第1話 マキという少年
昔、ある人が言った。
「天才とは、努力する凡才のことである」と。
俺は「天才」になるために誰よりも必死に努力した。
だけど……
俺は「天才」と「凡才」のどちらでもなかった……。
西暦1894年。世界中で突如、謎の大樹と異形の生物が大量発生し、人類は破滅の一途を辿っていた。
しかし、人類は終わらなかった。異形の生物と共に現れた大樹は、次第に不思議な果実を実らせる。そして、それを取り入れた人間は、この世の物とは思えない程の超人的な力を手に入れる事が出来た。
その事が判明すると、その果実と異形の生物を研究する組織が各地で生まれ、彼らの技術は世界中へと伝播。大樹を基盤とした都市復興が行われ、人類はかろうじて衰退を止めた。
大樹と化け物の出現から150年経った西暦2044年3月中旬。『新大日本帝国』の帝都、東京支部の西外縁部に位置する農場での事。
「こりゃあ、夕刻に一雨来そうだな。」
「そうっすねー。まあでも、この雲なら天蓋だけで持ちそうっすねー。」
「だな。おーいガキ共ぉ!昼下がりまでに畑全部に【天蓋人工膜】をセットしとけ!!それまで飯抜きだぞ!!」
「「「ぅーっす…!」」」
子供達の返事を聞くと、中年の男2人は小屋へと歩き出す。マキを含む子供達は、天蓋設置の担当を決める為に集まると、その場でしゃがみ込む。
「ちぇ、俺らだけでかよ…!」
「しょうがないよ。僕らは働けるだけマシだって。ほら、隣の地区のケイタ達なんかさ……」
「工場でヘマして、全員追い出されちゃったんだっけ…。」
「「「………。」」」
会話をしていた3人を含む多くの者が沈み込む。
彼らはいわゆる孤児である。
人類は復興の研究の中で、異形の生物である通称【魔物】を寄せ付けず、攻撃を防ぐ事を可能とした【対魔フィールド】の開発に成功する。しかし、未だそのフィールドはコストが高く、大樹付近の重要な都市以外での運用は不可能であった。その為、フィールドの存在する都市以外の地域は、未だ魔物の脅威に晒され続けている。それにより、未だ世界中では魔物の被害は深刻であり、彼らの様に両親を失くす、もしくは生き別れになった子供達が日常的に生まれている。
「ちょい、お前らいつまで俯いてんだ?」
「【マキ】!」
マキと呼ばれた少年は、1人で大量の天蓋を積んだ荷車を引いて来ると、しゃがみ込む子供達を無理矢理起き上がらせる。
「ほらほら、立った立った!さっさと終わらせて飯食うぞ〜!」
「はいはい、立ちますよ〜。」
「なんかマキ、ちょっと嬉しそうじゃない?」
マキは「バレたか〜?」と頭を掻く。
「へへへ〜!まあ、飯の時にでも話してやろう!」
「なんか偉そうな奴〜!」
元気を取り戻した子供達は、わずかに高鳴る胸と激しく鳴るお腹を奮い立たせ、手際よく天蓋の設置を始めた。
雨音が響く小屋の中、子供達はそれぞれのパンと干し肉を手に、マキに体を向けた。
「ほらほらマキ。話ってなんだ?」
「ふふん!…実は大人達が話してるの聞いたんだけどさ、聞いて驚けよ〜?なんと…」
「「「なんと…?」」」
「明日、帝都からこの地区に【帝国対魔隊】が来るんだって〜!!」
「「「おぉー!……ん?」」」
「ピンと来てない感じか?対魔隊っつったら大樹の果実を管理してる所でさ、毎年いくつかの外縁地区で13歳から15歳の子供を対象に徴兵してるんだよ!」
目を輝かせるマキを見て、マキと同じく13歳以上の孤児年長組は椅子から立ち上がる。
「つまり、もし果実に適合出来たら、俺達兵隊になれるって事!?」
「兵隊になったら寮暮らしになるし、給料も上がるんだろ!?」
「こんな生活から私達抜け出せるの!?……でも、戦うのはちょっと怖いかも……。」
「でも、軍には研究部や事務部だったり後方の仕事もあるって聞くぞ!?」
13〜15歳の少年少女は、今の孤児生活から抜け出せる絶好の機会が訪れた事に歓喜の声をあげる。その中、マキは首から下げていたペンダントを取り出し、強く握りしめる。
(ようやくだ!……父ちゃん、母ちゃん、【エレナ】…!俺、兵士になるよ!)
