9.アーベルはエルヴェスタムと名付けた大陸に寄り添うようにある島国に
アーベルはエルヴェスタムと名付けた大陸に寄り添うようにある島国に、ダンジョンを作った。これまでは深くてせいぜい三十階層にしていたが、それらはほとんど踏破されていない。
しかし念には念を入れて、五十階層のダンジョンを作った。そして一番奥深くの五十階に玉座の間を置いた。そのほか、十階ずつそれなりに強い魔物のグループにボスを務めさせた。
六曜は反省していた。
これまでは魔王様のそばにいなかった。別のダンジョンを一人一つ持ち、そこにいた。だから敗北したのだ、と。エッベもバルブロも単身でダンジョンを任せてしまったがために死んでしまった。
けれどありがたいことに今自分たちはこうして生きている。ならば今回は同じ轍を踏むまい。踏まなければいいのだ。
しかし何事にも、例外というものは存在する。
ダンジョンの口を開けた。数日は気が付かれていないのか、何も入っては来なかった。さらに数日が立ち、数人が入ってくる気配があった。
彼らはほとんど戦わず、いや戦いはするのだけれど、ダンジョンのすべての部屋を暴くようなことはせず、ただ真っすぐに階段を目指し、真っすぐに階段を降り、夜が更けても帰ることはなく、ただ真っすぐに最下層を目指していた。
もしかしたら休憩もほとんど取っていないのではないか、と感じられるほどのスピードで、階段を駆け下りていく。
ボスとして配置していたモンスターたちは、あっさりと霧散した。アーベルが助けに行くまでもなく。そんな余裕すら与えず、与えられず、ダンジョンは無残にも攻略されていった。
その間、他に誰も足を踏み入れることはなかった。
その一団だけが、わき目も降らずに、ダンジョンを攻略していた。文字通り、字義通りに。
魔王は、目を覚ました。
新しく作ったダンジョンの最奥、玉座の間でまた眠っていたのだ。まだ力は完全ではない。この最後のダンジョンは階層が深いから、ここに訪れるもの達から力を貰って、と思っていたのだが。その目論見は、崩れ去っている。
「よく――」
両開きの重いドアが開いた。よくここまで訪れたと、言祝ごうとしたところで、剣が魔王の顔の横に刺さった。より正確には両刃ではないから、剣ではなく刀だな、などと、魔王は一瞬違うことを考えた。
野性味溢れる男が、そんな魔王の目を覗き込んだ。
『座しているってことは、お前が首魁で間違いないな? 姉上がお呼びだ。否やは言わせん』
魔王が何かを言う前に、男は刀を玉座の背もたれから抜き、鞘に納める。袂からぐるぐると巻かれた布を取り出し、それで魔王を拘束した。
その間魔王は何も言えず、身じろぎも出来ず、ただなされるがままだった。気が付いた時には拘束され、その男に背負われていた。
必死に目玉だけを動かして玉座の間を見渡せば、他の六曜の者たちも皆打ち据えられていた。ざっと見たところ死んでいる者はいない。しかし誰もが拘束されている。
『ああそうか。殺してないから地上までの道出来ないのか。おい誰か作れる奴いるだろう。作れ。そうしたらお前たちの首魁を、殺さないでいてやる』
どこからともなくそんな声がする。男の声である、というのだけは分かるが、それ以上の情報は何もない。自分たちはほぼ一切の抵抗ができなかったのだ。驚いていたとか、余裕を持ちすぎていたとか、相手を舐めていたとか。そういう事ではない。何かをするよりも先に、相手の情報を得るよりも先に、拘束されてしまったのである。
「無事に、返してくれるというのか」
『いやそれは分からんが』
『ちょっと約束できねぇな』
『彼がよほどのことをしたら、さすがにねぇ』
部屋の中に入ってきたもの達は皆、首をひねる。何をしても無傷で返すなど、空手形を切ることは出来ない。よほどの事がなければ殺されは多分しないだろうから、返すことは出来るだろうが。傷の有無まではちょっと。
『まあ、道を作らなければこいつを引きずっていくだけだからな。傷は増えるだろうな』
魔王を担いだ男の言葉に、アーベルは地上への直通の魔法陣を設置した。
立ち上がれば五メートルはあるだろう天井に、その角が届くほどの巨体である魔王を、軽々と片手で持ち運ぶ男に、喧嘩を売る必要はあるのかと。そのことに気が付いたのだ。
『お。ありがとうよ。良かったな、無駄な怪我をしないで済んで』
誰も魔法陣に触れていないのに、一度淡く輝いた。そうしてまた淡く輝いて。
『大丈夫だ、この魔法陣は地上にちゃんとつながっている』
男の声がした。姿は見えない。
実際にはとても小さい男が、小さい船に乗っているだけである。知恵の神少名毘古那神だ。
階段までの道案内をしたのは猿田彦で、魔王を制圧したのが素戔嗚尊。六曜を圧倒したのが武御雷で、彼らが暴走しないように、と、お目付け役の櫛名田比売である。
そうして。
人々の知らぬ間に、魔王は討伐された。正確には討伐されていない。彼の首は胴体に繋がっている。
満足に戦うことすらできずに、初めて目にする顕現した神々に連行された。
ダンジョンは、キツネと天狗が封鎖している。ここは、青白橡の住まう神社の境内で。青白橡は初めて出会った浪人のランカーに怯えて宮司とその子供たちに引っ付いている。だってまさかにんげんじゃなくてかみさまがろうにんやっててしかもじょういしゃだなんておもいもしないじゃないか!
魔王がどうなったのかは分からない。
彼は一人高天原に連れていかれ、天照大御神の御前に転がされた。神ならぬその身で、神の愛する地に侵攻してきたのだ。返討に合うのも、想定の範囲内だろうと。
女神さまは、それはそれは美しく笑ったところで、素戔嗚尊は御前を失礼して来たから何も分からない。断固拒否する。俺は俺の職分を果たしたのだから、こんな怖い場所にいられるか!
しかしダンジョンはなくなっていないし。ああいやこれを作ったのはアーベルの方だから、たとえ魔王が死んでいても維持は出来るのだろうか。
六曜? 彼らは高天原ではなく、中つ国にてまとめてとある屋敷に放り込まれている。彼ら以外の気配はないが、食事も布団も湯殿の用意もされている。手抜かりはない。
ただ、その屋敷から外に出られないだけである。縁側から見える庭には池があり、鯉が泳いでおり、鹿威しがあり、灯篭もある。古式ゆかしい日本庭園であるが、彼らはその庭の散策が出来ない。
当然玄関から外に出ることも出来ない。死ぬことは多分ないので、どうぞゆるりと堪能するがよい。
というわけで本編終了でございます。
お付き合いありがとうございました。
十話行ってないんですね。
一話当たりも短いので、物足りない方もいるかもしれませんがそういう人はそもそも読まねえな?
ありがたい事に続きを望んてくれる方もいますので続きを書けたらいいなと思っています。
今プロット切っているところなのでお時間はいただくことになると思いますが
すっ飛ばした魔王軍が日本に来るまでの二年間の人間側の話とか
キツネの動画配信とか
スサノオ様の無双ものとか。
ヤマタノオロチのダンジョンの話とか書きたいものは色々あるのでどうかしばらくお待ち下さい。
アップの際には完結を外して告知も致しますので、どうぞごゆるりとお待ちください。
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