02・その名はデビルスター・パパラッチ・ボージョレー・コーネリアス四世
女が身構えたその刹那、男がポツリとつぶやいた。
「嬢ちゃん、辛かったんだな、、、」
「えっ、、」
「分かるぜ、、、、、その気持ち」
わずかばかりのこの一言で、なぜだか女の涙腺は、大雨に責められたダムのように決壊した。
「余は、余は、、、、、、ウッ、、、」
「頑張っておるのだ!!」
「しかし、誰もわかってくれぬのだ!」
「分かるぜ、、、、、その気持ち」
女の心のうちで魂の叫びが響き渡った。
「キター!ガツンとキター!まるでハンマーヘッドシャークで、余の空っぽの頭を思いっきりぶん殴られたくらいの衝撃ではないか!」
魔界では味わったことのない水爆級の衝撃に、ただただ恐れ慄き、なぜか目から大量の水が溢れでるのを止められなかったようだ。
「嬢ちゃん、辛かったんだな、、、、」
男がまた呟いた。
「ああ、ああ、もうダメだ、余の心はもう折れてしまった。もう頑張らなくてよいのだ、止まってしまってもよいのだ、もう何もかも全て捨てててしまって、このまま楽になってしまっても、、、、」
「聞くぜ」
一瞬、微かな光が女の頭をよぎった。
「我が名をか? 余の苦しみをか?」
「フッ、名前を聞くほど野暮じゃあないぜ、ましてや身の上話なんてな」
女は一瞬闇を見た。今まで天井から垂れ下がっていた一本の糸を見失ったかのように。しかし気を取り直して、決して動揺を悟られないように気丈に言い放つ。
「いや、大丈夫だ、聞くが良い、余の武勇を。知るが良い、余の苦悩を。そして我が青春の日々を。」
「じゃあ話してみな、青春には興味はないが」
「貴様、余を愚弄するのか!女の青春を舐めるな!」女が激昂してカウンターを叩く音が響いた。
「話したくなきゃ いいぜ」男はさらりと言い放つ。
「えっ、いや、あのう、、、、それは、、、、その、なんというか、、、」
「俺はどっちでもいんだぜ」
「う、くっ、くぅーーー」
「決めるのはお前だ。誰もお前の人生を決めることはできない」
「ガビーン!」このわずかたったの一言で、女は完全に落ちてしまった。
が、動揺を悟られまいとすぐに踵をかえして言い放った。
「クゥ、誠に不本意ではあるが、では心して聞くがよい。我が青春の日々を!」
「いや、まず名前だろ。。。。」
「フッ、本来なら貴様らのような下等生物如きに、余が直々に名を明かすことなどあり得んがな」
「ホワイ?なぜだ?」
「ビコーズ、なぜなら魔族は真名を知られてしまうと、相手の軍門に降ってしまうことになるからだ。まあ早い話が、真名に込められた魔力個性を解読使役されるようなものだ。名前を呼ばれた犬がご主人の言いつけを守るように、「ポチ、お座り」と命令されれば素直に従ってしまうのと同じだ。さすれば尻尾を振って、ご主人様に忠誠を誓う奴隷ワンちゃんの出来上がりという訳だ」
「アイ シー、なるほどなワールドだな」
「それでは心して聞くが良い!吹けよ風!呼べよ嵐!」
「無知無能、小さき愚かな下等生物どもよ!余を恐れよ!余を崇めよ!余にひれ伏せ!
数千年の長き時を経て、この世界の支配者に君臨した、偉大なる魔族。その全ての頂点に立つ大魔王様が最強最高位のスーパーエリート軍団、7つの海を支配する魔界の眷属 魔王親衛隊近衛師団セブンシスターズが一人、猛々しき真紅の紅、レッドでホットなチリペッパー、真っ赤な血潮に染まりし、いと美しき紅蓮の吸血鬼バンパイア!」
「我が名は、デビルスター・パパラッチ・ボージョレー・コーネリアス四世!!!」
「オーケー、アイノウ、じゃあ次だ」
男は続けた。
「で、志望動機は?」
「はあっ?」女は一瞬の虚を突かれ、豆鉄砲にやられた鳩のような素っ頓狂な声をあげた。
「嬢ちゃんは、なぜここにいるんだい?」
「おお、そうであった、まだ余の青春の日々を話していなかったな」
「いや、それはいい」
「おのれ、またしても余を愚弄するつもりか!!」
女はまた激昂して、カウンターを叩いた。
「嬢ちゃん、みたところ訳ありだろ。何か深い事情があってここへきたんじゃないのか?」男が静かに尋ねた。
「おお、そうであった。実はな、貴様らも知っておろうが、この度我が大魔王様が、うぬらごとき下等生物のパーティーなるものどもに、まさかの大敗を喫してしまったのじゃ。」
「それ以来、魔界のパワーバランスは崩れ、阿鼻叫喚のカオス状態なのじゃ。街には失業者が溢れ、飢えと渇きに治安も悪化し、あの頃の輝いていた魔界が遠い昔のようなのじゃ」
『そこで我ら直参の親衛隊が、会議に会議を重ね、導き出した結論が、貴様らを知り尽くすことから始めようというものなのじゃ。敵を知り、おのれを知れば百戦危うからずというではないか。」
「フッ、よくある話だ」
男はおもむろにグラスを磨いている。
「そうして、敵を知り尽くすために、人間界に凄腕の刺客 兼調査員が派遣されることになったのだ。」
「人間の弱点を暴き、なぜ人間がこうまで強いのか、その秘密を探るためだ。よく考えてみたら我らは人間についてほとんど知らないまま古代から戦ってきて、連戦連勝であったから無理もないがな」
「お前たちにも 脳みそはあるんだな」
なぜか女の怒声は飛んでこない。
「しかし個人的に不思議に思ったのは、人間どもがやたら打たれ強くなっているということだ。われら同様、昔はドンぱちやり合って簡単に死んでしまったものだが、なぜか人間は死なない、減らないどころか、さらに強くなる始末なのだ。さらには一度死にかけて戦線を離脱した顔が、何度も戦場に復帰してくるのが不思議でたまらぬのだ。我ら魔族は原則自力で回復するか、用済みになれば使い捨てられて朽ちるだけだからな」
「お前たちの世界には、癒しや回復、再生、治療などの概念はないのか?」
「弱肉強食の世界では、全て自己責任だからな。誰も他人のことなど考えもしない。自分の魔力が消えればそれで終わりだ。」
「そいつは救えねえな」
「貴様が何を言っているのか、さっぱり分からぬのだが」
「まあ、ともあれ、余がこの世界にやってきたのは魔界再興のために、人間どもの全ての謎を解明し、強さの秘密を暴き、さらにはこの世界の主要人物や戦力をことごとく抹殺、暗殺し、戦力を激減させるためである。さすれば今後の戦争を有利に展開できるゆえ、大魔王様と共に、今度こそ完全なる勝利を手にいれることが、容易くなるであろう」
「オーケー、オールライト、それが嬢ちゃんの志望動機ってわけか」
男は得心したようだった。
「待て、まだ余の青春の日々については話してはいない」
「いや、それはいい」
「おのれ!貴様、余を愚弄するつもりか!!!」
今度は女は激昂して、カウンターを激しく叩いた。