繋ぐ側
『『ファイナルラップ、ファイナルラップ。』』
「『了解です!!!』」
前後5秒圏内にマシンはいない。
ボクは、ボクの走りをするだけだ…!
母国でのレースの時間は、あっという間に過ぎていった。
とっても楽しくて、有意義な時間だったと思う。
最終的なボクのポジションは、8番手。
2ポジションアップ、及第点でしょ。
また来年、今度はもっといいポジションでゴールできるように頑張るぞ!
いつかボクもカレルさんにシャンパンをぶっかけてもらうんだ!
表彰台の真ん中でいつもの如く俊敏な動きを見せるカレルさんを見ながら、そんなことを考えていた。
「裕毅。」
「うわっビックリした!!!」
背後の低い位置から声がしたと思ったら、車椅子に座った瀬名さんがそこにはいた。
いつの間にピットエリアに入ってきたんだろう。
ずっといたのかな。
「良い走りだった。入賞おめでとう」
そう言って握った片手を突き出してくる。
…グータッチかな?
そう思ってボクは拳を合わせた。
すると瀬名さんは笑いながら、違う違うと空いたもう片方の手を振った。
握られた手が開く。
するとそこには、なにやら紅いお守りらしきものが。
「すまんな、シーズンが始まる前に渡しておきたいと思ったんだが…ほら、お前イギリスに行っちゃったもんだからさ」
お礼を言って手渡されたお守りを眺める。
でも、なんでお守り?
「これは、俺の師匠からもらったもの…と同じ神社で買ったものだ。オリジナルは燃えた。」
瀬名さんのお師匠さん、ちょくちょく話題には上がってたけど。
瀬名さんはその人のことをあんまり喋ろうとしないんだよな。
「効果はともかく、精神的な支えにはなると思うんだ。…裕毅が大成するようにと、念も込めてる。まあ持っといてくれ」
ありがたい話だ。
離れたところにいても、瀬名さんはボクのことを思ってくれているということだろう。
それがたまらなく嬉しい。
「ねえ瀬名くん。なんで今になってお守りを渡したの?」
「京一さんの真似をしたかっただけですよ。今でも俺は、あの人に憧れてるんです」
亜紀は車椅子を押しながら、瀬名に話しかける。
「あとは…俺も、『繋ぐ側』になったって自覚を持つためですかね。」
京一から瀬名へ。
瀬名から裕毅へ。
「レーシングドライバーとしての『伏見瀬名』は、もう死んだんです。これからは裕毅の時代だ。」
誰もが認める天才でも、そのキャリアには必ず終わりが待っている。
「…デカい仕事が舞い込んできました。そっちに移動する前に、裕毅へちゃんと繋いでおきたかったんです。」
その言葉に、亜紀はピクッと反応する。
「仕事もいいけど、ちゃんと時間は作ってよー?だって…」
2人はピットの奥へと、消えていった。
「『まずは…皆、日本グランプリお疲れ様!乾杯!』」
ルイスさんが乾杯の号令をする。
今乗っているのは、イギリスへと向かうルイスさんのプライベートジェット。
ボクのグラスには、カレルさんに貰ったオレンジジュースが注がれている。
『美味しかったのでまた飲みたいです!』と言ったら、とんでもない量をくれた。
カレルさんのあんなに嬉しそうな表情は見たことがなかった。
ボクのキャリーバッグの中身は、半分くらいオレンジジュースが占めている。
「『皆さん、これからのスケジュールはどんな感じなんですか?』」
「『まずはルイスの家で恒例のホームパーティーでしょ?』」
「『そのつもりだ』」
キタ!
瀬名さんも言ってたやつだ!
ボクはこれを密かに楽しみにしていた。
たくさんのF1ドライバーさんたちと食事ができるいい機会だ。
「『その次のビッグイベントっていったら…』」
「『…モナコグランプリ、だな』」
モナコグランプリ。
世界三大レースにも数えられている、伝統あるレースだ。
「『モナコ・モンテカルロの市街地を走るんですよね?…難しそうだ…』」
「『…ああ、難しいぞ。コーナーではミリ単位の調節が要求される。』」
シルキュイ・ド・モナコ。
市街地なだけあって、道幅がとても狭いコースだ。
よって、追い抜きが非常に困難であるため、予選での順位がとても重要とされている。
「『通常時なら、まず追い抜きはできないね。最近じゃトップ10の順位が予選と全く変わらなかったとかもざらにあるし』」
モナコが地元のジャンニさん。
絶対に勝ちたいはずだ。
予選も気合が入ってるんだろうなぁ。
早くその走りを見てみたいや。
「『でもその追い抜きがしづらい状況が、ガラリと変わることが稀にあるんだ。なんでだと思う?』」
えっ。
どうしてだろう。
ボクは今までの経験から、追い抜きが頻発しやすかった状況を思い出してみる。
うーんと唸っていると、一台のマシンが思い浮かんだ。
…やっぱり、あの人を初めて見たときの衝撃は忘れられない。
もう6年前になるのか…。
スーパー耐久で、瀬名さんが勝ったのは。
そして、その要因の一つは、確実にこれだろう。
「『雨、ですか?』」
ジャンニさんはパチンと指を鳴らし、ボクを指差す。
「『正解ッ!』」
いえーい。
「『雨が降ると、普通のコース以上に追い抜きが頻発するようになるんだ。これが面白い所でね~』」
雨、か。
ボクも瀬名さんほどではないけれど、雨は得意だ。
「『それに、雨はマシンの性能差を消してくれるんだ。純粋なドライバーの力量勝負になる。』」
いつも下位のクルマでも、勝てる可能性があるってことか。
もし雨が降ったら、ボクも気合入れて走ろう。
「『よし、そろそろイギリスに着くぞ。』」
ルイスさんのその声を聞き、ボクはシートベルトに手を伸ばした。




