第9話 異変
試験2日目。
2箇所目の拠点を目指すマキ達第一班は、道中の魔物を倒しながら地道に進んでいた。
「今度は西側!狼型が3体来るよ!」
「了解!」
カイリがデバイスのパネルに新たな反応を検知して叫ぶと、それに反応したミユはすぐさま西側にある大木の枝に飛び移る。それにケンユウとカイリも続いた。
「あ、俺も!……くそ、上手く出来ねぇ!…仕方ない!」
基礎魔法を発動させるのを諦めたマキは、皆に負けじと木の根本に行き下から登り始める。しかし、魔物はすぐに姿を現す。3体の狼型の魔物はゆっくりと登るマキを見つけ、一斉に走り出した。
ガウッ!!
「来た!?早くしないと……ってうわぁっ!?」
マキは急いで登ろうとするも、凹凸の少ない幹に足を滑らす。一体の魔物が落下するマキの背中に噛みつこうとしたその時、木から飛び降りたミユによって、一瞬で狼の首が落とされる。それに気づいた残りの2体は彼女に標的を変えて襲いかかるも、ミユの鮮やかな動きに翻弄され、双剣で見事に胴を真っ二つされた。
「マキ君!」
「大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫……。いてて……!」
「よかったー!」
大木から飛び降りたカイリとケンユウは落下したマキに駆け寄ると、大事なく安心する。
「すまんな、ギリギリまで助けてやれなくて。」
「大丈夫っす。そういう“ルール”だからな!」
補助監督生は、あくまで受験者の「監督と保護」であり、想定外の緊急時以外に直接の手助けをしてはいけないルールになっている。
「というかお前、いつの間にそんな機械作ってたんだな?」
「ああ、これ?」
カイリは眼鏡の位置を直し、背中に背負うアンテナとパネルを見せた。
「まだ試作段階なんだけど、魔物の放つ独特な魔力の波形を探知する機械でね。近くの幼体以外の魔物の位置ならある程度分かるんだ。」
「へぇ。よく分からないけど、お前もしかして頭良い?」
「いや、僕なんてまだまだだよ…!今日だってこの大きな機械を背負う為に皆に僕の分の荷物も持ってもらってるし。もっと機械を小型化したいんだ。」
「すげぇんだな……お前も。」
「え……?」
そんな話をしていると、魔物の素材を剥ぎ取っていたミユとが戻って来る。
「マキ、怪我がないなら、せめて剥ぎ取りくらいやりなさい。私は見張りをするから。」
「おっす……!」
「あ、じゃあ僕も……」
「貴方は大丈夫。引き続き魔物の探知を続けて。」
「は、はい!」
「それと助かるわ、ありがとう。」
「………!?はい!!」
ミユの珍しいお礼の言葉を聞きカイリは笑みを浮かべた。そんな2人を見て、マキは頬を膨らませた。
マキは先程ミユが倒した狼を含めた大量の魔物の剥ぎ取りを行う中で、これまでの自身の不甲斐無さを振り返り、落胆で項垂れる。
(俺、マジで足手まといじゃね?もうちょっと活躍出来ると思ってたんだけどなぁ……。基礎魔法を咄嗟に発動させるの難しすぎるぞ………!)
このままじゃ皆に頼りっきりで終わってしまう。そう考えたマキは少しでも役に立つ為に、自身に起きた今までの出来事を振り返る。そしてふと果実を食べた“あの日”の事を思い出すのだった。
(確か俺、あの時1体魔物を倒したよな……?今思えば、意識が戻ってからすぐは魔物の気配が何となく掴めてたし、突進して来た敵の動きもしっかり追えてた。…もしかしてあの時、俺は無意識に基礎魔法を上手く使えてたって事か………?思うと、俺が今使ってる微量の魔力によるものとは全然違って、…もっとこう、高揚感というか……今なら何でも出来ちゃいそうな全能感というか………。…くっそ〜!その時の感覚が思い出せればきっと………!!)