マキは小屋の外に出ると、雨の中1人でいつもの訓練を始める。思いつく筋力トレーニングを100回ずつこなした後、外周約2kmの農場を5周。これを早朝と夜のいずれか、また調子の良い日には朝夜1セットずつ行う。3年前から少しずつ始めたこの訓練は、今では日々の生活の一部となっている。
「俺は絶対、対魔隊に入る……!!」
そう心を奮い立たせたマキは、いつもより気合いを入れて日課に取り組んだ。
翌日、マキの噂通りに帝都の兵隊達が村にやって来る。黒い軍服の兵士の中に、時折白衣を身につけた研究員らしき者が見える。徴兵の際、軍に所属する研究員と軍医によって、大樹の果実を取り込んだ者の検査および検診を行う事から、彼らが徴兵の為に訪れた事は明らかだった。
マキ達孤児の年長組は、少し離れた所から徴兵所設営の様子を観察していた。
「見てたか?農村の大人達、追い払われてやんの。」
「私達が徴兵されて人手が減るからって、情けないの。」
「ちょっとは自分達で働く気になるんじゃねーの?あの怠け者達もさ。」
交渉に訪れた大人達が見事に撤退していくのを見て、子供達はほくそ笑む。
1人の少年が軍の車両の方を指差す。
「ねえマキ、あれって何?車?人?」
「あー。あれは【コンバットモービル】って言って、大きな魔物と戦う為の戦闘車両だよ。…でもあんな人型のは初めてだ。新型かなー?」
「へー、マキはなんでそんなに詳しいの?」
「俺の父ちゃん、兵士だったからさ。たまに帰って来た時に教えてもらってたんだ。」
「そっかー!…徴兵、いつ始まるかな〜。」
子供達は、それぞれの徴兵後の話をしながら期待に胸を膨らませる。しかし、マキは対魔隊の様子に疑問を抱いていた。
(軍車はともかく、コンバットモービルが10機以上も出撃してるのは少し多過ぎやしないか…?…なんだろう?まるで、いつか戦闘が起きる事を想定している様な…。)
そんな事を考えていると、徴兵所に設置された大型の拡声器が、徴兵受付開始のアナウンスを告げた。
受付を済ませた孤児や村の子供達は設営所の前で整列させられると、軍服の胸に勲章を付けた、おそらくこの中で1番偉いであろう男が話し始める。
「諸君ら若人の勇気ある志願、誠に感謝する!諸君らには今から1人ずつ、中で果実から生成した検査薬を投与し適性検査を行なってもらう。それぞれの発現した能力と元々の性格によって配属される部署が異なるため、検査の終わった者は徴兵所の側にあるそれぞれの帝都行きの車両へと案内する。それでは志願番号1番!中へ!」
次々と番号が呼ばれていく中、マキはまだかと自分の番号を待つ。
(出来れば選抜隊か調査部隊!最悪警備隊でもいいから戦える所に…!)
