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破魔のマキ  作者: すんし
8/12

第8話 初めての試験

 早朝。

 身支度を終えたチヅルは教員棟の自室を出ると、屋外の訓練場に向かっていた。

「チヅルさん。」

「ん、その声は“マーヤ”先生?」

 チヅルは声の方向に振り返る。彼女を呼び止めた赤縁の眼鏡をかけた女性は今井真礼(いまいまあや)いい、チヅルの学生時代に担任であった人物である。

「最近調子はどう?」

「まあ、ぼちぼち上手くやってますよ。教え甲斐のある生徒がいるもんでね。」

「それは良かった!でもこんな朝早くに起きるなんて、貴女の学生時代を思い出すわね……!」

「……そうですね。」

 チヅルの微妙な反応にマアヤは「は……!」と言って口を押さえた。

「あ、ごめんなさい!あまり良くない話題でしたよね…?」

「いえいえ〜!自分の中ではもう整理したつもりなので、「懐かしいな〜」って思っただけですよ!」

「…そう。じゃあ、もう大丈夫なのね……!」

「はい!」

 それからチヅルとマアヤはお互いに礼をして別れた。



 チヅルが訓練場に着くと既にマキ・カイリ・ミドリの3人の姿が見えた。何やら揉めている様子である。

「ミドリぃ〜!本当にごめんよ〜!」

「ふん……なの…!」

 マキは頭を下げて必死に謝るも、ミドリは不機嫌そうにそっぽを向いている。そんな2人の様子を見ておろおろするカイリにチヅルは話しかけた。

「これはどういう状況?」

「それが僕にもよく分からないんです……!」

「へー?じゃあ2人に聞いてみるか。おーい!どうしたんだ〜!?」

「…あ、やべ……っ!」

 チヅルの声に気づいたマキは焦りの表情を浮かべる。

「…あ、チヅル先生!聞いて欲しいの!マキちゃん昨日私との約束を忘れて帰っちゃったの!」

「約束?」

「そうなの!私の部屋に遊びに行くって言って部屋の前まで来たのに、そのままマキちゃんトイレに行ったきり帰っちゃったみたいなの!」

「…あ!おい言うな!」

「え、確かミドリって女子寮に住んでるんだよね?…あれ?マキくーん?」

「ひえ……!」

 チヅルは笑顔でマキに詰め寄る。

「なーんで君が女子寮に行ってるのかな〜?」

「いや、違うぞ!?俺はメイの様子が気になってだな……!」

「それで校則を破ったと?」

「うぐ………!」

 マキはカイリに助けを求めて横を向くと、彼に引いた様な目で見られている事に気づき、すぐさま視線を逸らした。チヅルが意地悪な表情で「どうしよっかな〜?」と1人呟く声を聞き、マキはガタガタと体を震わせる。すると意外にも、2人の会話にミドリが割って入った。

