ボクの恩人
モナコグランプリの直後、ボクはチームに同行していた叔父さんから呼び出された。
3位を獲ったから嬉しそうにしているかと思いきや、その表情は硬かった。
どうしてだろう。
なにかやっちゃったかな?
ボクも心配そうな顔をしちゃってたと思う。
そんな表情を見た叔父さんは、横を歩くボクの頭を撫でてくれた。
「大丈夫だ。お前は悪くない。」
どういうことだろう。
頭の中が『?』でいっぱいになっていると、叔父さんはゆっくりと全ての事情を語りだした。
「…そんなことって…!!!」
そこで語られた内容は、あまりにも残酷だった。
ボクとグァンちゃんを争わせ、どちらかを追放しようという運営側の陰謀。
「裕毅、お前は絶対にF1で戦うに値する人間だ。親族の欲目を抜きにしたって、それは変わらない。」
叔父さんはボクの目を真っすぐ見て、続ける。
「これから始まる後半戦は可偉斗くんの協力のもと、トヨタ製のパワーユニットが使えることになった。だから…これは完全に私情になってしまうが…」
「グァンちゃんをポイントで上回って、蹴落としていけって言うの…?」
イヤだ。
そんなの、おかしいよ。
「グァンちゃんはいつだって、親身になって話を聞いてくれたんだよ…!」
「…裕毅、それは分かっているが」
「彼がわざと悪ぶってるのだって、ボクは知ってる…!彼だって本当はそんな事したくないんだよ!?でも、それでも周りのためにやってるんだよ!!!」
グァンちゃんは、ボクの恩人だよ。
そんな人を蹴落としていくなんて、できない。
「そんな…そんなの絶対やだぁ…ッ…。」
どうしたって、涙が溢れるのは止められないものだ。
でも、こういう時だってグァンちゃんがいれば、ボクが笑えるようにしてくれるはずだ。
たとえボクがポイントで彼を上回って、F1に残ることができたとしても。
彼がいなければ、大成なんてできないだろう。
それに、何より楽しくない。
ボクには、それだけ彼が大切なんだ…。
「『…。』」
「『…だってよ。グァンちゃん。』」
「『…お前はその名前で呼ぶんじゃねえ。』」
部屋の外、聞き耳を立てる男が二人。
「『周。お前も他人事じゃないんだぜ?随分余裕そうじゃねえか』」
「『…お前が何とかしてくれるって聞いてるんだがな』」
周はそう言うと、ポケットに手を突っ込み場を離れようとする。
「『ありがとな。裕毅が世話になったみてえだ』」
「『…これでお前への貸しは二つ目だ。とっとと返せよ』」
ああ。
すぐにでも返すさ。
「『デカいの一つでもいいか?』」
「『…勝手にしろ』」
シーズン後半戦、月日が目まぐるしく過ぎていく。
コンスタントに結果を出していくグァンちゃんに比べ、ボクは再び低迷していた。
モナコで3位を獲って以来、表彰台はおろか入賞すら怪しい日々が続く。
そして。
シーズンは最終戦を残した全日程が終了。
ボクのポイントは、グァンちゃんを上回れない事が確定した。
11月某日、F1グランプリ期末会議。
全ドライバー、そして全運営委員が出席する年末会議。
契約の確認が主な内容だ。
来季のドライバー、年俸、委員がここで発表される。
『『チーム・フェラーリ第一ドライバー、ジャンニ・ルクレール。年俸2100万ドル。』』
ジャンニさんが立ち上がり、全方向にお辞儀をする。
会場には拍手が起こる。
ランキング上位のドライバーたちは、次々名前を呼ばれていく。
『『チーム・トヨタ第二ドライバー、周冠英。年俸920万ドル。』』
そこには当然、グァンちゃんの名前も。
聞いていた話が正しいのであれば、ボクの名前は呼ばれないはずだ。
ボクはグァンちゃんを上回れなかった。
だから、契約は今季限りで終了。
F1から撤退することになるだろう。
モナコグランプリが終わってからボクは、全レースを思い出作りのつもりで走ってきた。
諦めていたわけじゃない。
…とも言い切れないのかな。
だってボクはグァンちゃんを蹴落としていく意思は一切なかったから。
そんなことをするくらいなら、ボクは撤退することを選ぶ。
それだけの話だったのだ。
この一年は楽しかった。
一年限りの正夢だったんだ。
体感できただけで儲けものじゃないか。
『『以上、現状来期契約が行われるのは全19名のドライバーです。』』
そこには、ボクの名前はなかった。
分かっていたことだ。
だけど…だけど。
…泣いちゃダメだ。
この場所は、泣いていい場所じゃない。
泣くなら終わってからだ。
今は、今だけはこらえるんだ。
…ああ…。
悔しいなぁ…。
『『以上をもちまして、期末会議を終了とさせていただきます。』』
委員の皆さんは立ち上がり、その場を後にしようとする。
だが、ボク以外の19人のドライバーは誰一人として立とうとしなかった。
どうしてだろうと考えていると、会議室の扉が強くノックされた。
「『遅れて申し訳ない。委員会の皆様方…もう少々お時間よろしいかな?』」
開いた扉の先にいたのは、ボクが一番憧れてきた人。
ボクのことをとても大事にしてくれて、ボクも大切に想ってきた人。
車椅子に座ったその人は、いつも以上に威厳があるように見える。
「…瀬名さん…!?」




