16・憂鬱な聖女 ラブリーン(1)
カラン、カランカラン、、、、、、
BARダンディワールドの一人の客人がやってきた。
「こちらは、もう空いていますか?」
「ああ、もうすでにオールレディオープンだ」ダンディが答える。
「どうぞ」
メスカルがすかさずチェイサーの水を差し出す。
「ありがとう、、、、このタイミング、無駄のない動き、そして私の心を決して邪魔しない配置、、、、、あなたは只者ではありませんね、、、」
女が物憂げな笑顔で応える。
「あなたの御名は、、、、? 」
女は名札を見て全てを察する。
「このBARの「チーフ、雌狩・辺流薔薇亜怒」、、、、、なるほど、、頭火・檄嬢でしたか、、、メスカル・ベルバラード・ヅカ・ゲキジョー」
「ご存知でしたか、、、以後、お見知り置きを、、、」
メスカルが軽く会釈する。
「いや、ちょっと待て、あのオンナ!、、、、あのオトコオンナの難解な古代呪文か絵文字のような意味不明の暗号名を解読できると言うのか、、!?一体あやつは何者なのだ!?」
カウンターの隅でグラスを拭いていたデッチにの背筋に、嫌な戦慄が走った。
「では、一杯、いただけますか、、、何か私の心の乾きを癒す一杯を、、、、」
「ああ、任せな、、、、」
女は祈りにも似た、十字を胸で切って両手を合わせて、静かに待っている。
「飲みな」
「ありがとう、、、、」
「これは、、、、このカクテルは、、、、、それにあなたは、、、?」
「俺はこのBARダンディワールドのマスター、ダンディだ。、、、そう、ダンディ。マイネームイズ ダンディ・クールハートだ」
「もしやあなたは、、、、?」
「細かい話は無しだ、、、ユーはこのBARに来た。それでいいじゃねえか」
「ユーは何を迷っているんだ?」
ダンディが優しく尋ねた。
「私が迷っていると、、、」
「そうさ、こんな時間に女一人で、しかもこんな辺鄙なBARになんて、、、訳ありだろ?」
「あなたにはすべてお見通しなんですね、、、」
女が意味深にうなずく。
「お察しの通り、もう私はこの先、長くはありません、、、、せめて最後に、人生最高の一杯をと、、、、それを求めてこのBARにやってきたのです。」
「私は長く生きすぎたとは思っていません、、、しかし、このまま命を終えるには、まだ正直若すぎるのではないかとも、、、、果たして私はこの世界を十分に知って、十分に生きて、十分に悟ったのでしょうか、、、、」
「ユーはどう思うんだ?」
「私には、正直わかりません、、、私の生き方が正しかったのか、、そうではなかったのか、、、しかし、職業柄、、、私の命は私のものであって、でも私のものでもないのです。私は他人の命を救うため、世界の平和を支えるために必要とされる存在ですが、、、今になって思えば、本当にそれで良かったのかと、、私は他の人よりも寿命を縮めざるをえない故、、このように死期が近づいてなお、そんな深淵なこと考えても見なかったのは確かです」
「ユーは病に侵されているんだな、、、、しかももう、末期か、、、」
「はい、私は職業柄、この世の負を、マイナスを一身に受けることで世界の役に立ってきた存在なのです。魔族を倒した時に発生する障気、その亡骸や腐乱死体から発生する障気、、、それだけでなく人間の発する妬みや嫉妬、恨みや怒り、そして悲しみなどの負のいしかし、マイナスを消し去るには、誰かがそれを引き受けて、取り込むことしかないのです。世の中にはそんなに美味い話はないのです。この世界は全てトレードオフでできているのです。人間が生命活動維持に欠かせない酸素を吸って、代わりに二酸化炭素を吐き出すこと、、、、しかし植物はその二酸化炭素を吸って、代わりに酸素を吐き出してくれるように、、、この障気が蔓延する世界においては、誰かがその身に、人間たちの人身御供となって、、そんな闇を引き受けなければいけないのです。そうしなければこの世に光は輝かないように、、、」
「分かるぜ、、、」
「あなたならそう言っていただけるかと、、。今の私には、そんな小さな一言が身に染みるのです、、、特に慰めでもなく、本当に真心のこもった、優しい一言が、、、この病に侵された体と心には、そうした真心だけが、救いなのです。」
「そうだな、、、、」
「どうぞ」
メスカルがハンケチーフをそっと差し出す。
「ありがとう、あなたは優しい人ね。。。世の中にもっと、あなたのような、人の温もりと優しさがちゃんと分かるような人がたくさんいたら、、、、この世界はもっと違ったものになっていたかもしれないわ、、、、」