「志願番号29番!中へ!」
「はい!」
マキは自分の番号を呼ばれ徴兵所に入る。中には白衣の者が数人とその周りに兵士数名がおり、マキは彼らと向かい合う様に腰をかけた。すると、1人の白衣の男が話し始める。
「森羅真希君だね。どうして対魔隊への入軍を希望したのかな?」
「それはーまぁ、親と「ある人」との約束というか…。将来は対魔隊になって、父ちゃんやその人の様に困っている人々に手を差し伸べる、そんな兵士になりたいと思ってて…その……。」
「ほう、君の父も兵士だったんだねぇ。ところで今は……」
「父ちゃんは俺が5歳の頃に……」
「そうか……。ところで、記録によるとこの村で徴兵を行うのは初めての筈だが、君はここの出身かい?」
「いや、出身は帝都の【カツシカ】って所だったはず…。」
マキの言葉に男は目を見開く。
「君、帝都内の出身か!?」
「まあ、一応。」
「なるほど。……待って、という事は……」
白衣の男は首を捻った後、難しい顔で周りの者達と相談を始める。それから10分程経った後、再び男はマキの方に体を向け、険しい顔をして話し始める。
「マキ君……。」
「ん?」
「君、もう既に検査済みだよね?」
「…はい……。」
「そして、今も徴兵されずにここにいるって事は、君が例の発現無しの【呪いの子】か……?」
「………っ!」
呪いの子。その言葉を聞いたマキは思わず椅子から立ち上がり、白衣の男を睨みつける。しかし、周りの兵士が警戒の姿勢を見せたと同時に、マキは深呼吸をして椅子にかけ直す。
「…だったら何だよ……?」
「……いや、気を悪くさせたなら申し訳ない。何せ果実によって能力が発現しない者は滅多に、いや、もしくは君以外にいなくてね。」
「………。」
「それでなんだけど……。」
男は気不味そうに一息置き、ゆっくりと口を開く。
「…すまないが、君に果実は使わせられない。」
「……!」
「君は過去に果実を使っている。2回も果実を投与するのは前代未聞で、身体へ悪影響を及ぼす可能性がある。また、その様な危険を冒すのであればいっそ……」
「他の、より多くの志願者に果実を使った方がいいって事か?」
「…話が早くて助かるよ。」
「……分かった。じゃあ!せめて今の能力を検査してくれ!果実の力は訓練する事で成長するんだろ!?」
男はマキの言葉に頷くと、彼を検査台に寝かせて波長測定や採血といったあらゆる検査を行う。やがて全ての検査が終わると、白衣の男達は小さな声で話し合いを行い、マキは再び椅子に戻された。
「……どうだった!?俺、ここ数年で体力もついて来たし、病気にだって罹ってない。これって果実のお陰だろ……?」
マキの必死の訴えを聞いた男は険しい顔をし、首を横に振った。
「…え……?」
「残念ながら……君の能力発現は確認出来なかった……。」
「嘘だ……。」
「その為、君を対魔隊に入れる事は出来ない。」
「いや、なら後方職でも……!」
「申し訳ないが、対魔隊は兵器だけでなく、その他全般の機材も特殊でね……。能力が少しでも無ければ動かす事も出来ないんだよ。」
「…そんな……!」
「厳しい話かもしれないが……以上で徴兵検査は終わりだ。後ろからお帰り願おう。」
男の言葉にマキは体を震わせる。そして勢いよく立ち上がると、白衣の男に詰め寄る。
「……なんでだよ!果実は人類の希望で、「祝福」なんだろ!?能力が発現しないなんてあるわけないだろ……!!」
「すまない……!」
「後が閊えている!離れろ!」
マキは2人の兵士に取り押さえられると徴兵所の外に出され、路地裏に運ばれ放り投げられると、されるがままに蹴り飛ばされる。
「ぐ……っ!」
「ガキが……!手間かけさせんじゃねぇ!」
「この役立たずが……!」
兵士はマキ散々踏みつけにした後、痰を吐き捨てると徴兵所へ戻って行った。
「くっそ……!なんで…なんで俺だけ駄目なんだよ……!」
マキは蹲ったまま歯を食い縛り、悔しさで涙した。
それから暫くして、マキは農場の孤児小屋へと戻ると、12歳以下の子供達が出迎えた。
「あれ、マキ兄じゃん?」
「どーしたの?今日はちょーへいだったんでしょ?」
マキの帰宅に驚いた年少組の子供達が詰め寄ると、マキは俯く顔をぱっと上げる。
「いやー、駄目だった〜!俺、13歳にしては大人より力も体力もあるもんだから、兵隊の奴らビビっちまったみたいでさ〜!」
「なんだ、そういう事か〜!」
「流石っ!マキ兄強いもんね!」
「ははは!まあ、また『次』で受かればいいだけだしな!」
マキは無理に笑ってそう言うが、「次」が無い事は分かっていた。対魔隊が外縁部に徴兵に訪れるのは非常に稀で、数ある地区の中から抽選で選ばれるのである。その為、次にこの地区が選ばれるのは後何年後になるか分からず、その頃にはマキは15歳を越えてしまう。対魔隊に入るのは非常に絶望的であるといえる。
マキは昼ご飯を済ませ、年少組と共に畑でジャガイモの収穫をしていた。
「よし、今季は豊作みたいだな!」
「すっごーい!……もしかして、私達も食べれるかな?」
「そうだなー。こんだけ量があれば、形の悪いのは食えるかもな!」
「「「やったー!!」」」
「よし、一旦休憩にすんぞ!」
「「「はーい!」」」
マキ達は農具と収穫籠を背負い、小屋へと歩き出す。
その時だった。
突然地響きと轟音が農場に響き渡る。
「何!?」
「きっと魔物が出たんだ!」
「おいみんな!急いで小屋に戻るぞ!!」
動揺する年少組をまとめ、マキ達は小屋へと逃げ込んで鍵をかけた。
「みんな、あまり大きな音を出さない様に……!」
年少組は身を寄せ合いながら無言で頷く。
(この戦闘音、徴兵所の方か?)