「ルールを破るって何のことなの?」

「え、ミドリ?」

「マキちゃんが女子寮に行く事は別にルール違反じゃないの。」

「あのさミドリ?マキ君は自己紹介にもあった通りおとk……」


「マキちゃんは女の子なの。」


「「「……………。」」」

 3人はミドリの返答に唖然とする。それから数秒後、最初に口を開いたのはチヅルだった。

「…うん。なんか面白そうだし、今回は不問でいっか!」

「おぉ!流石チヅル先生!」

「ほ、ほらミドリちゃん…。マキ君も反省してるみたいだから許してあげよ?ね?」

「…分かったの。許すの!」

「お、本当か!?」

「……次はないの!」

「…お、おう………。」

 ミドリはカイリの宥めにより少し機嫌を取り戻す。

 するとそれから暫くして、もう1人の生徒が訓練場を訪れる。その者は4人を見ると、恥ずかしそうにしながらこちらに走って来た為、気づいたマキは“彼女”に駆け寄った。

「メイ!ちゃんと来たみたいだな!」

「ご、ごきげんよう……!」

「おう!ごきげんよう!…おーいみんな〜!今日からメイも参加するからよろしくな!」

 マキの紹介と共に、メイは頭を下げる。

「鴨入さん。よ、よろしくお願いします!」

「……………。」

「あ、メイじゃん!って事はさっきのマキ君の言葉は嘘じゃなかったんだ!」

「だから言ったろ〜?昨日はメイの様子を見に行っただけだって!」

「そっか〜、でもアウトだよん!……で、メイ?この間話を聞いた時は「学校やめるかも」って言ってたけど、何か心変わりでもあった感じ?」

「…はい!」

「もしかしてぇ、ミユに勝ちたいとか〜?」

「ま、まあそれも考えつつ、もうちょっと続けてみたいと思いまして………!」

 その言葉を聞いたチヅルは微笑み、震えるメイの頭を撫でる。

「…うん。少しずつでいいから、マキ君達と一緒に頑張っていこう!」

「天原先生…!はい、頑張ります!」

 メイの元気な返事の後、いつもの“朝活”が始まった。



 それから2週間後。

 メイが朝活に加わった日から、マキ以外のメンバーもチヅルの出した課題に取り組み始めていた。

「どりゃあ!」

 マキは引き続き基礎魔法を維持しつつ、チヅルと格闘術の訓練をしている。マキはチヅルの動きを真似しながら取り組んだ結果、何とか拳の打ち合いが成立するレベルになっていた。

