2.九月末の例大祭を終えて、
九月末の例大祭を終えて、青白橡は着物を新調した。氏子たちが投げ入れてくれたお賽銭で買ったわけではない。それ等は人の子である宮司たちが使うだろう。お社を修繕してくれたりとか、色々使い道はあるのだ。青白橡にはその辺りはよく分からないけれど。
かつて境内に遊具を置かないかと進言してみたら聞こえなかったことにされた。返事すらなかった。ちょっとひどい。聞こえてるのは知ってるんだぞ。
『留守に、するからの』
拝殿の掃除をしてくれている宮司に向かって、ちょこんと座った青白橡は声をかけた。
「どちらに」
今の宮司は青白橡を見ることは出来なかったけれど、なんとなく声は聞こえるようだった。だからなんとなく祀られている鏡の方に視線はやったけれど、残念そこではない、と青白橡は笑った。
宮司は掃除の手を止めない。どうせ見えていないという不敬を働いているのだから、それなら掃除を続けるべきだと、そう考えたのである。青白橡は、そういう合理的なところがあるこの宮司が割と好きだった。赤ん坊のころから知っているし。
『出雲にの』
「ああ、そうですよね。例大祭も終わりましたし」
青白橡は氏子たちから貰った信心をかき集めて、新しい着物を新調していた。手土産の準備も出来ている。後はこの宮司に挨拶だけすれば、近所の尾花や青朽葉と連れ立って出かけるのみである。
一応全員に神としての長い名前はあるものの、ついつい神として祀られる以前の名前で呼び合ってしまうのだ。神の名前はどちらかといえば役職名であると、青白橡は思っていた。
神社に祀られている主神は有名どころだけれど、実際神社を管理しているのはその辺りに古くから住む生き物だ。併設されている稲荷神社の狐が成長して任命を受けたり、神社の境内で食っちゃ寝していた蛇が働けと言われたりとか。
青白橡は鳥である。今は神社の御神木になって大きな顔をしているナギの木に棲んでいる古い鳥だった。生き物としての寿命はそろそろ終えて、さて妖怪になるかどうするかという頃だった。近隣にぽつぽつと人間が増え、気が付いたら木の根元に不格好な社が祀られていた。そしてなぜかその信心が、青白橡を神使と選び、なんのかんのと今に至っている。
自分を頼るのであれば、まあ、答えてやろうというのが、青白橡と近隣のもの達との付き合いの始まりであった。
そういえば人の姿を取れるようになったのはいつの頃だったかなと考えても、もはや思い出すことは出来ないくらいに昔の話だ。
「良い旅を。皆でお帰りをお待ちしております」
宮司はすっと頭を下げた。
それは挨拶ではなく拭き掃除をするためであると、青白橡は知っていた。
神様としての名前も考えた方がいいのかな、とは思ったんですが、ちょっと不敬な気がしてやめました。
評価ブクマいいね感想お待ちしております。
積極的に欲しいと言っていくスタイル。
※6/26追記
セリフが読みづらいとのご指摘を受けて青白橡のセリフに『』をつけました。
宮司は発声しているので「」のままです。