眠らない街
最終的な予選リザルトが出た。
ボクはジャンニさん、ルイスさんに次ぐ3番手スタート。
ピットに帰ると、そこには先に戻っていたジャンニさん、カレルさん、グァンちゃんが待っていた。
マシンを停め、コックピットから出ようとすると。
「『やりやがったな裕毅~~~!!!』」
ジャンニさんがボクを抱き上げ、コックピットからひっぱり出した。
ひとしきり抱っこされながら揺さぶられ、地面に降ろしてもらう。
皆がヘルメット越しにボクの頭をぺちぺち叩く。
叩かれながらゆっくりヘルメットを脱いでいく。
叩かれるのはボクの頭本体に変わる…かと思ったら。
皆の標的は両手に抱えたヘルメットのままだった。
おーいみなさーん。
それは楽器じゃないぞ~。
そんな茶番をやり終えると、3人は肩を組んでボクを囲む。
そのままぴょんぴょん飛んで、ボクの周りを回りだした。
なんだこれは。
面白いぞ。
みんながボクのことを祝福してくれている。
なんだかとっても嬉しくなった。
しばらく円の中心で飛び跳ねていると、近くにマシンが停まった音がした。
周りを回っている皆さんの隙間から、そのマシンに乗っていたドライバーの姿がチラチラと見える。
「『…なにやってんのキミたち』」
ルイスさん。
今、歓喜の舞の最中です。
参加されますか?
「『いやー、本当によくやったと思うわ。ただでさえ難しいモナコで、しかも雨でしょ?』」
「『…それに、初めて走ったんだろう?』」
午後のティータイム。
さっきから皆さんに褒められっぱなしだ。
もちろん嬉しいけど、ちょっと照れくさい。
「『悪いけど、もう決勝では手加減しないぜ?全力で抜きにかかるわ』」
「『周、お前予選から本気だっただろうが』」
「『うるせぇ!』」
そっかー。
本気のグァンちゃんを超えちゃったかー。
ニマニマと口角が上がっていく。
…ようやくだ。
ようやく、皆さんと『レース』ができるんだ。
楽しみがすぎるぞ!!!
「『…裕毅、今楽しいか?』」
ヤイヤイ言ってるグァンちゃんたちをよそに、対面のカレルさんが話しかけてくる。
そんなの決まってる。
「『はい!とっても!!!』」
ずっとこんな日々が続けばいいのになと、思うくらいに。
「よくやりましたね、裕毅は」
「ああ…これで首の皮一枚つながったってところだね…」
「安心するのはまだ早いですよ。勝負は決勝ですからね」
そう。
彼らは事情があろうとなんだろうと、手を抜くような人たちではない。
でも、俺はそういうところが好きでもあるんだけど。
それに。
「今回は運よく雨が降ったけど、次回からはどうしようもないからね…」
京一さんの時といい、今回のことといい。
どうやらあのお守りは雨を降らせてくれるらしい。
健康祈願じゃなくて五穀豊穣なんじゃないか?あれ。
「可偉斗さんの協力があって、トヨタがパワーユニットの共同制作に取り組んでくれるそうです。最終戦までにはトヨタと同等のエンジンが手に入るはずですよ。」
味方は次第に増えてきている。
徐々に、確実に。
あとは、裕毅の頑張り次第だ。
モナコの街は、陽が落ちても眠らない。
中心部には巨大なカジノがあったり、観光スポットが小さな土地にこれでもかと敷き詰められている。
本当は一つ一つ見て回りたいけど、それはレースが終わってからだ。
ジャンニさんが生まれ育ったこの地は、ボクにとっても大切な場所になる気がする。
さっきは『ぐっすり眠れそう』とか思ってたけど、やっぱり興奮からか目がさえてしまう。
ボクはホテルから抜け出し、散歩に出ることにした。
雨はまだシトシトと降り続いており、ホテル貸出の傘を持って出かけた。
どこへ向かおうかと考える。
考えは全然まとまらないけれど、足は自然と動いていった。
明日、ボクたちが戦うサーキットの方へと。
辺りは街灯りのおかげで、あまり暗くは感じない。
街灯が雨粒に反射して、ぼうっと淡く光って見える。
サーキットのホームストレートとなる場所に到着した。
…ん?
コントロールライン付近に、誰かが佇んでいる。
傘もささず、ただひたすら、地面を見つめている。
その彼に近づいてみる。
誰かと思えば、あなたでしたか。
「『…ジャンニさん…?』」
ボクの声に、若干驚いたような表情を見せるジャンニさん。
「『…ああ、裕毅か。あんまり夜更かしは良くないぞ?』」
「『お互い様ですよ。』」
どうして、こんなところにいるんだろう。
そう考える暇もなく、彼は自分から語りだした。
「『ぼくはね、地元で一回も勝ててないんだ。』」
いつもの彼とは全く違う、少し哀しげな顔だった。
「『勝ちたいという思いが募るほど、勝てなくなる。』」
ジャンニさんのこんな顔は、見たことがなかった。