マキは板を貼り付けた窓の隙間から街の様子を伺う。すると、さらに一際大きな爆音が轟くと共に、大きな黒煙が空に昇った。
(あの煙、車両が壊された!?…みんな……っ!」)
車両には徴兵された年長組が乗っている。外部から一人で来たマキを快く受け入れてくれた気の良い者達ばかりである。マキは彼らが気になり、ドアの鍵に手をかける。
「マキ兄…?」
「……!」
年少組の一人の少年の声で、マキは鍵を開ける手を止めた。そう。小屋には自分より幼い子供達がいる。ここでマキが出て行った後にもし魔物が攻めて来たら、彼らだけでは応戦する事も逃げる事も不可能である。
(それに…行った所で俺に何が出来るんだよ……っ?)
〈前は駄目でも今だったら……〉と、そんな藁にもすがる思いで徴兵に志願した。しかし、そんな淡い希望は見事に打ち砕かれた。自身を踏みつけにした兵士の「役立たず」という言葉が何度も胸に突き刺さる。マキは悔しさと無力感から再び涙を流し、ドアの前で立ち尽くす他無かった。
「俺は…俺は……」
その時、先程話しかけた少年が口を開く。
「行って来なよ、マキ兄!」
「…え……?」
突然の言葉にマキは振り返る。
「一年前にさ……?マキ兄、俺が川で溺れそうな時助けてくれた事あったじゃん?俺、あの時年長組の中でマキ兄が来てくれたのすっごい嬉しかった!……「諦めるな!」、「生きろ!」なんて言ってくれたの、俺初めてでさ。……だから、今度は俺以外の人も助けに行ってあげてよ?」
「【カイト】……!」
「そうだよ!兄ちゃん強いんだから!!」
「マキ兄、今までありがとう!私達の事は気にしないで?」
「そうそう。生きる事だけはみんな自信あるからな!」
「お前ら……!」
カイトや他の子供達も思い思いの言葉をマキに伝える。それを聞いたマキは額の涙を拭い、年少組に笑顔を向ける。
「みんな、ありがとな…!俺行って来る!」
マキの言葉に、子供達は笑顔で力強く頷く。それを見たマキは再びドアの方に向いて鍵を開けると、全速力で徴兵所まで駆け出した。
一方、徴兵所付近では、対魔隊と魔物により激しい戦闘が繰り広げられていた。中には、通常個体数の少ないとされる大型の魔物を出現しており、コンバットモービルも総動員で対処に当たっている。
「全員で車両を守れ!徴兵所から撤収するまで時間を稼ぐんだ!」
「「「了解っ!!!」」」
先程徴兵の説明をしていた勲章付きの男は、魔物との戦闘を指揮する。男は先程マキと会話していた白衣の男を呼び止める。
「撤収はまだか!?」
「それが、機材の搬入に予想以上の時間がかかっている様で……」
「く…っ!このままでは射撃や爆撃が使えない…!」
そうしていると、戦闘の車両が魔物の攻撃で大破し、大きな爆発音と煙が上がる。
「何をやってる!?」
「第1補給車両が壊された様です!」
「見れば分かる!私は、何故補給車両を優先して守らなかったと聞いているんだ!?」
「何故って、優先すべきは人命では……!?」
「戯け!!補給無しでどう切り抜けるつもりだ?まだ訓練もしていない孤児共などよりコストの高い兵器や機材を守らぬか!!」
「そんな!?ですが、彼らは未来の……!」
「孤児の替えなどいくらでもおる!残りの補給車両は絶対に死守しろ!命令だ!!命令次第でお前の研究職を辞めさせる事だって出来るんだぞ!?」
「く……っ!」
指揮官の男に詰められた白衣の男は、目の前の下衆な男に怒りを覚えながらも、自身の職が切られる事を恐れ、ただ俯く他無かった。
しかし、時間が経つにつれ、状況は刻々と悪化するばかりだった。銃器を碌に使えず、歩兵やコンバットモービルが消耗を続ける中、敵は絶える事なく逆に増え続けていく。
そして、遂に一機のコンバットモービルが敵に囲まれ破壊された途端、人数不利で次々と残りも破壊されていき、戦況は絶望へと向かって行った。
「くそ!どうしてこうなった!!こんな所で死ぬわけには……!」
「隊長!撤収作業完了致しました!!」
「よし!全軍帝都へ帰還だ!!」
指揮官は合図とともに自身のコンバットモービルに乗り込むと同時に、歩兵達も続いて空いている車両へ乗り込む。
そして、多くの車両が魔物を掻い潜って出発する中、1台の車両は発射する事が出来ずにいた。第2補給車両である。そこに乗る例の白衣の男は指揮官に通信を飛ばし、交信を始める。
[第2補給車両!何をしている!?]
