日暮れ時•階段坂の居酒屋
一部加筆しております。
物語に影響がない部分です。
太陽はそろそろ隠れる。街角のランタンに魔法の灯りが瞬き始める。つづら折りの階段の両脇に細長い建物が並ぶ。
オレンジや緑の淡い魔法灯の光は、冷たい石畳を柔らかに演出していた。
その店は、そんな街角にある小さな居酒屋であった。ビールジョッキをかたどった簡単な看板を掲げて、窓から覗けば仕事帰りの一杯を楽しむ人々で賑わっているのが見える。
階段の途中にある小さな店だが、店内の床はきちんと水平になっている。窓が2つ、黄色く塗られたドアの両脇に一つずつ。窓際にはそれぞれに4人がけのテーブルがある。
入口を入ると、中央には10人がけの大テーブル。左右の壁際に4人がけのテーブルが2つずつ。奥にはカウンターがあり、5人ほど座れる。
清潔に保たれた木のカウンターからは、奥のキッチンが見えている。カウンターにはのっぽなおかみさんが居て、キッチンには髭面の店主がいる。
料理を運ぶのは看板娘と弟だ。
弟は母親に似てのっぽでツンと上を向いた鼻の眼鏡君だ。うねりのある赤毛を短く切り、目の粗い麻シャツを肘まで腕まくりしてホールを動き回る。
今運ぶのは、ジョッキを五つとお皿も五枚。器用に目的のテーブルまで届けた。こんもりした泡を崩さず、片手に持ったジョッキを一度におろす。お皿の料理も盛り付けを壊さず、流れるような動作で卓上に並べてゆく。
「はいよ!お疲れさん」
「おう、ランディ、今日も働くねえ」
「まあな!いつもありがとな」
テーブルのむさ苦しいおっさん4人組は常連さんのようだ。食べ物とビールを運んできたランディとひとしきり言葉を交わして、乾杯をする。
黄色いドアに下げられたカウベルが鳴る。
「いらっしゃい!ステフ」
「今晩は」
肩を覆う茶色い柔らかな髪を揺らして、緑の瞳が愛らしい。
「何にする?」
カウンターの椅子を引きながら、ランディが声をかけた。
「ありがと、ビールと豆のピクルスちょうだい」
「ご飯は?」
「食べてきた」
「解った」
注文を復唱して立ち去る背中に、カウンターのステフが呼びかける。
「ランディ、もう上がれそう?」
この居酒屋には夕方から食事客も多く来て、ランディはその時間帯の助っ人なのだ。
お酒とおつまみの時間には、店主がホールにも出て、年若いランディはお役御免となる。
「うん。もうちょっとまっててね」
2人はにっこり微笑み交わし、ランディはキッチンへと消える。
「どっか行くの?」
のっぽな女将さんがカウンターの向こうから聞いてくる。
「噴水広場で魔法ショーがあるのよ」
「そう言えばそうだったね」
「光と水と、音楽と香りと、とても楽しいショーなんですって」
女将さんは注ぎたてのビールをドンと置くと、別のお客さんにビールを注ぎ始めた。姉の看板娘が受け取ろうと待ち構えている。シンプルな白いエプロンをして、弟と同じように腕まくり。
ビールを待ちながらカウンターの手前に立ち、姉娘がチラリと奥のキッチンを覗く。それから、からかうようにステフを見た。
ステフはにやつく口元を誤魔化すように、よく冷えた黄金の液体に口をつける。ふふっと笑って、姉娘はジョッキを運んでホールに去った。
やがてランディがキッチンから、ごく小さな白い円筒形の器を持って出てきた。器には、3色の豆のピクルスが可愛らしい小山を作って盛り付けられていた。
「ランディったら」
器の中を眺めたステフは頬を染めてランディに抗議する。
「へへっ、あ、いらっしゃい」
ランディは、新しく入って来たお客さんを案内に向かう。
器には、白と緑の細長い豆ピクルスの作る小山に、赤く小さくまるい豆で、ハートの形が描かれていた。
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