 今日も最後の仕上げとしてチヅルと組み手をしている。

「お、結構良くなってきたんじゃない?」

「…本当か!?」

「でもまだまだかな?」

「え?…うぎゃ……っ!」

 マキは基礎魔法が解けたタイミングでチヅルの足払いをもらい、その場に転倒した。

「カイリ、時間は!?」

「えっと、時間は5分24秒……!」

「24秒…!?よっしゃあ!昨日より20秒長く出来たぞ〜!」

「やったねマキ君!」

 仰向けになりながら喜ぶマキを見て、カイリはパチパチと拍手の音を鳴らした。その様子を見たメイは複雑な表情を浮かべる。

「基礎魔法って確か、1時間前後は保たないとロクに戦えないのではなくって……?」

「…なんだよメイ。これでも大分伸びたんだぞー?」

「2学年時の研修任務でも、最低30分は持続出来ないと任務にすら出させてもらえないのですわよ?」

「う…後20分か……!そういうお前は訓練順調なのか?」

「ええ勿論!今ならミユにだって勝てそうですわ!」

 自信満々なメイを見てチヅルは首を振る。

「それは無理だからやめときな〜?」

「先生…!私強くなりましたわ!」

「確かに最初の模擬戦の動きと比べて大幅に改善はされたけど、まだまだ無駄が多いかな?」

「て、手厳しいですわね……。」

 そう言ってメイが肩を落としていると、背伸びをしたマキに背後から頭を撫でられる。

「ま、お互い頑張っていこうな?」

「貴方と一緒にしないでくださいまし!それと勝手に頭を撫でないでくださいまし!」

「え〜チヅル先生はいいのに?」

「貴方と先生ではワケが違うでしょう!?」

「どう違うんだ?」

「……!?そ、それは………!」

「メイ顔真っ赤だぞ〜?」

「もう…!先生までからかわないでくださいませ……!」

「ってあれ?チヅル先生、ミドリはどこいった?」

「…ん?ああ、ミドリは別室で訓練中。」

「別室?」

「そ。そろそろ始業時間だし皆で迎えに行こっか?」



 チヅルに連れられて向かった先は射撃訓練場だった。マキ達が部屋に入ると、丁度ミドリも訓練を終えた様で、タオルで汗を拭く彼女の姿があった。

「おーいミドリ!」

「あ、先生にマキちゃん達!」

 チヅルはタオルを受け取ると、ミドリの髪を丁寧に拭き始める。

「どう?調子は?」

「難しいけど面白いの!」

「そっか、なら良かった。」

「お前武器決めたんだな?」

「そうなの!私は拳銃(ピストル)にしようと思うの。マキちゃんは武器決めた?」

「俺?うーん……まだよく分かんねぇんだよな〜。」

 ミドリの問いにマキは首を傾げる。

「マキは暫く格闘術主体かな?まずは基礎魔法の訓練に集中するのが吉だぞい。…さ、そろそろ教室戻りな?今日は大事お話がありまーす!」

「大事な話?」

「そ!“班”と“中間試験”について!」



 数十分後。日組の教室。

 チヅルは朝の学活と1限の時間を使い、意気揚々と話を始めた。

「今年は例年と少し毛色を変えて、初っ端に【班】を決めまーす。」

 彼女の言葉に教室内がざわめき出す。何故なら例年通りで行くと、一年生の最初の試験はクラス内の個人対抗戦であり、その個人戦の結果を基に班編成が行われる為である。

 ここ国立帝都対魔学園における【班】とは、3人の普通科学生+後方支援の他学科学生(0〜3人)で構成された少数部隊の事を指し、毎年度の前後期いずれかの間に班編成が行われる。この班は申請をしない限り3年間で1度の変更も無く、卒業後の本入隊以降も在学時と同じ班で活動を続ける隊員も一定数存在する。その為、それ程重要な決定を入学してから1ヶ月足らずで決めるのは異例の出来事といえる。

 チヅルの話を聞く限り、これは学園全体の方針であるらしく、他の普通科のクラスも同時期に班編成を行うという。


「はい静かに〜!皆思う事は沢山あるよね?正直私もこの話を聞いた時は思わず………おっと!今のは無しで!……って事で、もう私の方で編成は決めてあるから順番に発表してくね〜!発表後は班毎に纏まって着席する様に!…そうです!皆さん念願の席替えでーす!まず一班から……」

 マキはいつ自身の名前が呼ばれるのかドキドキしながら待っている。しかし、「待つ」というには、それはあまりにも短すぎる時間であった。

「1班!園崎ミユ、工藤カイリ、久遠寺マキ〜!!」

「「「……………!?」」」

 名前を呼ばれたミユ、カイリ、マキの3人は、驚き(?)のあまり同時に立ち上がった。

「お、早速呼ばれたぞ〜!!」

「無理無理!僕なんかじゃ足手纏いになるよ……!?」

「先生!班の変更をお願いします!」

「はいはいうるさーい!固まって座っといて〜!はいじゃあ次は2班………」



 そうして全ての班が発表された後に席替えが行われ、机も3人用のものに班毎に座っていく事となった。マキ達は第1班の為、廊下側最前列の席である。



「よし、じゃあ早速試験の説明をしていくよー!」

 席替えの後、チヅルは中間試験の内容を話し始めた。

 

 要約すると、今回は班対抗戦のサバイバル試験らしく、決められたエリア内に存在する各チェックポイントを通過し、スタート地点に帰還するものだという。試験の場所は帝都北東の外縁部に最近作られた大型の野外演習場である。場内には捕縛された多くの魔物達が放たれており、それらを潜り抜け、より早く帰還した班に高得点が入る。また、道中の魔物を討伐する事で、追加の得点が入るらしい。


「以上が大まかな流れね。詳しいルールは後で資料が各班に配布されるらしいから確認するように!あ、後これは実技試験の話で、実技後に筆記試験もあるから忘れないでよ〜?そんで残りの時間なんだけど、今回の実技試験は補助監督生として各班に1人上級生がつくから、彼らと合流してもらいます。私が今から各班の集合場所を伝えるから、そこで監督生と合流して、自己紹介と作戦会議をしてね!」