[燃料タンクが破損しており、走行が出来ません!]
[何だと!?…しかしだな……!]
指揮官は思考を巡らせる。ここで第2補給車両を守る為に歩兵達を車両から再び降ろすのは、周りに大型の魔物が多い為困難である。だからといって、コンバットモービルを引き返さすのも悪手と判断する。一台の補給車両の積む兵器の価値とコンバットモービル一台の価値を比較しても後者の方がコストが高く、低コストの資源を守る為に高コストが破壊されれば意味がない為である。指揮官はため息を吐いた。
[…第2補給車両以外はそのまま帰還だ……。]
[隊長、何を……?]
[先程応援を要請した。第2補給車両は応援が来るまで待機だ……。]
[何を言ってるんですか!?第2補給車両には私と数名の歩兵しかいないんですよ!?そんな状態でどうしろと言うんですか!?それにこの車両には地下研究所の重要な……]
[…黙れ!!たかがこんな寂れた外縁部の徴兵でこれ以上の損害を出してみろ!我が隊の面子は丸潰れだぞっ!?」
[何をふざけた事を言ってるんですか!?自分の体裁のためなんかに……!…応答を……くそ…っ!]
指揮官との交信が強制的に切られると、同時に他の車両もその場から離れて行った。
白衣の男は車両内の研究資材をまとめ始めると同時に、共に乗る歩兵達に車両を守るよう指示を出した。しかし、動きの早い小型と中型の大量の魔物によって即座に車両を包囲されると、周辺の歩兵達は腰を抜かすか逃げ惑うかの二択で、瞬く間に全滅する事となった。
白衣の男は、車両の後方の積荷側から魔物が侵入して来ると同時に前方から車外に飛び出し、魔物の包囲が少ない方向へ疾走した。複数の敵を掻い潜り、このまま抜け出せると思った矢先、一体の魔物の攻撃が男の右足に当たる。バランス感覚を失った男は、研究資材の入った小型のケースを守る様に身を丸めながら転倒した。
(アキレス健が……これじゃあ走るどころか移動だって……)
転倒した男に魔物達が続々と集まる。男は「これまでか」、と覚悟を決めて目を閉じる。その時だった。魔物群れの外側から叫び声が聞こえて来る。
「おーい!大丈夫か!?」
男は目を開き、声のする方を見る。すると、奥から軍刀を持ちながら魔物を躱し、こちらへと駆けてくる者がいた。そして気づいた時には男の側までたどり着く。
「おっちゃん、立てるか!?」
「君は先程の……!?…マキ君、どうして戻って来たんだ!危険だから早く逃げなさい…!!」
マキは男を起き上がらせ、肩を貸しながら歩き出す。
「それは、無理なこった!」
「…何故!?」
「…俺、人の笑ってる顔が好きみたいでさ。対魔隊になって皆を笑顔にするって夢、やっぱり諦めきれないんだわ。」
「でも、君には能力が……」
「確かに、俺は皆と違って役立たずで、呪われてんのかもしれないけど……」
マキは年少組の子供達の顔を思い出し、ニカっと口角を上げる。
「それでも……こんな俺を必要としてくれる人は案外いるもんだって気づいたんだ。俺はそれで十分だ。だからおっちゃんも、必要としてくれる人の為に死ぬんじゃねぇぞ?」
「……君はなんて……。」
