ただいま
「『ただいま~』」
「『ただいまです~…あ、お邪魔します…か。』」
ルイスさんの家で暮らしていた期間が長くて、自然と『ただいま』が出てきてしまった。
ルイスさんやジャンニさんがニヤニヤとした表情でこちらを見てくる。
なんですか!!!
そんなに面白いですか!!!
「『ルイス、ルイス。ちょっと。』」
先頭で廊下に入っていったルイスさんを引き留めたのはグァンちゃんだった。
2人は小声で話しているが、かすかにその声が聞こえてくる。
グァンちゃんは懐からなにかを出すと、ルイスさんにそれを手渡す。
「『オレの地元、中国のタケノコだ。例のものを作ってもらいたい』」
「『ハハハ、相当気に入ったんだな。瀬名のタケノコ炒めが。』」
瀬名さんが言ってた気がする。
『俺の料理を食ったら周がやっとデレてくれたんだ』
って。
シーズン前、一緒に暮らしていた時もルイスさんが作ってたよね。
話しながら進むルイスさんとグァンちゃんの一歩後ろを、会話を盗み聞きしながらちょこちょこ進む。
ふと辺りを見渡すと。
「『…あれ?』」
ジャンニさんとカレルさんがいない。
「『ルイスさん、なんかお二人が消えたんですけど…』」
ボクの言葉を聞くと、ルイスさんは呆れ気味に。
「『あー…これね、毎年なの。』」
直後、庭のプールからドボォォォン!!!と何かが飛び込んだ音がした。
まさか…。
窓からプールを覗いてみると、そこには。
いつの間に着替えたのやら、はしゃぎまわるお二人が。
でも、楽しそうに暴れる二人を見ていたらボクもなんだかうずうずしてきて…。
「『裕毅、やめとけ。風邪ひくぞ』」
グァンちゃんがボクの肩を掴み、正気に戻してくれる。
「『それにしてもルイス。なんでアイツらは毎年パーティーの後もピンピンしてんだ?』」
「『バカは風邪ひかねえって言うだろう?愛すべきバカだ、アイツらは』」
扱いが適当すぎるなぁ…。
陽が落ち、招待されたF1ドライバーたちが集まってきた。
ボクはいつものメンバー以外と喋ったことはないが、ジャンニさんたちは顔なじみもいるみたいだった。
その証拠に、プールに様子を見に行った1人のドライバーが、私服のままプールの中に引きずり込まれた。
ここのプールには『ヌシ』がいる。
ジャンニさんっていうんですけど。
ボクはその様子を横目で見ながら、ルイスさんのお手伝いをしていた。
「『ルイスさんはお料理よくされるんですか?』」
「『ああ、昔勉強してたんだ。食べるなら美味しいものをと思ってな』」
それはそうだろう。
えげつない手際でフレンチ料理のオードブルみたいなのを作れる人が、勉強してない訳がない。
あっ!
スプーンでソースをシャッってやるやつだ!!!
すげえ!!!
「『俺はF1を引退したら、店でもやってみようかと思ってる。イギリス料理はマズいと言われがちだから、そのイメージを払拭したいんだ』」
「『全然できると思います!瀬名さんも『ルイスの料理は美味しいよ』って言ってましたもん!』」
それを聞くとルイスさんはなぜか苦笑い。
「『そうか。瀬名がねぇ…』」
「『なんであんまり嬉しくなさそうなんですか?』」
純粋に疑問に思った。
「『いや…ぶっちゃけた話、俺はコース料理みたいな上品なものよりかは大衆食堂で出てくるような食事が好きでな。瀬名はそういった料理を作るのが得意なんだ』」
さっきグァンちゃんが言ってた、タケノコ炒めみたいなやつか。
「『大衆にウケる料理ってのは、単純に多くの人に『美味しい』と思ってもらわなければならない。実際、瀬名の炒め物は少なくともF1ドライバーからは全員高評価だった。』」
瀬名さんの料理が、ルイスさんに新たな視点をもたらしてくれたのかなぁ。
自分が本当に作りたいわけではない料理を美味しいって言ってもらったから、ちょっと複雑だったってわけね。
「『話を戻すと、俺はホテルの料理人になりたいわけじゃない。小さな大衆酒場でイギリスの味を提供する、そんなことをしたいと思ってるんだ。』」
瀬名さんの料理は家庭料理。
そんな料理を提供する店も、確かにあってもいいのかも。
「『さて、オードブルはできた。ここからはシェフ・伏見瀬名直伝の料理を作っていくとしよう!』」
ルイスさんはどこから取り出したか分からない白いタオルを頭に巻く。
さながらラーメン店主だ。
「『中華は火力が命だぞ』」
うわっビックリした。
いつの間に背後に立ってたんだグァンちゃん。
「『ルイス。』」
「『ハイハイ、お前が『美味い』って言った本家のレシピ通りに作るから。向こう行って座ってなさい』」
「『分かった。』」
何しに来たのグァンちゃん。
あれかな?
カレルさんのムーブの真似してたのかな?
使い終わった調理器具を洗っていると、隣からごま油のいい香りが漂ってきた。
ルイスさんの方を見てみたら、えげつない量の切ったタケノコを中華鍋であおり倒していた。
なんかホントにラーメン屋の人みたい。