 それからマキ達3人は指定の場所に向かう。

「試験はスピード勝負か……。僕ちょっと自信無いな……。」

「心配すんなってカイリ!要は沢山倒せばいいんだろ!?」

「そ、そうなのかなぁ……?」

「ん、違うのか?」

「はぁ……。」

 ミユはマキとカイリの会話を聞き、思わずため息を吐く。

「なんだよ?」

「…いいえ?」

「言いたい事があるなら言えって。」

「…本当に、ただ貴方達と班を組む事になったのが夢であって欲しいと思っているだけよ……。」

 マキはミユの言葉にムッとする。

「それ、どういう意味だよ?」

「言葉通りの意味だけど?」

「はあ!?その言葉覚えとけよ!1番多く敵を倒すのは俺だからな!?」

「全く、話にならないわ…!」

「んだと!?」

「ほらほらマキ君落ち着いて…!着いたよ……!」

 カイリはマキをミユから引き離すと、【屋内第8訓練場】に手をかける。チヅルによると、ここが監督生との集合場所だという。

「じゃあ開けるよ?失礼しま……」

 カイリが挨拶と共に扉を開けると、中からとてつもない熱気が溢れてきた。

「あっつぅ!?」

「ちょっと、早く閉めなさい!」

「う、うん……!あ……!」

 ミユの言葉通りカイリが扉を閉めようとしたが、中から扉に手がかかり阻まれる。そしてそのまま扉が最後まで開かれると、中には体格の良い汗だくの男が立っていた。

「お、君達新入生か!?よく来たな!さ、入ってくれ!!」

 男の言葉にミユとカイリが戸惑う中、マキは笑顔で中へと入っていく。

「お邪魔しまーっす!」

「おう!入れ入れ!!」

「うっわ!中はもっとあちぃ〜!ちょっとドア開けっ放しにしとこーっと!」

「おっとすまんすまん!先程まで鍛錬をしていてな!君達は部屋が冷めるまでもう少し外で待っててくれたまえ!」

「おーっす!」

 そう言って部屋の外に戻ってきたマキに対し、カイリだけでなく、先程邪険にしていたミユの中にも少し尊敬の念が湧いた。



 暫くして、【屋内第8訓練場】という小型の訓練室に入った3人が椅子に座ると、男も3人の前の椅子に腰をおろした。

「では改めて、俺は1年日組第一班の補助監督生を任された、3年日組第二班の【堀田賢雄(ほったけんゆう)】!魔法は火と熱属性で大剣術が得意だ、よろしくぅ!…それじゃあ、左の元気な()()()()の方から自己紹介をお願い出来るか?」

