僕の彼女
三題噺もどき―ひゃくきゅじゅう。
お題:桃色・無表情・誤解
外はからりとした、秋晴れ。
時折吹く風が、ようやく涼しくなってきて。ようやく秋の訪れが来たなぁと思い始めるころだろう。しかしこのままだと、冬になる前の秋というものがなくなりそうだなぁと。ここ最近思うようになったのは僕だけだろうか。
「……」
まぁ。そんな移ろいなんてものはどうでもいいのだけれど。
今はそれどころじゃないし。いや、季節の移ろいは大事だが、それを気にしている余裕がない。
「はいどーぞ」
「ありがと、」
今、僕がいる場所が場所なもので。
「あ、そうだ、」
「ん?」
1LDKの部屋に。1台のベット。大きな窓にはレースのカーテンがひかれ、外の光を取り込んでいる。床には少々毛足の長めのカーペット。その上に1つの机。丸い可愛らしいやつだ。その少し離れたところに、小さめのテレビ。1人で見るには丁度いい。その周辺には、大きいのと小さいのが一つずつの棚。中身が見えないように布で覆われている。
「これがね~」
「ああ、これな、」
今ここは。
彼女の部屋だ。
そして隣に座って、先程からスマホをいじり、あれこれ見せてくるのが、僕の彼女。
「あと~」
「うん、」
今日はご時世の事もあるし、外に出るのは憚られるので、家でデートしようかとなって。それが数日前の話で。
そして今日。
彼女の家に来ている。―家の中なのに、ちゃんとおしゃれをしているあたり、女性ってすごいなぁと思いつつ。自分の為にこうして、めかしこんでくれているのだろうかと思うと。ちょっとした優越感みたいなものに襲われる。
「そう、それでね、」
「あぁ、うん、」
家の中というのもあるのか。
彼女は普段よりは少しリラックスはしているように思える。
僕は緊張しまくりだが。
彼女の部屋で、彼女と二人きりで、緊張しない男は居ないと思うのだが。しかも、こういうシチュエーションが初めてに近いのだ。
「これとか、」
「いいかもな、」
次々と、話題を変えて。話して。飽きることなく話して。
それでも不思議と、疲れたと思えない事が。なんだか。なんというか。惚れた弱みとでもいうべきか。
彼女と付き合い始めてまだ数ヶ月ほどしかたっていないが。
どこか通じ合っている感じがあったりして。
そのどれもが、初めてなものばかりで。どうも歯がゆくて行けない。
「これすごくない?」
「うわ、すげ…」
そんな風に。二人して。
座って。並んで。話して。
彼女が作ってくれたお菓子を食べたり。おすすめのゲームをしたり。少し休憩を挟みながら、テレビを見たり。
お家デートって何をするんだろうな。とか。色々思っていたけれど。あれこれしていたら。あっという間に時間は経っていて。
―こんなのも、悪くはないなぁなんて。思ったりして。
「あ、」
気づけば、陽が傾きかけていた。
そろそろ帰宅しなくてはならない。―家に待っている人がいる。
「なぁに?」
きょとんと、こちらを見やる彼女。
少々テンションがあがっているのか。それか化粧のせいか。
普段より。ほんの少し桃色に染まった頬が可愛らしい。
「そろそろ帰らないと、」
「え?」
「うちで待っているやつがいて、」
「ぇ?」
一瞬ぞくりとした。彼女の様子が急に変わる。
ん?何がいけなかった?僕が家でペットを飼っていることは。彼女は知っているはずなのだが。
「……そう、」
黙りこんだまま。俯いていた彼女が。
そう、ぼぞりと呟いた。
「―!?」
そのまますっと立ち上がった彼女の表情が。
先程までと打って変わって。
血の気が引いたように真っ白で。すっぽりと生気が抜けた。無表情の能面みたいな顔があって。
「………」
「あ、あの、」
立ち上がった彼女は。
僕の声は聞こえていないのか。
なぜか、そのままキッチンへと向かって行って。
何が起こったのか、わからないままに。
僕はただ。茫然と座っていて。
「………、……、」
「???」
ぼそぼそと何かを呟きながら。こちらに戻ってきた。
―その手に包丁を持って。
「ぇー!?」
刃先を僕に向け、そのままこちらに歩いてくる彼女を唖然と見つめ―
ようやく自分が犯した罪に気づく。
「違う違う!!!誤解しているよ!!」
「………?」
ピタリと彼女が止まる。
―全く。僕としたことが、失念していた。こんなことして一回痛い目見てるくせに。
「待ってるやつって言ったのは、ペットであって!!浮気とかじゃないから!!ほら、まえ写真見せた!!!」
「……ぇ?そうなの?」
―浮気してるわけじゃないの?
「そうそう。ごめん。誤解するような言い方して、」
「なぁんだ、もぅ…」
先程までの無表情な彼女は消え失せ。いつもの彼女に戻る。
ぷくりと頬を膨らませ、お怒りのようだ。漫画なら、ぷりぷりという効果音が付きそうだ。
「ごめん、ホント、」
「ゆるさーん」
ぽかぽかと僕を殴る彼女は。もう包丁は持っていない。




