RPG
ボクの予選結果は、ギリギリQ3に滑り込んだ10番手。
瀬名さんに比べたらいい結果とは言えないけど、目標は達成できた。
ホッとしたら、ドッと疲れが襲ってきた。
今日は早く寝よう。
「『裕~~~毅~~~!!!』」
フェラーリのピットを横切った時、ボクの名前を呼ぶ嬉しそうな声が聞こえてきた。
「『…ジャンニさん!』」
笑顔で駆け寄ってくる。
彼はボクの脇腹を持つと、そのままボクを持ち上げた。
細身に見えるけど、凄い力持ちだ。
…ボクが軽いだけかもしれない。
「『Q3おめでとう!!!決勝はどこまで上がってこれるか楽しみだね!』」
ジャンニさんはそのままボクを抱きかかえ、お姫様抱っこみたいな体制に。
周りにはカメラマンさんとかもいるからちょっと恥ずかしいけど、悪い気はしない。
あ、今撮られたな。
来週の雑誌はチェックしないと。
ジャンニさんに抱えられながら、周りを眺める。
「『あれ、カレルさんはいないんですか?』」
ピットの中を見渡しても、カレルさんの姿は見当たらなかった。
「『…後ろだ。』」
「『ひえっ』」
この人ホントに忍者じゃないの?
ボクは驚いた拍子にジャンニさんの腕から転げ落ちるが、ジャンニさんは流石に慣れている様子。
「『も~。カレル、人の背後を取るクセやめな~』」
聞いたことがないクセだ…。
ジャンニさんが手を差し伸べてくるので、それに掴まって体を起こす。
「『…おめでとう、裕毅。表彰台でシャンパンをご馳走する日を楽しみにしているぞ』」
カレルさんが言ってるのはあれかな?
他ドライバーの首にシャンパン流し込むやつかな?
あれなんなの?
彼なりの喜びの表現かな?
多様性ですねぇ。
「『それにしてもフェラーリでワンツー、凄いですね』」
「『…周やルイスに負けたままではいられないと思ってな。気合を入れて走ったまでだ』」
カッコいいですね。
いつかそんなことを言ってみたいです。
「『カレル速すぎるんだよ。2位のぼくより0.3秒も速いじゃん』」
「『…それほどでもある』」
あるのかい。
「『決勝はカレルについていくよ。無理にバトルするより2人で逃げたほうがいいでしょ』」
「『…そうか。…私は久しぶりにジャンニと戦ってみたいと思っていたが…』」
カレルさんは聞こえるか聞こえないか、ギリギリの小さな声でボソッと呟いた。
「『え?なんて?』」
「『…いや、なんでもない。』」
ジャンニさんは難聴系男子らしい。
攻略が大変そうですね、カレルさん。
そんな会話をしていると、遠くからボクたちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「『おーい、そこのお三方。ちょっと話があるからピットに来てくれないかー。』」
声の主はルイスさんだった。
隣にはグァンちゃんも立っているのが見えた。
改まってボクたちを呼ぶだなんて、何の話だろうか。
ルイスさんの話とは、至極単純なものだった。
やりたいことがあるから自分たちに協力してくれないか、との要請だけ。
もちろんボクはルイスさんのことを信頼しているから、特に詳細は聞かずにYESと答えた。
ボクが席を外してからも、残った4人は話を続けているようだった。
気のせいか分からないけど、ボクがその場からいなくなってからの方が空気が張り詰めているというか、皆さん深刻な表情をしていたように思う。
詮索することはないだろう。
ボクがいなくなってから話すことなら、ボクがいなくたって成立する話なんだろう。
逆に、ボクがいると話しづらい内容なのかもしれない。
彼らのことだ、万に一つ…いや、億に一つもまさかボクの悪口を言っていたりすることはないはずだ。
そんな事をする人たちじゃないってことは知ってるもん。
みんな、ボクのために世話を焼いてくれる。
カッコよくて、頼りになるお兄ちゃんたちだ。
ボクは一人っ子だったから、本当の兄がたくさんできたようで嬉しいんだ。
「『…なるほどな。そういうことならもちろん協力しよう。』」
「『他のドライバーだって、彼のことを嫌ってる奴なんかいないでしょ。満場一致、狙えると思うよ』」
そう言ってジャンニは笑う。
カレルも快く了承してくれた。
ありがたい。
彼らはF1界でもトップランカー。
その影響力は計り知れない。
そんな二人が味方に付いた。
…というよりは、元から味方だったよな。
一緒に暮らし、同じ飛行機で酒を飲む仲なんだ。
俺は長い間F1で過ごしてきたが、こうした仲間ができたことが一番の財産だと思っている。
「『いや~、なんか楽しくなってきちゃったな。』」
「『…彼が引退してから、少々退屈だったが…また新たなイベントが始まったようだ。』」
それは俺も少し共感できる。
なんだか面白い。
「『まるでぼくたち勇者パーティーが、巨大な悪に立ち向かう…みたいな感じだよね』」
ハハッ。確かにそんな感じだ。
「『さあ、みんなで一緒に戦おう。F1界のために。そして…』」
彼の忘れ形見。
「『裕毅のために。』」