 そう言うと、ケンユウから見て右手に座る元気じゃない方の少女が自己紹介を始めた。

「1年日組第一班の園崎美優です。よろしくお願いします。」

「お、同じく第一班の工藤凱里です。お荷物にならない様に頑張ります……!」

「同じく第一班の久遠寺真希だ!よろしくな!」

「(ん?思ってた順番と違うが、まあいいか……!)…よし!皆よろしく!」

 それから4人は当日の試験の作戦会議を行う中で、それぞれの特徴や強みを話す事となった。

「まずはミユ君からだが、君の事は私達のクラスでも話題になっているから大体の事は知っているんだ。魔法は氷属性で、双剣術を得意としているんだったね?」

「はい。」

「実力も3年生顔負けだと聞いているぞ!君は問題なさそうだな!じゃあ次はカイリ君!」

「は、はい!僕は雷と熱属性を使えます…!」

「おお!2属性持ちだったか!」

 感心するケンユウに対し、カイリは慌てて首を横に張った。

「いえいえ!2属性使えるといっても、魔法の出力が低くて戦闘では役立たずなんで…。」

「そうか!じゃあもっと鍛錬しないとな!」

「…はい!頑張ります!」

 カイリの返事にケンユウは頷くと、次にマキの方を向く。すると、マキは待ってましたと言わんばかりに話し始めた。

「俺は火属性の素手だ!」

「そうか素手か!……ん、素手?」

「まだ武器決めてないっす!」

「それはキツいな〜!流石に魔物に素手で行くのは危険だぞ?」

「だよなぁ……。なあカイリ、俺何がいいと思う?」

「えぇ……っと?」

「自分で決めなさいよ……!」

 マキの質問に困惑するカイリとミユを見たケンユウは大きな笑い声をあげた。

「面白いな君は!自身の得物を他人に決めさせるのか?」

「うーん…最近まで考えた事なかったんだよな〜。」

「そうかそうか。だが武器は今後の自身の生死を決める大切な相棒だ!だから自分で決めた方がいい。何か使いたい物は無いのか?」

「それなんだけどさ、俺、『暫く格闘術主体で」ってチヅル先生から言われてるからなぁ。基礎魔法の時間が短いから、暫く魔法を練習した方がいいんだって。」

「そうか…!短いとはどれくらいだ?40分、それとも30分か?」

 ケンユウの問いに、マキは目を逸らしながら気不味そうに答える。

「…10分半……。」

「…は………?もう一度頼めるか?」

「……っ!10分半…っ!!」

 ケンユウはマキの持続時間を聞いて呆然とする。

「…おっとすまない!10分半…そいつはキツいな………!無事について来れるかどうか……」

「…?どういう事だ……?」

「今回の試験の主な目標は魔物の討伐ではなく、可能な限り早い時間で帰還する事だからな…!時間と持久力の勝負になるんだ。」

「…つまり……?」

 マキの問いに対し、今度はミユが口を開く。

「まだ分からないの?貴方、基礎魔法の持続時間が短すぎるのよ。基礎魔法無しで魔物のいる演習場を移動するのは自殺行為に等しいから、試験中の移動は全て基礎魔法を遣うのが基本。魔力が少なくなったら一度移動を止めて休息をとる必要があるのよ?普通どんなに短い人でも、通常戦闘込みなら30分、移動だけなら1時間は保つのに、聞くところによると貴方は戦闘込みで10分半、移動だけでも20分前後しか保たないのでしょう?つまり、貴方の基礎魔法が切れる度、魔力回復の為に私達は移動を止めなければいけないのよ。10分半毎に止まって進んでを繰り返すなんて、一体いつになったら帰還出来るのよ………?」

