8話:我ら影の騎士団なりや
第一階層地下二階【中層湿原】
「なんか急にジメジメしたとこになったな」
ヴラドが、そのどんよりとしたが光景――ひたすら湿原と沼地が続いている――を見て、ため息をついた。
「毒の沼地もあるから気を付けるんだよ」
ジェーンの言葉に、ティナが頷きつつ前を行くヴラドの後を追っていく。
「ジェーンの話だと、もう少しいけば、キャンプ地があるんだっけ?」
「そうさ。そこで、まずは休憩しよう。一気に地下三階まで行くのは体力的にも危険だからね。なんせこの湿原は上と比べた二倍近くの広さがある」
「なんか良い乗り物があればなあ……出てくるのはちっこい変な虫ばっかだし」
そう言いながら、ヴラドが沼地から飛び出してきた、蜘蛛とハエを足したようなモンスターを鬱陶しそうに右手の剣で払った。小さなクリスタルは欠かさず影を使って拾い、ティナへと渡していた。
「結構、溜まりましたね。キャンプで換金すれば宿屋代ぐらいはありますよ」
「本当は地上で換金した方が率は良いんだけどね。まあこればっかりは仕方ないさ」
「お、あれじゃないか?」
ヴラドが沼地の向こうに、木の柵で囲まれた場所を指差した。見れば、人工的な建造物が並んでおり、人の気配を感じるのだが――
「なんか様子がおかしいね」
「――なんだあれは……ティナ、キャンプってのはセーフティエリアなんだよな? モンスターは入れないんだよな?」
「その……はずですが……あれは」
「ちと走るぞ」
ヴラドが疾走を開始、キャンプへと向かう。
近付けば、聞こえてくるのは、悲鳴、怒号――そして羽音だ。
「あれは……!?」
「そんな……ありえません……あれは……」
キャンプの入口にたどり着いた三人の目の前に――地獄が広がっていた。
黒い甲殻を持った人ほどの大きさのモンスターが大群でキャンプ内の探索士達を襲っていた。
そのモンスターはカマキリに良く似た形状をしており、その両前脚は鎌状で本当的に恐怖を抱かせるフォルムになっていた。
「あれは……アヴァドンです! 地下五階が生息域の危険なモンスターですよ! なんで地下二階に!?」
「それよりも、アヴァドンがこんな群れをなしているなんて聞いた事がないよ! それにキャンプを襲うなんて」
「何か、イレギュラーが起きているのか? つうかキャンプ地がセーフティエリアってのはあくまでその階層のモンスターが立ち入らないだけで、こういう事態になると、何の意味もないってことか」
冷静に分析するヴラドへと一体のアヴァドンが近付いてくる。
「ギチギチギチギチ!」
「――失せろハエが」
ヴラドが一閃すると、アヴァドンが斜めに叩き斬られた。
「アヴァドンの甲殻は鉄すらも弾くほどの硬さがあって、防具にも適している……はずなんですけど」
ティナの驚きを通り越して呆れたような声に、ヴラドは肩をすくめた。
「俺の影は質量を持っているが、限りなく二次元に近い概念だからな。どんなに硬かろうが防ぐのは無理だよ」
「えっと、どういう理屈ですかそれ……」
「俺も分からん! まあコンニャクとニンニク以外は何でも斬れる剣ってことだよ。さて、どうするか。キャンプがなくなるのは困るな」
「でも、あたしらでは、どうしようもないよ! 地上にも戻って応援を呼ばないと!」
「んなことしてる間にここは全滅するぜ」
ヴラドの視線の先で、探索士達が何とかアヴァドンに抵抗しているが、次々その凶刃の前にやられている。
全滅まで……もって十分だろう。そう、ヴラドは冷酷に予測した。
「そんな……でもこの数をヴラド様一人でなんて無茶ですよ」
「いくら俺でもこの数を一人では流石に骨が折れる――だが、誰が一人で戦うと言った? 王が一人で戦うなど滑稽だろうさ」
そう言って、ヴラドがマントを払うと、右手の剣を己の影へと突き立てた。
「我が影に住まいし者よ、その底無き闘志と狂気を顕現させよ――〝我ら影の騎士団なりや〟」
その剣が影の中に沈むと同時に――影が一気に地面を広がっていき、あっという間にキャンプを覆った。
そしてその影の領域から――まるで這い出すように現れたのは、ぼろぼろの装備を纏った騎士や兵士や農民だった。民族も年齢も装備もバラバラであるが、唯一、爛々と光る赤い目と、まるで影のように黒い肌が共通していた。
「――蹂躙せよ」
ヴラドの冷徹な声と共に、影の騎士達が蠢きはじめた。それらはアヴァドンを次々に斬り払っていき、弓を持った影が上空のアヴァドンを撃ち落としていく。アヴァドンも抵抗するが、その攻撃で影が切り裂かれたところで、すぐに違う影が生まれ、結局槍や剣で串刺しにされてしまう。
アヴァドンの群れがみるみるうちに減っていき、やがて最後の一体が撃ち抜かれたと同時に――影達がまるで幻とばかりに消えた。
残るのは、何が起きたか分からない探索士達と――大量に地面に落ちたアビスクリスタルだけだった。
「……今の、なに?」
絶句するティナに、ヴラドが笑い抱えた。
「ははは、色々だな。ワラキアの農民もいれば、直轄軍もいるし、何ならオスマン帝国軍もいればイエニチェリも混ざっているな。まあ、あれだ、俺の部下みたいなもんだ。無口でちょっとだけ残忍だが、悪い奴らではないぞ?」
「あはは……あんたは本当に……規格外だね」
ジェーンの言葉に、ティナは頷くしかなかった。
こうして、キャンプ襲撃事件は、ヴラドの活躍によって被害が最小限に抑えられたのだった。
ヴラドさんは色々影の中に飼っているみたいですが。他もまたいずれ。ちなみに今回は非常事態なのでおふざけなしのネーミングになってます。きっともっとゆるい状況だったら〝ヴラドだよ! 全員集合〟とかそういう系のネーミングになっていたでしょ