「ユーは、今まで、民のために尽くしてきた、、、俺には分かる。その一方で、その愛がわからぬどうしようもない輩がいるのも確かだ。。。。この平和は、見えない誰かに支えられているかもしれねえってことに、思いを馳せることすらできない奴らが増えてきたってことさ、、、」
「あなたは優しい人ですね。、、、、誰かにわかってもらおうなんて、認めてもらおうなんて、、、ましてや感謝してもらおうなんて、、、そんなおこがましい考えなんて、聖人君子には必要ないものだって思っていました、、、。でも、ある時、私が魔族から助けた障気に侵された小さな少年に、「ありがとう」と言われたのです。その純真な瞳に、何も見返りを求めない無垢な感謝に、、ある時私は真実を見たのです。。。」
「見返りを求めない愛は、純粋な愛情だからか、、、、」
「そうです。でも、、、何かを差し出す時、人は、いつしか相手のためと言いながら、何かを与えた相手から見返りを求めるようになるものなのです、、、これだけしてあげたんだから、、、せめて少しは返してくれてもいんじゃないかと、、、少なくとも、助けてあげたんだから、、お礼の一言ぐらいあってもいいんじゃないかって、、、でもそれ自体が、もう、相手を、、、そして自分を縛る悲劇の始まりなのではないかと、、、認めたくはないですが、、、、」
「分かるぜ、、、ユーはピュアなんだな、、、それゆえ誰よりも優しく、、そして傷つきやすい、、、」
「うっ、、、ううう、、、、私は弱い女です」
「そんなユーは嫌いじゃねえ」
「あなたは優しいのですね、、、」
「私は聖女です。聖女はその特殊なスキルで、この世に蔓延る障気を払うことを期待されています。しかし先ほども申した通り、、、そんな都合のいい魔法などないのです。実際は誰かが人身御供になって、そのドス黒い災いをその身に取り込んで封印するしかないのです。それが法則なのです。聖女にはその資質がある、、、ただ、取り込むほどに当然、おのれの肉体は愚か、精神を蝕んでいき、それが限界を超えると、、、この世に放出しないように、あの世にその災いを一緒に持って行かないといけないのです。つまり聖女に期待される障気の浄化とは、いたいけな聖女を犠牲にして、その災いを押し付けるだけの、ていの良い厄介払いだということなのです、、、それが、真実から目を背けたい国民のもう一つの悲しい姿なのです、、、、」
「ああ、本当に、、、救えねえ話だ、、、、」
「あなたに、わかってもらえただけでも、、このBARに来て良かったと思っています。私はこの禍々しい、心身に蓄積された障気をこの世に解き放つことなく、、、我が身に一身に引き受けて、あの世に一緒に持って行こうと思います。。。それがたとえ、誰にも分かってもらえなかったとしても、、、」
「大丈夫だ、、、俺がいる。ユーのやってきたことは、俺のハートが覚えている」
「私も忘れません、、、あなたを誇ってください。」
「おぉ、、、、あなたたちこそ、、、真の勇者です。私の心を救ってくれた、、、」
憂鬱な聖女がカウンターの上で、優しい涙を流した。
「このお酒は、、、甘い味がします、、、、まるで苦かった私の人生を、、、最後に褒めてもらえたような、、、それで良かったんだよと、、優しく抱擁してくれるような、、そんなカクテルです。もう私の力では、障気を吸収するには役不足ですが、、、願わくば次世代の人間たちが、、魔族が生み出す障気に侵されず、対抗できるような強いメンタルを育ててくれることを祈ります、、、」
「ユーがどれだけの障気をその身に抱えてくれていたのか、、、今の民たちは何もわかっていねえ、、、その障気をいますぐここで吐き出して、楽になってもいいんだぜ、、、」
「いえ、そんなことをしたら、、この国の民たちに、超弩級の苦しみが降り注ぐことになります、、、そのような苦しみは私一人が抱えたまま、、、人知れず消えていくのが良いと思います」憂鬱な聖女は健気に答えた。
「あなたのその苦しみ、そして優しさは、、、。私たちが忘れません」
メスカルが優しく労わるように声をかける。
「ありがとう、本当にありがとう、、あなたたちの温もりは決して忘れません、、、、私の名は、聖女ラブリーン。この国の民の苦しみを一身に背負って、あの世に旅立つ淋しい女です」
「ああ、俺たちは、ユーのことを決して忘れねえ、、、」
ダンディが、憂鬱な聖女ラブリーンの魂にそっと優しく寄り添った。