 ミユはため息を吐き、ジトりとマキの方を見る。すると、マキから驚きの言葉が返ってくる。


「ん?つまり休憩が多く出来る分、俺達は他より移動が早いって事か…?」


「「「……………!?」」」


 3人は暫く硬直する。それからミユは頭を抱えて項垂れた。

「待って…!?あれだけ説明したのにどうしてそうなるのよ!?」

「あはは……。」

「ハッハッハッ!!やはり面白いな君は!」

 それから4人は紆余曲折ありながらも当日の作戦を練った。




 それから1週間後の2044年5月13日。

 1学年の全生徒達と補助監督の上級生・教員を乗せた複数の大型車両が、帝都ドーム外縁北東部にある演習場へ向けて対魔学園を出発した。


 マキ・カイリ・ミユの3人は、その内一台の車両に横並びで座る。

「いよいよだ!楽しみだなぁ!」

「うぅ…!緊張してきた〜……!」

「おいおい、まだ着いてもねぇんだから落ち着けって。てかチヅル先生本当に来れないのか〜!」

 マキ達がその事をチヅルから言われたのは3日前の話であった。

「なんか突然決まったって言ってたよね。何かあったのかな?」

「遅刻と居眠りのし過ぎで怒られてたりして!」

「だとしても今日はないんじゃ……?」

 カイリと話していたマキは、ふと隣の窓側に座るミユに目を向ける。彼女は車内に入る日の光を利用し読書をしている様だった。

「なあ、何読んでるんだ?」

「………。」

「おーい!」

 それからもしつこく尋ねられたミユは、気乗りしない様子で本を閉じマキの方を見た。

「一族に伝わる双剣術の入門指南書。貴方が読んでも面白くないものよ。」

「ふぅん。お前ぐらいになっても、まだそう言うの読むんだな。」

「別に、もう何度も読んだわ。飽きるくらいには……。」

「じゃあなんでまだ読むんだ?」

「少しでも暗記できる様によ。……ん、どうしたのよ?」

 ミユが尋ねるとマキは笑う。

「はは!やっぱお前は凄ぇなって思ってさ!」

「…私は凄くなんてないわ……。中間試験、貴方は“余計”に班の足を引っ張らない様に頼むわよ?」

「はぁ!?“余計”にって、もう俺が足引っ張る前提かよ!?」

「事実じゃない?」

「んなろ〜!」

「ちょっと2人とも(特にマキ君)ストーップ……!」

 そんなやり取りをしていると、後部座席から怒りの声が飛んでくる。班長のメイが率いる第二班である。

「騒がしいですわよ!車の中くらいお静かになさい!」

 怒るメイの隣では、特に気にも留めない様子で会話をする2人の姿がある。…と言うより1人の男子生徒がもう1人の女子生徒への一方的なマシンガントークである。

「淵野さんって何か好きな物あるー?」

「……金、出世。」

「金と出世って事は、対魔隊に入って活躍してがっぽがっぽ稼ぎたいって事か〜!ってかそろそろ外縁部だけど、淵野さんはここら辺って来た事あんの?」

「…こっちの方には来た事ないの。」

「じゃあ淵野さんにとっても初めての土地って事か〜!あ、ちなみに俺もここら辺に来た事ないから、初めて同士頑張ろうな〜!」

「…は……?」

「よし頑張ろー!えいっえいっおーっ!!」

「貴方達もお黙りなさい!」

 うるさくし過ぎたのか。今度は横に座る班員達にメイの怒りの矛先が向かった。彼女から強く睨まれたミドリの隣の少年は笑いながら頭を掻く。彼の名は相沢亨(あいざわとおる)と言い、帝都ドーム内縁西部出身である。お喋りが大好きな性格で、班編成の顔合わせ以降、班での訓練の際には塩対応を続けるミドリに延々と話しかけていいるのである。

「あー、ごめんごめん鴨入さん!ごめーん!!」

「………っ!」

「いやごめんって…!」

 謝り続けるトオルを無視し、メイは奥のミドリに目を向ける。目の合ったミドリは小さい音で舌打ちをし、メイから視線を逸らした。

「…チッ………!」

「…はぁ………。」

 メイが大きくため息を吐いたのには理由がある。実は班の編成以降、ミドリのメイに対する態度がこの様に冷ややかなものである為だ。メイはこのメンバーで中間試験が上手くいくのかと不安に思い額を押さえた。



 数時間後、マキ達を乗せた車は帝都ドームの外にある屋外演習場の北側へと到着した。現場には学園の教員の他に警備の対魔隊員や通常の帝国軍兵士も来ており、時間としては何やら物々しい様子である。

 車を出たマキ達が試験の準備をしていると、ケンユウが手を振ってやって来た。

「君達!車酔いはしなかったか?」

「あ、先輩!俺達は大丈夫だったぜ!」

「おー!そうか、それは良かった!俺の所の班長は車酔いが激しくてね、いつも介抱で大変なんだ。」

「班長って、もしかして先輩の班の生徒会長さん?」

「ああ。車酔いさえ無ければ完璧な男なんだけどな…!」

 そんな話をしていると整列の合図がかかる。全員が並んだタイミングで、試験監督官の男が説明を始めた。

「諸君、これから第一学年前期中間試験の概要を説明する!ここは昨年新設された屋外演習場で、地形は平野と急勾配を交えた森林地帯だ。そこに第一学年全50班と、補助生である上級学年50人を一斉に出動させる。