マキの言葉に男は涙を流し、今まで出会って来た兵士達の事を思い出す。彼は軍所属の研究員だが、どうも生粋の軍人というものを好きになれなかった。どれも外面は良い顔をしているが、自身の地位や利権の為に動く者ばかりだった為である。その事から、今日出会ったこのマキという少年に強く心を動かされたのだった。
(ああ、彼の様な者が本当の「兵士」なんだ……。)
そう考えていた時、急に周りが暗くなった事に男は気付く。そして、男は何かを察した様にマキの肩から手を離すと、手に持っていたケースをマキに託した。
「おっちゃん?」
「マキ君、避けろ!!」
男がマキの体を強く押して引き離す。すると、2人の間に巨大な拳が振り下ろされた。大型魔物によるその攻撃は強力な衝撃を生み出し、2人を弾き飛ばした。
「くっ!!」
マキは持ち前の身体能力で素早く受け身を取り、建物の破片が頭に掠った程度の傷で済んだ。対して、白衣の男は足を負傷していた事により上手く受け身を取れず、建物の壁に身体を強く打ち、身動きの取れない状況となっていた。
「おっちゃん!!」
マキは駆け寄ろうとするが、男は手を前に出して制止させると、何か言葉を発していた。マキにはそれが聞こえなかったが、口の動きから「逃げろ」と言っている事は分かった。しかし、マキには逃亡という選択肢は無かった。
マキは男を助ける方法を色々と模索したが、多くの魔物がいる状況で再び男を担いで逃げるのは絶望的だった。なら、残る手段は魔物を倒すしかない。しかし、無能力のマキにはせめて小型の一体を足止めするのがやっとで、到底助ける事は出来そうにない。
「くそ、どうすれば……!!…あれ……?」
マキは先程男に託されたケースが破損し、中身が外に転がっている事に気づく。
転がっていた物は黒い色をした大樹の果実だった。マキはそれを拾い上げる。
「果実……?普通は白色じゃなかったか…?黒い果実なんて聞いた事も……。でも、なんだろうこの感じ……」
マキは黒い果実を凝視する。そしてじっと見ている内に「それを食べたい」という欲に駆られ始める。
「でも、2回目の果実は危険だってさっきおっちゃんが……。けど、そんな事言ってる場合じゃないだろうが!!」
白衣の男に魔物が集まっていくのを見て、マキは覚悟を決める。欲と決意に心を任せ、その果実を口に入れると、すぐさま飲み込んだ。
「ほら、やっぱりなんとも……ぅぐ!?」
その瞬間、マキは自身の体温が急速に上がるとともに、身体がどろどろに溶解していく様な感覚に陥った。そして、次第にそれは激しい痛みへと変わり、余りの激痛にマキの意識は暗転した。
マキは暗闇の中で、土に埋もれている様な強い閉塞感に襲われる。
(そうか…俺、駄目だったのか……。)
白衣の男の言う通り、2回目の果実の取り入れは非常に危険なものだった。それにあの黒い果実は、さらにどこか違った危険性を感じたのだ。
(…こんな、何にも出来ないまま終わるのか………?)
『呪いの子』だ、役立たずだ、孤児だ、などと蔑まれた自身の人生を振り返る。
(結局、俺は要らない人間だったんだな……。あぁ、悔しいなぁ……。)
自身の無力さ、無意味さを思い、マキは暗闇の中でも涙を流した。
「マキ。それは呪いなんかじゃないぞ?」
(………!?)