マキが頭を悩ませていた時、後ろからミユに肩を叩かれる。
「ねぇ、先程からずっと手が止まってるけど、解体は終わったの?」
「ああ、終わったぞ?」
「嘘言わないで。それにしては早すぎるわ。……はぁ。もういい、後は私がやるから休憩してなさい?」
「お、おう……。(やばい!俺本当にお荷物になってる………。チヅル先生、俺どうしたらいいんだ〜………!)」
マキは落胆の中、今の状況を打開し皆の役に立つ方法を考えながらその場を去った。
気を落としたマキがどこか上の空で離れていくのを見て、ミユはふと自身の過去の姿が頭に浮かぶ。
「全く。なんであんな奴と組まされるのよ…!……あら?これって…!」
ミユは足元を見る。そこには大量の魔物が、素材とそれ以外に綺麗に分けられて並んでいたのであった。
それから多くの魔物を倒した第1班は、1日かけて2箇所目の拠点に到着しようとしていた。
「皆やるじゃないか!随分時間はかかったが、これでどんなに帰還が遅くても、加点での高得点は間違いないぞ!」
「当然です。ここまで来たら学年最高得点を狙うわよ。」
「その意気だ!そう言えるのも、カイリ君お手製の探知機のお陰だな!」
「そうね。あれが無ければこんなにスムーズに出来なかったわ。」
「そ、そうですか!?役に立ったなら良かったです……!」
2人からの言葉に、カイリは顔を赤くした。一方、ついて来るのでやっとなマキはガクンと肩を落としていた。すると、どういう事かミユはマキの方に振り返る。
「それとマキ?」
「ん?」
「貴方、あの魔物の解体の仕方は何?」
「…なんだよその言い方?魔法や戦闘だけじゃなくて、解体にまで口出すつもりかよ!?」
「貴方何を言っているの?別にそういうつもりじゃ……」
「うるさいうるさーい!俺はどうせ役立たずの足手まといですよ〜だ!!」
マキはミユの声を遮り、1人で隊列を抜け出し先行して行った。それを見たミユはムッと顔を膨らませる。
「何なのよあいつ。私はただ気になっただけなのに……!」
「おいマキ!1人で行くと危険だぞ!」
「ミユさん、早くマキ君を追わないと!」
「あ、ええ!行くわよ!(ていうか、彼あんなスピード出せたのね…?)」
3人は前方に消えて行ったマキを追いかける為、移動のスピードを上げた。
「くっそぅミユの奴!絶対いつか見返してやるからな〜!!」
マキは悔しそうに涙目になりながらひたすら前に進んで行く。すると、いつの間にか2つ目のチェックポイントに来ていたらしく、拠点の門前に到着したマキは急停止した。
「やっべ、先行し過ぎた!これは後でめっちゃ怒られるな〜……!……ってか、あれ?なんかこの拠点やけに静かじゃね?」
マキは1つ目の拠点と比べて、人の気配が少ない事に気づく。そしてよく見れば、門前に見張りの兵士が誰一人いないのだった。
「おーい!ごめんくださいな〜!!」
マキは拠点の中に向かって大きな声で呼びかける。しかし、数秒経っても1人として姿を現さない。
「…あれ〜?おかしいなぁ?」
異変を感じたマキが中に入ろうと動いた時、背後の森からミユ達が飛び出して来た。
「おわぁ、びっくりした!」
「驚いたのはこっちよ!」
「見つかってよかった〜!」
「うんうん、無事でなによりだな!」
ミユはマキの方に詰め寄る。
「もう二度と無断で先行しない事。いい?」
「…ひゃ、はい!ごめんなしゃい……!」
ミユの鋭い睨みにマキは体を震わせる。
それからミユは言葉を続けようとしたが、マキ同様目の前の拠点の異変に気がついて話をやめる。
「待って?何故衛兵が居ないの?というより、人の気配が無いわね。」
「そうなんだよ。前の拠点の時は1人居たよな?取り敢えず中に入ってみようぜ!」
「待て!1人で行くな!」
「………!?」
そう言って中に入ろうとしたマキを、ケンユウは強い口調で引き留める。
「そうね。人の気配が無いという事は、この拠点になんらかの問題が起きている可能性が高いわ。何が起こるか未知数である以上、ここは先程までと同様に隊列を組んで行くべきね。」
「そう!流石だ隊長。マキ、今度は近くにいるんだぞ?」
「おっす!」
「カイリ。魔物探知機の充電は?」
「うん、まだ使えるよ。でも、あと1時間って所かな……!」
「十分よ。さぁ、皆行くわよ!」
「「「了解!!!」」」
そうして4人は拠点に入り探索を行うが、予想通りに人の姿は全く無かった。
「おいおい。どうなってんだこりゃ?」
「人どころか物資も殆ど無いわね。拠点を別の場所に移したのかしら?」
「どこに移したんだよ?というかなんでだ?」
「さあ…?何か手掛かりが残ってるといいよね。もう1回拠点のの周りに情報が無いか回ってみる?」
すると突然立ち止まったケンユウはその場にしゃがみ込む。
「待て。3人とも、これを見ろ。」
「「「?」」」
