第3話 家族
ハナの観察が終わり3人は椅子に座ると、マキの退院の帰りに買って来たロールケーキを食べる事となった。アラタが切り分けている中、疲れからマキは天を仰ぐ。その様子を見ながら、ハナは不服そうにコーヒーを一口飲んだ。
「今日はこれくらいで勘弁してやる……。次回は全部調べさせてもらうぞ?」
「全部って……?」
「そうだな……例えばせいしょk……」
「いや、やっぱいい!言わなくていい!!」
「何故だ!?実際見なければ分からんだろう!まだこっちは、お前が男か女かも分からんのだぞ!?」
「だから男って言ってるだろうがぁ!!」
「はいはいお二人さん、ケーキ食べますよー。」
マキは「はぁ……。」とため息を吐き、アラタから渡された皿を受け取りケーキを口に運ぶ。
「……あれ!?ケーキってこんなに美味いもんだったか!?」
「そうか、マキ君ケーキを食べるのは久しぶりか?」
「帝都のは4歳の頃に食べたっきりだな〜。まあ、農場に居た時に1回孤児の皆で作ったけど、…あれは到底人が食べれる物じゃなかったな!」
マキは貴重な小麦粉を使った挙句盛大に焦がした生地を子供達皆で嫌々食べた事を思い出し、1人吹き出した。
「マキは外縁部の孤児だと聞いたが、帝都に住んでいた事があるのか?」
「そう言えばハナには言ってなかったね。マキ君は孤児になる前は内縁部に住んでいたそうだよ。」
「ほう…外縁部に出たのは何かやむを得ない理由でも?」
「えーっと〜…5歳の頃に父ちゃんが死んで、そこから母ちゃんと外に住む事になったんだ。」
マキの返答にハナは「はて……。」首を傾げた。
「いや待て。何かおかしくないか?」
「ん、何がだ?」
「父は対魔隊員だったのだろう?幾らなんでも、『戦死した兵士の家族をドーム外送りにします』なんて話は聞いたこともない。何か別の理由があるんじゃないのか?」
「それはー……。」
「ハナ、そのくらいにしなさい。」
マキは自身の記憶を辿る。物心ついて以降の両親との思い出。初めての果実の祝福検査の日。父との最期の会話と、父の戦死の報せ。その後の記憶は母との………
「ぅぐ……っ!?」
「マキ君!?大丈夫かい!?」
母親との記憶を思い出そうしたマキは突然酷い頭痛に襲われる。アラタはマキの背中を摩りながら寝室へと送った。
寝室から戻ったアラタは再び居間の椅子に腰掛ける。
それから数分間の沈黙後、アラタが口を開く。
「ハナ……。あまり人の事をとやかく詮索するものじゃないよ…?」
「分かってる。いつもの悪い癖が出た…。ちょっと謝って来る。」
ハナは自身の性格にため息を吐いて立ち上がると、マキのいる寝室のドアをノックした。
「マキ、入っていいか…?」
「…どぞ……。」
ハナが部屋に入ると、マキは電気も点けずにベッドに座り俯いていた。ハナは少し距離を取りベッドに座る。
「その…さっきはすまなかった……。」
「…え、なんでハナが謝るんだ?」
「…私は昔から、少しでも疑問に思った事は放っておけない質で、気付いたら人の気持ちなんて考えずに色々やり過ぎちゃう事があってだな?…だから別に故意で言った訳じゃ……!」
「だから、別にハナは悪くねぇって……!」
ハナはマキと同様に俯く。
「……私も、4歳の頃に母を病気で亡くした。」
「…そっか……。」
「まだ物心つき始めの頃で母との記憶なんて殆ど残ってないけど、ただひたすらに悲しかったって事だけは今でも憶えてる……。」
ハナは手でベッドのシーツを力強く握りしめながら涙を流す。
「…だから、家族との別れがどんなに辛いものなのか分かってた筈なのに…本当に…ごめんなさい……っ!!」
ハナの必死の訴えに、マキは震える手を押さえる。彼にとって、家族と過ごした日々は非常に幸せなものだった。それが突然失われていく感覚は忘れたくても忘れられないもので、事ある毎に胸を抉るものでもあった。ハナは自身の過去のトラウマを勇気を出して打ち明けた。マキはそんなハナの強さに心から尊敬の念を抱いたのだった。
(自分も打ち明けよう……!)
マキは震える体を必死に抑え口を開く。
「…ハナ、俺は……」
「……よし、泣き虫謝罪タイム終了だ!」
マキは突然両頬を叩きベッドから立ち上がると、マキの目の前で見下ろす。
「お前、今何歳だ?」
「え、13だけど…?」
「ふん!やはり私の方が年上だな。……マキ、言いたくなかったら今は言わなくていい。無理に言うと余計心が曇るからな。」
「………。」
「まあ本当に打ち明ける決心がついた時は、遠慮無く私かアラタに言え。」
「どうして俺にそこまで……?」
「…どうしてって、私達〈家族〉になるんだろ?」
「家族……!」
ハナの「家族」という言葉にマキは俯いた顔を上げる。するとそこには、暗闇の中でも視認できる程に顔を赤くさせるハナの姿があった。彼女は慌てて顔を背けた。
「…とにかく私は謝ったからな!?これでこの話は終わりだ!あ、あと…うちの研究馬鹿親父を助けてくれてありがとう!……以上!!」
そう言い残すと、マキは部屋の電気を点けて部屋を後にした。すると、ドア横には静かに微笑むアラタの姿があった。
「偉いぞ、ハナ!」
「〜………っ!!」
「痛……っ!?」
ハナは通り様にアラタの爪先を踏みつけると自分の部屋に戻る。
「全く、あの素直になれない性格は誰に似たんだか……。」
アラタはハナそっくりの女性を頭に思い浮かべた。
夕刻。再びノックの音が聞こえたマキは、今度は自分からドアを開ける。
「夕食の時間だぞ〜。」
「おう。」
ハナに連れられマキは居間のドアを開ける。すると、食卓には豪勢な料理が数多く並んでいた。
「な、なんだこのご馳走!?」
「ほら、座った座った!」
席に座らせられたマキが料理に釘付けになっていると、アラタとハナは「せーの…!」と息を合わせると、手に持ったクラッカーの紐を引いた。
「マキ君、退院おめでとう!」
「ようこそ久遠寺家へ!歓迎するぞ!」
豪快な音と共に2人によってお祝いの言葉が伝えられると、マキの目から自然と涙が溢れる。
「どうしたのマキ君?」
「いや、なんでもない…。2人とも、ありがとうな…!!」
マキは涙を拭うと、元気良く2人に笑いかけた。