 入り口は全部で4つあり班毎に出動口が異なるが、諸君らは今いる北口からのスタートとなる。試験の流れは、演習場内にあるチェックポイント6箇所の全てに到達した後、出発口への帰還となる。

 得点は出動から帰還までのタイムで決まるが、場内には対魔隊員らが捕獲した下級から中級下位までの魔物が放たれており、それらを倒し、それぞれの素材を持ち帰る事で追加の得点が手に入る。リタイアの場合は、隊員一人一人に支給したサバイバルバッグの中にある発煙筒を打つように。説明は以上!諸君らの健闘を祈る!まずは日組第一班からの出動だ!」

 試験監督官の合図と共に、マキ達は演習場の入り口前に向かう。入り口の扉が開かれると、後は好きなタイミングで出発出来る様だ。

 マキは首から下げたペンダントを服の上から握りしめた。

(よし!ここできっちり結果を残して、少しでもでもミユやエレナに近づいてやる!)

 班列の先頭に立つ班長のミユは後へ振り返る。

「準備はいいかしら?」

「おう!いつでもいいぞ!」

「お、お願いします……!」

「俺も構わない!」

 全員の返答を確認したミユは前方に向き直り基礎魔法を発動させると、マキ達もそれに続いた。

「行くわよ!」

 ミユの一歩と共に4人は演習場内へと足を踏み入れる。

 中間試験の開始である。




「はぁ……!はぁ……!」

「班長、ストップだ!」

 マキの速度が落ちてる事に気づいたケンユウは進行を止める。彼はマキを木に寄りかかる様に座らせると水筒を手渡した。

「ほら、大丈夫か?」

「はぁ…はぁ……!ごめん先輩………!」

「構わない。これも補助監督である俺の役目だ!」

 笑顔を見せて励ますケンユウに対し、双剣を抜き周囲を警戒するミユはじれったそうな表情を浮かべていた。

「これで4回目の休憩……。分かってはいたけど、やっぱり正攻法じゃ無理そうね。」

「じゃあ、“プランB”で行く…?」

 カイリの問いかけにミユは頷く。

「カイリ、()()()()の充電はどう?」

「…うん、今日1日は持つと思う。」

「そう。」

 ミユは休憩するマキの元に寄ると、休憩を10分から30分に延ばす様に伝えた。

「お…!じゃあ()()をやるのか?」

「ええ。それまでに万全にしておきなさい。」

「おう!」



 数時間後、マキ達第1班は一箇所目のチェックポイントに到着した。

「君達が北口スタート組で最後の到着だ。諦めずに引き続き頑張る様に!」

「…どうも……。」

 ミユが守衛の兵士から通過確認証を受け取る。するとすぐに4人は後ろに振り返り森へと歩いて行った。

「ちょ、ちょっと君達!もう遅いから拠点で休んで行きなさい!」

「いえ、もう少し外に出ます。まだ完全に日は落ちていないので。ほら皆、行くわよ……!」

「ゼェ…ゼェ……、おっす………!」

「はぁい……!」

「君達、ほどほどにだぞ〜?」

「お、おいお前ら待て!!」

 4人は守衛の声を聞かず森へと戻っていった。

「くそ!人が善意で言ってやってんのに……!」

 兵士の男が不貞腐れていると、同僚が中から駆け寄って来る。

「おーい、交代だぞ!」

「助かる!多分暫くしないうちに1班戻って来るだろうから頼むぞ?」

 2人は敬礼を交わした後、交代で来た男が告げる。

「了解!というよりさっきから変じゃないか?」

「何がだ?」

「昼間はあんなに魔物が出たのに、今じゃ気配の1つすら無いんだよ。」

「確かにな………って、もしかしてあいつら………!」



 守衛の兵士の予想は見事的中していた。

 実は拠点付近の魔物を狩っていたのはマキ達第1班である。普通、魔物との戦闘経験の皆無な新入生達は、魔物との戦闘を避けながら一気に拠点を回って帰還し、通常の高得点を目指す傾向が強い。

