになったマシンだ。速いぞ。』」
はい…はいっ!!!
「『気にしないでくれ。俺が王座を明け渡すときが来るなら…新たな王座に座る者は、未来ある若者がいい。そう思っていただけだ。』」
部屋の扉を開けると、琢磨さんが待っていた。
「話の内容、聞こえてたぜ。よかったな、裕毅くん」
「はい!皆さんのおかげです…ボクは本当に皆さんに支えられて生きているんだなって、再確認しました!」
「でもそれは、裕毅くんの実力あってこそのモノなんだぜ。」
琢磨さんと話していると、後ろからカラカラと音がしてきた。
「琢磨~、押して~。」
そこには腕を目一杯使って、疲れた様子の瀬名さんがいた。
さっきの威厳はどこへやら、だらけた顔で琢磨さんの助けを借りていた。
まあ、そういうところも好きだ。
「そういえば、今日の車椅子を押す役は亜紀さんじゃないんですね?」
「ん~?だってさー…」
そう言うと瀬名さんは嬉しそうな表情をして。
「妊婦さんに押させるわけにはいかないでしょ?」
唐突なおめでた発言に、ボクは絶句した。