マキ・ミユ・カイリの3人はケンユウが指さす方を見ると、地面には割れたマグカップが落ちていた。
「これは、誰かが落としたのかしら?」
「そうみたいだね。それに地面の感じから、中もちゃんと入ってたみたい。」
「誰か手が滑って落としただけじゃねーのか?」
「いや、それはあり得ない。」
「先輩?」
ケンユウは地面のカップ周りの液体に止血用の包帯に染み込ませると、それを鼻で嗅ぐ。
「昨日を思い返して見ろ。我々が試験中に飲む事ができるのは水か薬草茶だけ。それに容器は支給された水筒が基本だ。だがこれはマグカップで、中身は牛乳入りの炒り豆汁。つまり我々試験者及び監督生の物ではなく、教員または隊員のものだ。」
「それがどうしたんだ?」
「まず1つに、拠点内の通路には物を置いてはいけないという決まりがある。」
「誰かが躓いたりとかですかね…?」
「そう。緊急時には通路を通る人の数が増え、地面の物に気付かず転倒する危険性がある。特に破片の落下物は非常に危険だ。靴に破片が刺さったまま作戦に向かった場合、長時間の移動で破片が足に刺されば、以降の全体の行軍速度に支障が出るからな。本来ならばカップを落とした段階ですぐに清掃を行う筈なんだ。」
「つまり、平常時・緊急時に関わらず、カップの破片を床に落としたままにするというのあり得ないって事ね。」
ミユの呟きにケンユウは頷く。
「それに外にマグカップが落ちているという事は、緊急になる直前まで、教員と一般隊員が屋外で炒り豆汁を飲める程の余裕があった事になる。これらの事から考えられる事態は、“この拠点が襲撃にあった”、あるいは“どこかの拠点、または演習場の出入口で緊急事態が起きて、そこの応援に向かった”、か……?」
「前者はまず無いわ。襲撃があったにしては、拠点の門やテントが綺麗過ぎるもの。」
「後者も難しいんじゃないでしょうか……?何処かで異常があったとしても、拠点の隊員全員が向かうという事は無いでしょうし、…そもそも異常が起きたら発煙筒が上がる筈ですし……。」
「そう言えば見てねぇな?」
「我々はずっと森林地帯にいるからな。発煙筒が見えないのは当然だ。あれは演習場の外側の者に知らせる為にあげる物だからな。…しかし参ったな……。このマグカップだけじゃあ、特に大した情報にならなかったな。いや〜すまない!」
「いえ。マグカップ1つから、何かしらの事態の直前までは至って平常だった、という情報が得られただけでも大きいと思うわ。ありがとうございます。」
「そうだぜ先輩!きっとすぐ誰か戻って来るだろ!それを待って………、……ん?」
「マキ君?」
「(何だ今の感覚?)」
微かに不思議な気配を感じとったマキは辺りを見回す。
「カイリ。レーダーに何か変な物は映ってないか?」
「変な…って?…いや、特に何も無いよ?」
「本当か?何かいる様な気がするんだが……!」
それを聞いたケンユウは背中の大剣に手をかける。
「敵か…?何足歩行だ?」
「いや、そこまでは。音じゃないんだけど、オーラというか、なんというか……。」
「はぁ……。変な勘違いじゃないでしょうね?私は何も感じないわ。他に気配を感じる人はいる?」
ミユの問いにカイリとケンユウは首を振る。
「…だそうよ。これ以上余計な事はしないで……」
「……!そこか………!ミユ!この隊列のままで、俺の言う通りに進んでくれ!」
「ちょっと!一体何を言って……」
「頼む…!!」
「…分かったわ!」
4人はマキの案内のもと、再び拠点内を歩き始める。
曲がり角を幾つか曲がると、やがて拠点内の隅にたどり着いた。そこにはゴミを捨てる大きな箱があるのみで、目欲しい物は特に無い様に思えた。
「貴方、やっぱり何も無いじゃない!あまり余計な事を言わないでくれるかしら!?」
「あれ、おかしいなぁ?確かにここだったんだけどなぁ……。」
すると突然、カイリのレーダーが反応を始める。
「待って2人とも!この箱から見た事ない波が出てるよ……!」
「見た事ない波ぃ?…つまりどう言う事だ?」
「もしかして、新種の魔物って事かしら?」
「分からない……。…どうする?開けてみる?」
「「………………。」」
マキとミユは顔を見合わせ、互いに開けたくない意思を訴える。
「では、ここは先輩の俺が……」
「……いーや!ここは俺が開けるぜっ!!」
マキはケンユウの声を遮ると、思い切ってゴミ箱を開けた。
「おわぁ……っ!?」
「「「…………!?」」」
突然のマキの叫び声に、ミユ・カイリ・ケンユウの3人は咄嗟にゴミ箱から距離を取った。
「マキ!早く箱から離れなさい!」
「…お………?」
「マキ君……?」
箱を開けてなお覗き続けるマキを見た3人は、彼に続いて恐る恐るゴミ箱を覗く。
そこには、震えて怯えながらこちらを見上げる、小さな子供の姿があった。