 しかし、第1班はマキがいる事でその作戦が不可能であった。その為、彼らは早期帰還による高得点を諦め、道中の魔物を倒し、追加の得点を稼ぐ事にしたのである。

 ただそれは、索敵能力の低い新入生にとっては非常に至難の業といえる。何故なら、魔物の索敵技術は第2学年から始まる実戦任務の中で、先輩の隊員らから学んで徐々に身に付けるものである為、1年生が魔物を探し積極的に討伐するのは不可能に近いのである。しかし、第1班はそれが可能であった。


「よし、ここら一帯は片付けた筈。カイリ、次の魔物の位置は?」

 ミユからの呼びかけを聞いたカイリは、懐からデバイスを取り出し、画面を睨む。すると、彼の背負う機械アンテナが動き出す。

「南に小型が9体いるよ……!」

「了解。皆移動よ!」


 その晩。守衛の兵士達は、血塗れで帰還した第一班の倒した魔物の数に言葉を失ったのであった。



 同時刻。

 メイ率いる第2班は、早くも2箇所目のチェックポイントに到着していた。班長のメイは、チェックポイントの拠点前で守衛の兵士に報告する。

「北口スタートの第2班ですわ!」

「了解!北口スタートという事は、これで2拠点目?優秀だねー!」

「それ程でもないですわ!」

「(そう言う割には嬉しそうだな……。)…はい、確認取れたよ。入ってよし!」

 兵士は班の全員に通過確認証を渡すと、拠点内の寝床小屋へと案内する。メイ達は小屋で物資を補給した後、明日の作戦についての話し合いを行う事にした。

「皆さんお疲れ様でした!とってもいいペースですよ!」

 会議の初め、補助監督生である背の高い男は今日のメイ達の動きを賞賛した。彼は3年日組の【村上奏多(むらかみかなた)】といい、ケンユウの所属する第2班の班長と、学園の生徒会長を務めている男である。

「ありがとうございます!」

「いえーい!♪」

「カナタ先輩、車酔いはもう大丈夫ですか、なの?」

「うん!もうバッチリさ!皆ごめんね、出発が遅れちゃって……!」

「とんでもございませんわ。先輩が万全であったからこそ、私達は1日でここまで来れたのですから!」

「いやいやそんな!僕は全然……」

「謙遜しないで欲しいの。移動や休憩の時に、私達の死角や連携しやすい位置にいつも居てくれた事は知ってるの。」

「やっぱそうだよね〜!まじで助かったっす先輩!」

 後輩達からの称賛の声に、カナタは顔を赤くしていく。

「いやぁそんなに言われると照れちゃうな〜!明日も頑張っちゃおうかな〜!」

 そんな先輩の横で、ミドリは少々怪訝な表情を浮かべていた。

「ん、ミドリさんは何か心配事?」

「…先程小屋に来るまでに兵士さんから聞いたのですが、学年の中で私達が1番移動が早いみたいなの。」

「それがどうかしたん?」

「私達は途中魔物の遭遇が重なる事を警戒して初日の休憩時間を多くとったの。だからその分、他の班と比べて移動が遅い方の筈なの。」

「確かに…!皆が皆慎重に行動しているわけじゃないと思うのに、少し妙だね……。」

 ミドリの言葉にカナタも「うーん……?」と頭を捻らせ始める。

「まあ大丈夫っしょ!?だって発煙筒は1つも上ってなかったしさ……!」

「下級の魔物がメインの試験場内で試験官や監督生達が遅れをとる事は早々ないと思うからね。単に試験が難しいだけであって欲しいな……!」

「……そ、そうですわミドリさん!それよりも皆さん、明日の作戦を決めて、今日は早く休みましょう?」

「分かったの……。」

 ミドリは3人の声に押されて渋々頷く。しかし後ほど、彼女の予感は最悪の方向で的中してしまうのであった。

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