フェニックス
雨が更に強まる。
そろそろインターミディエイトでの走行は厳しくなってくる。
だが、一向にフェラーリの2人はピットに入ろうとしない。
赤旗、レース中断を恐れているのだ。
ピットに入った直後に赤旗を振られたら、ピットに入った分の時間がそのままロスになってしまう。
もはやここからは意地だ。
この雨量でインターミディエイトを使い続けるのは、正直言って危険だと思う。
だけど、お二人が入らないのならボクも入るわけにはいかないんだ。
ペダル操作に全神経を集中。
限界から1ミリたりとも深く踏んではならない。
踏めば死ぬ。
これは大げさだが、このレースを人生とするのなら確かに死ぬ。
冷静に。
でも、熱く。
攻め続けろ。
雨の日の瀬名さんは、恐れることなく攻め続けたはずだ…!!!
…似ている。
確かに、師弟というだけはある。
絶対的な速さという面においてはもちろんそうなのだが…。
『走りの性格』とでも言おうか。
そういう部分がとても似ている。
若さゆえの粗削りな走りや、少しでも前に行こうという姿勢。
相違点を挙げるとするなら…瀬名よりも若干、長所と短所の起伏が激しいところだろうか。
瀬名は良くも悪くもバランスが取れていた。
裕毅くんは良くも悪くもかなり能力のパラメータが凸凹している。
だが、根底にある性格を構成している要素は瀬名と同じものを感じる。
そして、何より熱い。
こうして後ろで走っているだけでも、熱気のようなものを感じる。
エキゾーストから排気されるガスよりも熱い、闘気が。
瀬名は俺の事を『黒鳥』と評していたらしい。
そのネーミングセンスにあやかるのなら、裕毅くんは朱色の炎を纏った『不死鳥』だ。
豪雨でも、その炎は消えていない。
むしろそれを燃料に、更に大きく燃え上がる。
…初めてだ。
ここまで大きな、炎を見たのは。
いつの間にか俺の視界は、朱色に染まる。
完全に飲み込まれた。
…凄い。
本当に凄い。
今俺がハンドルを握っていなければ、拍手をしたいところだ。
わざと抜かれた事を少し後悔する。
このドライバーと、バチバチのバトルをしてみたかった…!
いや、わざとでなくとも抜かれていただろうな。
これは俺が傲慢だった。
猛省する。
ふと、朱色に包まれた視界の中に、ひと際色の濃い赤色があることに気が付く。
それはコース脇の小屋から振られている、旗だった。
モナコグランプリは78周のレース。
その予定だった。
だが、実際のレースは32周で終わりを迎える。
レッドフラッグ、レース終了。
1st Gianni Leclerc
2nd Carrel Sainz
3rd Yuki Matsuda
4th Lewis Wilson
5th Guanying Zhou
「『表彰式って雨でもやるんですね!』」
「『どうせ濡れるんだから、変わんないでしょ!』」
「『…覚悟するといい、裕毅。』」
3人で、表彰台へ。
「『これが、表彰台からの景色だよ。』」
眼下に広がるその景色は、今まで見たこともないくらい歓喜に満ち溢れていた。
数えきれない群衆、遠くに広がる海。
雨天だというのにその全てが美しくて、輝いて見えた。
表彰台に乗ると、まずはトロフィーを渡される。
どこをどう持ったらいいか、ちょっとわかんなくなっちゃって隣のジャンニさんに助けを求めた。
大丈夫?これ根元から折れたりしないよね???
3人の中では一番小さなトロフィーだが、思ったよりも重い。
大事にトロフィーを抱きかかえていると、君が代が流れだした。
急いでトロフィーを床に置き、胸に手を当てる。
折角なので大声で歌う。
やけにテンポがゆっくりに感じた。
元からこんなもんだったっけ。
国歌が1位のジャンニさんの番になる。
すると、ジャンニさんは両腕をひらいてボクとカレルさんの肩を抱き寄せた。
一緒に歌えということだろうか。
ジャンニさんの口元を見ながら、発音を真似する。
彼はそんなボクにも、カレルさんにも笑いかけていた。
さて、最後はお待ちかねのアレの時間だ。
隣からポンッといい音が聞こえてくるが、ボクの瓶の栓は異様に固かった。
ジャンニさんが「『締まらないな、もー』」と笑いながら手伝ってくれる。
ようやくボクのシャンパンが開くと、ファイトタイム。
ボクは特に一発ネタ的なものは思いつかなかったので、ひたすら暴れた。
そして、恒例の。
「『おっと。裕毅の口はこちらではなかったようだ。すまないすまない』」
いただきましたーっ!!!
思ったよりつめてぇ―っ!!!
お返ししようとカレルさんを追いかけるけど、一向に背後が取れない。
素早すぎる。
動き回ったら喉が渇いた。
…お酒は得意じゃないけど、一口飲んでみようかな。
「『…あれ?』」
…美味しいかもしれない。
ボクが大人になったのか、それとも単にこの場面だからなのか。
それは今は分からないけど。
美味しければいいのです!!!
最っ高ーの気分だーーー!!!
シャンパンファイトの後。
ぼくはカレルと共にシャワールームへと向かっていた。
「『ねぇ、カレル。』」
「『…なんだ?』」
彼には、感謝してもしきれないよ。
上手く言葉が出てこない。
「『ありがとう…本当にありがとう…ッ…!』」
絞り出した言葉は、ぼくが発したものとは思えないほど弱々しかった。
でも、カレルは歩みを止めてぼくの前に立って。
「『…こちらこそ、だ。…本当によく頑張ったな、ジャンニ…!』」
考える間もなく、ぼくは彼を抱きしめていた。
シャンパンが乾き始めている、ベトベトしたレーシングスーツで。
でも、全く不快には感じなかった。
もうこのまま終わってもいいと、思えるレースができた。
終わる気はさらさらないけどね。
ありがとう、みんな。
そして、カレル。
キミの泣き顔なんて、もう二度と見ることはできないだろうね。




