5話:第一階層地下一階【表層平原】
「……ここがダンジョン?」
「はい」
ヴラドが目をぱちくりさせながら、目の前に広がる光景を見渡した。
アビスガルドの東西南北にあるダンジョンの入口のうち、東部からその地へと降り立ったのだが――そこはまるで別世界だった。
「ダンジョンってさ。大体一階層はこう、洞窟っぽいところでさ。もしくは森と遺跡みたいな」
「はあ……私はここしか知らないので、感動ではありますが不思議ではありません」
「そうなのか……いや、ちょっと舐めてたよ」
ヴラドとティナの前には――広大な空間が広がっていた。上を見ても天井は見えず、うっすらとかすみがかっている。奥にあるはずの壁も見えず、背後にある今しがた降りてきた階段がある壁がなければここが地下だと分からないほどだった。
光源が何かは不明だが、その空間は外の昼間並に明るく、ヴラドは一瞬警戒したが、浴びてもなんともないのでホッとした。
「なんというか、荒原? くそでかい岩山もゴロゴロしてるし」
赤茶色の地面に、同じ色の岩山。そこかしこに岩が転がっており、枯れ木のような植物らしきものがまばらに生えている。
「そうですね。探索士達はここを【表層荒原】と呼んでいるそうです」
「表層ね。となるともう一つ下に行くとまたガラリと変わるのか」
「下に行くほどだんだん色鮮やかになると聞いた事があります」
「なるほど。じゃあそれを楽しみにしつつ行くか」
「はい!」
二人が荒原へと足を踏み入れて歩き出した。ヴラドは夜会服姿でそれ以外に何も持っておらず手ぶらだ。一方、ティナは格好は同じだが、先端に水晶が付いた杖を持っており、それを握り締めている。
「さて、第一モンスター発見は何になるなあ?」
「なんでワクワクしてるんですか……モンスターなんて遭遇しないことに越したことはないんですから」
ウキウキしながら先をいくヴラドを見て、ティナが呆れたような声を出した。
「レベル上げしたいじゃん」
「れべる?」
「いや、忘れてくれ」
会話をしながら二人が進んでいく。ティナは逐一地図を見ながら、地下二階へと繋がる階段の方向を確認していた。
「あの岩山の方向ですね。そうそう、この荒原には危険なモンスターが沢山潜んでいますよ。群れで襲ってくるシャークウルフに、空魚。それに最も危険と言われるブラッディシザー」
「ほーん。しかし、ティナはダンジョン潜るの初めてのわりに色々良く知っているな」
「……知識だけはあるんです。いつか、こうやって潜る時のために」
「偉いな。ティナは偉い。〝敵を知り己を知れば百戦危うからず〟って言うぐらいだからな。知識は大事だ」
「誰の言葉ですか?」
「俺の世界の偉人さ――お、なんか来たぞ!」
微かな地面の震動を感じたヴラドが嬉しそうにそう言うと――前方の巨大な岩の陰から、何者かが飛び出してきた。
「ぎゃあああああああ助けてええええええ!!」
「あれは……探索士か?」
それは、長い紫髪を後頭部でまとめている、探索士らしき姿をした女性だった。
「多分……ってあれは!! ヴラドさん逃げましょう!!」
ティナが、その紫髪の女性の背後に迫る物を見て、血相を変えた。
「おー、カニだな、あれは。茹でてないのにもう赤いぞ」
それは、二トントラック並に巨大なカニだった。真っ赤な甲羅には無数の武器が刺さっており、歴戦の猛者であることを示している。
「ぶ、ブラッディシザーです!! 滅多に出て来ないはずなのに、何で!?」
「レアモブってことか! 俺、そういう運は結構あるからなあ」
なぜか嬉しそうなヴラドが拳を鳴らした。
「だ、ダメですって! あれはB級探索士のパーティでも避けて通るほどの難敵ですよ!? この地下一階における探索士の死亡率を大幅に上げている要因の一体です!」
「ってことは……それだけ倒せば良い物が手に入るってことだろ?」
「そ、それはそうですけど!」
そうやってやり取りしているうちに、紫髪の女性がすぐ近くまでやってきていた。この状況でのんびり会話しているブラド達を見て、気でも狂ったのかと声を張り上げた。
「ばかああああああんたら早く逃げなさいよ!!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。そっちが助けてって言ったんだろが。だったらこっちに逃げてくんなよ」
ヴラドがもっともな事を言っている間に、ブラッディシザーが迫る。
「早く逃げましょ!!」
「なんで? 倒せば良い物が手に入るなら――倒せばいいじゃん」
そう言って、ブラドが前へと一歩出た。
「ぎゃあああああ死ぬううううう」
その女性の叫びと共に、追い付いたブラッディシザーの巨大なハサミが彼女へと薙ぎ払われた。
「――〝硬き悪魔を貪るもの〟」
ヴラドが右手を突き出した瞬間――ブラッディシザーの影から実体化した黒い槍が無数に突き出し、その巨大なハサミを身体ごと槍で貫通させ、無理やりその動きを止めた。
「ギチギチギチギチ……」
まさにそれは影縫いという言葉がよく似合う光景だった。まだ生きているのか、必死にブラッディシザーがその場から放れようともがくが、百本を超える槍はびくともしない。
「ふむ、やはり大した堅さではないな――トドメだ」
ヴラドが右手に生成した片刃剣を振ると、その刀身から黒い斬撃が放たれた。
「嘘……」
その黒い斬撃はブラッディシザーを、その後ろにあった巨大な岩ごと、真っ二つに切り裂いた。
それを見て、思わずティナは絶句してしまう。
「この分だと地下一階は楽勝だな」
それは――ありえない力だ。A級探索士ですら、こんな一方的にブラッディシザーを倒すことなんて不可能だ。不可能なはずなのに……。ティナは、もしかしたらこの英雄は――とんでもない実力を秘めているのではないかと……今さら気付いたのだった。
「あんた……何者……?」
自分が助かったことをようやく理解した紫髪の女性が、思わずそう聞いてしまうのも仕方なかった。
だから、ヴラドはそれに格好付けながら答えたのだった。
「俺か? 俺は……知的で素敵で無敵なE級探索士の――ヴラド・ドラキュラさ!」
ヴラドさんの技名はその時の気分とノリで適当に言ってます。本人的にはツッコミ待ちのようですが、当然この世界の住人は誰もつっこめません。