7話:クリスタルとアーティファクト
「……まさかこんな簡単に階段に辿り着くなんて」
「俺にかかれば余裕さ」
地下二階へと続く階段がある岩山へと辿り着いたヴラドが、ティナとジェーンを地面に降ろすと、影を解除した。
「ん? あ、消えた」
するとヴラドの目の前で、ブラッディシザーが黒い塵となって、消えていく。
「ダンジョン内のモンスターは死ぬと、ああやって消えるんです。その代わり――ほら!」
ティナがブラッディシザーの死体があった場所に指を差した。
そこには、拳ほどの大きさの黒くきらめく結晶が落ちていた。
「あれが、アビスクリスタルです! このダンジョンのモンスターの身体の中に必ずあるもので、色んな用途があるんですよ! 強いモンスターほど大きなクリスタルを持っています。私、こんな大きなクリスタル初めて見ました!!」
ティナの興奮した様子でそれを拾って、ヴラドへと手渡した。
「おお、魔石的なアレだな。ということはこれを売って探索士は生計を立てるのか」
「流石ヴラド様、理解が早いです。クリスタルは換金しても良いですし、使えば、武器や防具、もしくはこのダンジョンで見つかる【深淵の叡智】を強化することも可能です」
「っ! なんだその魅力的なワードは!? アーティファクトだと!?」
目を輝かせるヴラドを見てジェーンが笑う。
「あはは……ヴラド、あんたは不思議な人だね。わけわかんない力を持っているくせに、まるで本当に新人探索士みたいだ」
「事実、そうだからな」
「アーティファクトというのは、不思議な力を持った道具や武具のことですね! 上位の探索士は皆これで武装しています。ランクがありまして、高ランクのアーティファクトほど、力が強力だと言われています。ある意味、持っているアーティファクトでその探索士の実力が分かりますよ」
「なるほど……俺も欲しいな……」
その様子を見た、ジェーンが胸を張った。
「ふふーん、この武器もアーティファクトを元に作ったのさ。元々はE級のジャンク品だけど改造したら実戦でも使えるようになるから、アーティファクトは奥が深い」
「マジかよ! 俺がもしアーティファクト拾ったら、改造とかしてくれるのか!?」
「お金と素材があればね」
「任せろ、ダース単位で用意してやる。あ、そうだ、ティナちょっと良いか?」
そう言って、ヴラドがティナの耳元に顔を寄せた。突然の接近に顔を真っ赤にしたティナだったが、その言葉を聞いて、笑顔を浮かべた。
「……もちろん私は構いません。だってそれは倒したヴラド様の物ですし」
「そうか……すまんな。というわけでジェーン、これ、お前にやる」
そう言って、ヴラドがぽいっと先ほど手に入れたクリスタルをジェーンへと投げた。
「わっわっ、ちょ、ちょっと!? 良いの!? ブラッディシザーのクリスタルなんて売っただけで半年は生活できるほどの金額になるのよ!?」
「言ったろ? 援助するって。金なら、まあどうとでもなるのは分かったし、とりあえず先行投資だ」
「……分かった。ありがたく受け取っておく」
ジェーンは受け取ったクリスタルを、腰に付いている水晶のような物が付いたポーチへと当てた。
すると、それはまるで手品のようにその水晶の中へと吸いこまれていく。
「うお、消えた!?」
「ん? あんたクリスタルケースも知らないの? これはアビスクリスタルを収納する専用のポーチで、探索士に必須の装備よ?」
「そうなのか……って良く見ればティナも装備している!?」
「ごめんなさい、そういえば言い忘れてました! ああ……こ、これをヴラド様が使ってください」
ティナが慌ててそれを外そうとするので、ヴラドがそれを止めた。
「良いよ。今回はティナがこの探索で得たクリスタルを預かっといてくれ」
「良いんですか……?」
「構わん。信じているからな」
「……はい!」
「あんたら、仲良しねえ」
そんな二人の様子を見て、ジェーンが笑った。探索者同士がただならぬ仲になるのはまあ仕方ないとしても、この二人はどちらかと言えば、祖父と孫のような関係に見えて微笑ましかった。
「さ、次の階に行こうぜ。次から積極的にモンスターを倒してクリスタルを集めようか」
「本来はモンスターは避けるべき存在なのですけど……まあヴラド様であれば大丈夫か」
「ブラッディシザーを倒せるなら、地下三階までは問題ないさ。あたしも報酬を受け取ったからには手伝うよ」
「よし、じゃあ決まり! さあ行こうぜ!」
こうして三人は地下二階へと続く階段を降り始めた。
☆☆☆
第一階層地下二階【中層湿原】
「はあ……はあ……! くそ! なんでこの階にあいつらが!!」
「知るかよ! とにかく中央キャンプの奴らに知らせないと!」
「おい! 後ろにいないぞ? 撒けたんじゃないか!?」
地下一階とは打って変わって、湿度が高く暗い空間を、湿った足音と共に沼地に掛かった板の上を走る探索士の集団がいた。
彼らは皆、満身創痍であり、どの顔も絶望に染まっていたが、背後に何もいないことにようやく安堵の表情を浮かべた。
「なんだよ……ビビらせやが――」
一番後ろにいた探索士が、言葉の途中で絶命。その胴体は、空中から突如振ってきた黒い影によって縦に真っ二つに切り裂かれていた。
「ああああ!? 上だ!!」
ギチギチという牙を鳴らす音と、甲殻が軋む音を聞いて、残った探索士達が上を見上げ、再び絶望にかられた。
上空で、ぬるりとまるで景色から溶け出すように姿を現した黒い影の群れがその両腕の凶悪な得物を光らせた。
先ほどまでは聞こえていなかった、羽音が響き渡る。
「ああ……神よ」
それが、探索士の最後の言葉だった。
「ギチギチギチギチ……」
牙を鳴らす音が共鳴し、その黒い影の集団が探索士達の死体をむさぼり食うと、その場より北西――この階にある探索士にとっての唯一の安全圏である中央キャンプの方角へと一斉に向いた。
すると、今度は先ほどとは逆に、その黒い影の集団はまるで背後の景色に溶け込むようにその姿を消していく。
そしてうるさかった羽音がピタリと止んだのだった。
辺りに静寂が戻り、無残に食い散らかされた探索士の死体だけが、その場に残った。
地下二階でも波乱が起きそうな予感! ちなみに、地下一階にはセーフティエリアはありません。これも新人探索士達が地下三階まで辿り着くことなく命を落とす要因なのですが、地下一階にない理由はまたどこかで