01・招かれざる客との出会い
カラン、カランカラン。。。
開かずのドアのベルが不意に鳴った。視線の先には女が立っている。
「問おう!ここがBAR ダンディワールドか?」
何やら尊大な若い女が、カウンターの先の男に話しかけた。
「ああ、間違いない。ここがジスイズ ダンディワールドだ」グラスを丁寧に磨きながら男がポツリと答える。
「フッ、そうか」女はカウンターの真ん中に腰を下ろした。
「一杯もらおうか」女はまるで品定めでもするような眼差しで男の目を見つめた。
「好みはあるのかい」
「それを推し量るのがプロというものだろう?」
「フッ、違いない」男はクスリと唇の端を上にやった。
「飲みな」カクテルが目の前に差し出された。速い、もうできたのか?
グラスを持つと、その香りは懐かしい風景を思い出させる。遠い昔に大切にしていたもの、しかし今は無くしてしまった思い出、いや、あえて思い出さないようにしていただけなのかもしれない。
「まずは一口飲んでみな」
男が優しく促す。
女は黙ってうなづきながら、グラスを口元に運んだ。しかしてその一杯の口付けは、ガツンと女の頭にイナヅマのような衝撃と共に響き渡った。
「こ、これは、、、、この、、味は、、、」そう言いかけて、突然女は気を失った。
「しまった、、、、、、やられた」
朦朧とした意識の中で、永遠の眠りにつく旅路へ誘われたかのような、甘い香りと共に、カウンターに女の美しい顔が沈み込んでゆく。
「気づくのが遅かった、、」
一瞬の判断が命取りとなるこの世界に、その尊大な若い女は走馬灯すら垣間見ることもなく、ゆっくりと静かに崩れ落ちていった。
「案外脆いものだな」
男は崩れ落ちた女の横顔に視線を向ける。
女が残したグラスの中には、悲しい色をした液体がわずかに残っているだけだ。
その液体は女の体内に吸収された後、電光石火の刹那の速さで吐き出されたものだ。
それを人は「女の泪」という。崩れ落ちた美しい女の頬には、妖しくも悲しい目には溜めきれなかった、少ししょっぱい水が溢れて、上等な樫の木でできたカウンターの奥に、深く深く染み込んでいくようだった。
「凄腕のワンマン、ここに眠る、、、、、か」
「今日はもう店じまいだな」
男は意味深な言葉を残して、BARのドアにCLOSEの札をかけた。
「ウッ、、うぅぅ、、、」不意に思わず目が覚めた。
「あれっ、わたしはいったい、、、」
「ここはどこ?わたしはだあれ?と言ったところかい?お嬢さん」
男が声をかけた。
「確かわたしは、、、、、、あんたに殺られたんじゃ、、、」
女は虚で曖昧な頭で必死に言葉を搾り出す。
「そうさ、お前は本来ならもうこの場にはいない。。。。はずだがな」
男は笑いながら言った。
「わたしは確か、、、、、あんたを、、、、あれっ、、なんか、、、、もう、、、あれっ、、、」
女は朦朧として、もう呂律が回っていないようだった。
一体どれだけの時間が経ったのだろう、、、、もう数時間はここにいたのか?いや、ひょっとしてこのカウンターで落ちていたのかさえ定かではない。
「お前はあの時、もう死んだのさ」
男がサラッと呟いた。
「何を!ウッ、」
まだ先ほどのカクテルがガッツリと効いているようだ。
世界がまだグルングルンと回っている中で、女は男の言葉に妙な安心感と、さらには深い優しさのような孤独を感じていた。
「お前さん、幸せとはなんだと思う?」
男はただ尋ねた。
「幸せ、、、? はあ?」
女は唐突な問いに我を忘れて所在がないようだ。それよりも、まさか自分がこのようにあっさりと殺られてしまったという現実を受け入れたくないどころか、自分の未熟さに押しつぶされそうにすらなっていた。何よりまだ自分がこうして生きていることさえ信じられない。そこにこの唐突な問いを浴びせられたからもう意味すら分からない。
「お前さんは病んでいるように見えるがね」
「なんだと、わたしが病んでるだって?」
思いがけない言葉が胸の奥に深く刺さった、が、その戸惑いを察する男にそうは見せたくなかったから、必死で力の限りに繕ってしまった。
「何をいうのだ、下等生物め、余を誰と心得る!?」
突然女の口調がうって変わった。
「さあな、お前がどこの誰とは存ぜぬが、、、、ただ悲しい女ってことだけはわかるがな」
男はさらりと宣った。
「余が悲しい女だと!全くもって笑止千万、貴様のような場末の微生物如きに、余の何がわかるというのだ!」
女は精一杯の激昂をぶつけ、しかし表情は紅潮した顔の奥に、何か焦りのようなものを必死で隠そうという戸惑いが見て取れる。
「お前は悲しい女だ、そうやって必死で虚勢を張っている姿すら、輪をかけてお前の見窄らしさを誇張しているようにも見えるがな、、、」
なぜこの男にはわかるのだ?こいつはサイキックか???すっかり女は男のペースにどっぷりと嵌められてしまっている。
「なぜ分かるのだ?貴様に私の何が分かるというのだ?」
「フッ、簡単なことさ、お嬢ちゃん」
「そもそも真夜中に、こんな辺鄙なBARにわざわざ一人でくる女なんてなあ、ろくなもんじゃない」
「どう考えても訳ありだろう?」男は詰めた。
「それに、お前は人よりも尖っているな。その爪、八重歯、さらにはその目、そして、何よりもその心だ!」
「それは人を殺めるための武器になる。そしてお前は人を傷つけてもなお、その悲しみがわからない女だ」
もう女は何を言われているのかすら、理解できない。だがしかし、男の言葉の端々にいちいちグサリと刺さる痛さが胸を激しく抉っている。なぜこいつは知っているのか?私の深淵を、心の闇を、、、、女は最大限の警戒体制をフルに稼働させて身構えた。