マキはふと、自身が幼い頃に父から言われた言葉を思い出した。
「人類全員が果実の祝福なんていう得体の知れない力に頼らないといけない程、今の世界は緊迫と苦痛に満ちている。そんな世界でお前はたった一人、その苦しみの輪から抜け出せたんだ。それがお前の……」
父の言葉とともに、かつての父と母との楽しい思い出が頭の中に流れる。
「マキ……。君はずっと苦しかっただろう?」
今度は別の記憶、かつて魔物に町が襲われた際に助けてくれた人の声が聞こえた。
「私にも分かる。全員が持っている物を自分だけが持っていないのは本当に辛い事で…逃げ出したっていいはずなんだ…。なのに君は、それでもその苦しみに立ち向かうんだね?それは君だけの特別な強さだ。そして…その強さこそが、果実が君にくれた………」
「「祝福なのかもな。」」
2人の声が、マキの心に重なって響いた。
(そうだった。彼らはこんなにも自分を認めてくれていたんだ。それに同じ孤児の仲間達も、俺を「不必要」だなんて一言も言わなかった。俺を必要としてくれる人は確かにいるんだ!!……あれ?でもさっき俺、この事に気づいた筈なのにどうして忘れて………。)
この暗闇の世界では記憶が混濁しているのだろうか。しかしマキにはそんな事を気にしている時間はなかった。
(そうだ!早くおっちゃんを助けに行かないと……!)
何故かは分からないが、今のマキはこの世界を出れる気がした。見えない土をマキは力強く掻き上げ、上へ上へと向かう。すると、徐々に上から光が見え始めた。
(俺は諦めない!自分の人生も!夢も!何もかも!!)
マキは最後の土塊をどかす。すると、自身の身体が暖かな光に包まれていく様な気がした。もうすぐ目覚める。そう思い目を開けようとした時、
[あーあ、つまらんのう……。]
聞き覚えのない声が聞こえた気がした。
「……は………!」
そうしてマキは目が覚める。すると、辺りの光景が変わっている事に気づいた。自身の周りには大量の魔族の死骸が転がっており、辺り一面が火の海になっていた。そして、自身が何かを掴み上げている事にも気づく。
「…マキ君……!正気に、戻ってくれ………!!」
「おわっ!」
マキはその正体が白衣の男である事に気づき、咄嗟に手を離した。男は「ゲホッ!ゲホッ!」と咳払いし、息を整えた。
「おっちゃん!これ、一体どうなって……?」
「それはこっちのセリフだよ…!君、あの黒い果実を食べたのか!?」
「ま、まあ少しだけ〜……。(全部食い切ったけど…。)」
「今はなんともないのかい……?」
「んー、特に変わった所はないかな。」
「…そうか……。」
「どうしたんだよおっちゃん?……っ!?」
マキは突然不思議な感覚に陥った。何かがこちらを見ている様な感覚である。そして、その感覚のする方に目を向けると、生き残りと思われる手負いの中型の猪の様な魔物がこちらへと向かって来ていた。
「やっべ!?」
「マキ君、先程の様に君の能力で倒すんだ!」
「さっきの能力って何の事だ!?」
「覚えてないのか!先程使っていた火属性の魔法だ!」
マキは男の言っている事が分からなかった。自分が魔法なんて使える訳がないからである。
「魔法だなんて、そんなまさか〜![火よ、右手に灯れ!]なんて言って使えたらどんなに楽か……ん………?」
マキは自身の右手に違和感を覚え、右手を前に掲げる。すると、不思議にも右手には猛々しい炎が灯っていた。
「え!?ほんとに出来るの〜!?」
「やはりか……。マキ君、目の前の魔物を任せていいかな?」
「え、ああ……!」
マキは何が起きているのか分からなかったが、目の前まで迫っていた魔物に対処するべく走り出す。何となくその足も以前より速い様な気がした。そして猪の魔物の側まで付くと、炎に包まれた右手で魔物を力強く殴る。
「くらえっ!!」
その拳は見事に魔物の顔に当たると、激しい音とともに右手の炎が爆発し猪の魔物を吹っ飛ばす。魔物は奥にあった家屋にぶつかると、そのまま建物の瓦礫の下敷きとなった。
「え、倒した……?俺が………?」
マキら自分でも信じられず、慌てて白衣の男の方を見ると、男は微笑みながら頷いていた。それを見たマキは、余りの嬉しさに両手を上に上げて叫んだ。
「ぃよっしゃあーーー!!……ってあれー………?」
マキはその直後、ひどい倦怠感に襲われその場に倒れ込むと、再び意識を失った。
この出来事を機に、マキの人生は大きく一変していく事となるのであった。
初めまして、すんしです!最近復帰致しまして、新たに連載を始めようと思ってます!
投稿頻度は不定期ですが、身体が持つ限り続けていきたいと思っているので、よければ応援の程よろしくお願いします!