恵みの雫
9月13日。
地中海沿岸、モナコ公国。
フランスと国境を接したこの国は、小さな都市国家だ。
中心部、モンテカルロの道路は封鎖されている。
なぜなら、今日はF1モナコグランプリの予選日だから。
かくいうボクは、今どこにいるかというと…。
「『…少々くつろぎ過ぎではないか?』」
コースに隣接している港。
カレルさんのボートでリラックスタイム中です。
サングラスかけて、ソファにもたれかかる。
もうほぼ寝てます。
というか隣に座っているジャンニさんはいびきをかきだしたのでマジで寝てます。
飲み物を持ってきてくれたカレルさん。
カレルさん本人が座るスペースがない。
なんかごめんなさい。
「『予選は午後からだし、今のうちにゆっくりしておこうと思って。』」
現在時刻は午前10時。
「『…そうか。…それはそうと私も座りたいのだが。』」
カレルさんは数秒考えたのち、ジャンニさんの腹の上に座った。
「『うぼえッ!!!』」
ジャンニさん、覚醒。
「『…おや、すまない。』」
絶対思ってないでしょ。
そのままゆったり過ごしていると、ボクもなんだか眠くなってきてしまった。
サングラス越しの暗い世界を眺めながらまどろんでいると、額に一滴、雫が落ちた。
波がはねたのかな?と思ったが、どうやら違うみたいだ。
サングラスを外してみても、辺りは暗いままだった。
「『カレルさん、これって…』」
手元のスマホで雨雲レーダーを確認する。
「『…ああ。』」
大きな雨雲が、西の方から迫ってきている。
予選…そして決勝もウェットコンディションになるかもしれない。
「『…面白くなるぞ。』」
土砂降りになる前にジャンニさんを叩き起こし、ピットへ向かう。
丁度、時間もいい頃合いだ。
マシンのセッティングはもう完了している。
メカニックさんにタイヤのことを聞いてみると、このくらいならインターミディエイトでいいだろうとのことだった。
何気にボク、雨のF1は初めてだ。
少し緊張するけれど、きっと上手く乗れるはず!
…あっ、そうだ。
ボクはキャリーケースに付けていた、瀬名さんに貰ったお守りを手に取る。
マシンのコックピット内に括りつけて、準備万端!
雨が得意な瀬名さんの力を、少しでももらえれば嬉しいな。
雨の中の予選は混乱を極めた。
ミスをする選手も多くて、無難な走りができたボクはQ1、Q2を突破。
勝負のQ3へと入っていく。
現状トップタイムはジャンニさんの1分20秒682。
明確な目標ができた。
今日ボクは乗れていると思う。
1分20秒前半を出すくらいの気持ちでアタックしよう。
最悪ミスをしたとしても、10番手以内なのは確定してるんだ。
後ろからのスタートは慣れっこさ。
さあ、攻めていこう。
『雨はマシンの性能差を無くしてくれるんだよ』
その言葉の通りだ。
今まで周りと比べると非力に感じてしまっていたこのマシンでも、充分に戦えている気がする。
特に立ち上がりのもっさり感が無くて、鋭く加速してくれる感じ?
なんかよくわかんないけど、速い気がする!!!
コース中盤、超低速ヘアピンを抜けて海沿いへ出る。
景色を見る余裕もなく、トンネルへ入る。
コース内最高速はここで記録。
ボクの最高速は292キロだった。
F1マシンで300キロが出ないコースなんて、数えるほどしかない。
というか、ここだけなんじゃないの?
それだけこのコースは超低速コース。
ダウンフォースは全コースの中でも最強に設定される。
だから、数少ない高速コーナーは途轍もない速度で曲がるんだ。
横Gがキツい…!!!
トンネルを抜けて、シケインへ。
300キロ近く出ていたスピードが、一瞬にして60キロまで落ちる。
ここからが最難関セクション。
200キロ近い速度で、壁際ギリギリを攻める連続コーナーが待ち受けている。
ジャンニさんに教わった、1つ次のコーナーを見る技術。
目線を上げろ…!
ミリ単位で寄せるんだ…!!!
結果、驚くほど綺麗に抜けられた。
速い。
これは速いんじゃないか?
かなりいいタイムが出そうだ。
コントロールラインを通過。
結果は…!
1分20秒735!!!
暫定2位のタイムだ…!!!
ボクはこれまで、ここまで前のグリッドに手をかけたことはなかった。
しかもカレルさんやグァンちゃんはもうアタックを終えている。
ルイスさんには抜かれちゃうかもしれないけど、最高の仕事ができた!
今日はグッスリ眠れそうだ。