4話:竜淵<ドラゴンズ・ディープ>
「ふーん。これが証明書代わりになるのか」
「はい! ですので実際にダンジョンに潜らなくても、身分証明書として取得する人もいるみたいですよ」
ヴラドはティナと並んで、アビスガルドの大通り――〝ツルハシ市場〟を歩いていた。その手には先ほどギルドで手に入れた、探索士の証であるギルドカードがあった。
通りには、探索士らしき人々が行き交っており、左右には探索士向けの商店や飲食店が並んでいる。既に、日は落ちており、各所から酔った人々の声が聞こえてくる。
「いつの時代も、どこの世界でも、こういう場所はワクワクするな!」
飲食店から漂う良い匂いに、ヴラドはウキウキしながら進んでいく。見慣れぬ料理に、酒。これでワクワクしないなら嘘になる。まあ、元の世界の食事に飽きていたというのもあるが。
「えへへ……実は私、ここに来るの初めてなんです!」
「そうなの? そうか、そういえばティナのことあんまり聞いてなかったっけ」
ヴラドがそう聞くも、ティナは表情を曇らせた。ギルドの騒動で、何やらワケありなのは何となくヴラドも察していた。
「あんまり……明るい話ではないですから。今はそれよりも、これからのことを考えましょ! ほら、あのダンジョンスクイッドの丸焼きとか美味しそうですよ!」
ティナが明らかにわざと話題を変えたが、ヴラドは素直にそれに乗ることにした。またいつか、話してくれる時が来るだろう。ならば、待てばいいだけだ。
なんせ――待つことには慣れている。
「おお! イカっぽいが、地球のイカにはあんな蝶のような翼は生えてなかった。面白い、食べてみようぜ。ご主人、それを二つくれ!」
ヴラドが早速それを注文するが、その姿を見て、
「……あ」
ティナが、とある事実に気付いた。
「ん? どうした? ……これ美味いな! 不思議な食感だけど悪くない! あー、醤油バターで食いてえ」
「ア……えっと……ヴラド様」
「どうした?」
「……お金、持ってます?」
「……ないよ? いやだって異世界から着の身着のまま来たし。そのわりに財布もスマホも全部ないし」
「……私も……ないです。ごめんなさい……お財布忘れちゃって……」
ティナがそう言って、顔を俯かせた。
ヴラドはもう半分以上食べてしまったダンジョンスクイッドの丸焼きと、会計を待っている屋台の主人を交互に見て、それはもう流れる水の如き自然さで、膝を地面につけ頭を下げた。それは日本古来より脈々と続く、最高のワビスタイルである、ジャパニーズ・DOGEZA……つまり土下座だった。
「す、すみませんでしたああああああ!!」
大通りに、ヴラドの情けない声が響いたのだった。
☆☆☆
「……もういいよ、兄ちゃん。悪気がないのは見ていて分かったからよ」
いつまでも頭を下げ続けるヴラドを見て、屋台の主人がそう呆れたような声を出した。
「す、すぐにお財布取ってきます!!」
そう言って駆け出そうとするティナをしかし、主人が止めた。
「こいつをこのままここに残される方が困る。良いから、店の前でその妙ちきりんな格好をするその兄ちゃんを何とかしてくれ」
周囲から好奇の目で見られるのに辟易した主人の言葉に、ティナがヴラドに話し掛ける。
「ヴラド様……迷惑になっているみたいですよ」
「ううう……こうなったら腹かっさばいてくれよう!! 見ていておくれ、故郷のおっかさん! これが俺の花道でい! 血桜吹かせ、歩いてみせらあ!!」
ヴラドが影を操作して日本刀を精製するとそれを自身の腹部へと当てた。
「うわあああ!? 何してるんですか!? ばかあ!」
混乱したティナが思わずヴラドにグーパンチを叩き込むと――
「ぎゃっ!… 痛い!? なんで!?」
なぜか、ティナのパンチでダメージを負ったヴラド。その顔には、ここ数百年人にぶたれたことないのに!? という表情が浮かんでいた。
「あ、ごめんなさい! つい!」
「いや、それよりなんでグーパンが俺に効くんだ? もしかしてティナちゃん骨に銀とか仕込んでる!? 実は殴りモンク!?」
「へ? 骨? 殴りもんく?」
「だああああ!! お前ら人の店で騒ぐなああああああ!!」
業を煮やした主人の一喝で、今度はティナもヴラドと共に、主人に平謝りする羽目になったのだった。
「……もういい、分かった。お前ら探索士なんだろ?」
「うっす……」
「はい……」
そんなしょげた様子の二人を見て、
「じゃあ、ちと使いを頼まれてくれ。それでチャラにしてやる」
主人が、自分はダッズという料理人だと名乗った。
「一階層地下三階の東部にある〝貝殻平原〟の探索士キャンプにいる、ジルバートって男にこの注文書を渡して欲しいんだ。キャンプの酒場で待っているはずだ」
「そんなんで良いんですか? 楽勝じゃねえか。なあティナ?」
ヴラドが余裕そうに聞くが、その言葉にティナがふるふると首を横に振った。
「……ヴラド様。新人探索士の、一階層地下三階への到達率を知っていますか?」
「ん? いや知らないけど、八割ぐらいはいけるんじゃねえの?」
そんな言葉を聞いて、ティナもそしてダッズもため息をついた。
「妙に雰囲気あるから騙されたが……お前ら、新人か」
「はい……すみません」
「なんだよ、勿体ぶるなよ」
そんなヴラドの言葉に、ティナはこう答えたのだった。
「――三割」
「へ?」
「地下三階まで生きて辿り着ける新人探索士は……三割にも満たないんです。それぐらいに、ダンジョンは……いえ、【竜淵】は――深く、そして残酷な場所です」
ダンジョンの正式名称が竜淵<ドラゴンズ・ディープ>です。