3話:探索士になろう!
アビスガルド――探索士ギルド。
「ここか。おお、酒場まで併設されていてそれっぽいな!」
「実は……私も初めてで……多分受付で申請すれば良いと思うのですけど」
「ふむ……とりあえず行こうか」
ギルドの中を堂々と歩いて行くヴラドとその後ろをおっかなびっくりついていくティナ。しかしティナはともかく、ヴラドのパーカーに半パンという格好はあまりにその場では浮いていた。
故に――
「……おい、お前。冷やかしなら帰んな」
そう言って、二人の前に立ち塞がったのは、ハンマーを手に持つ巨漢だった。
「……おお、分かりやすい奴だな。すまんが冷やかしじゃなくて、彼女と一緒に探索士になりに来た。道を譲ってくれ」
「……ぷっ! あはははは!! おい! お前ら聞いたか!? 探索士になりたいだってよ!!」
その言葉に、酒の入った探索士達が爆笑する。
「お前さ、その変な格好はなんだ? そんなんでダンジョンに潜れると思うのか? それに……後ろにいるのは誰かと思えば……ポンコツ魔女じゃねえか!」
巨漢がヴラドの背に隠れていたティナを見付けて、指を差した。
「ポンコツすぎて、魔女狩りにも無視された奴が探索士になるだって? おいおい、お前らもしかして道化師か何かか? 面白すぎて、腹が捻れちまう!!」
「ま、魔女じゃないです! へカーテ教は決して邪教ではありません!!」
ティナが顔を真っ赤にしながら、足を震わせながらもそう声を張り上げた。
「そう思っているのはお前だけだよ。しかし、頭のおかしい格好をした奴を騙して探索士にさせるなんてまるで本当に魔女みたいじゃないか! その胸で拐かしたのか? んー? 良く見れば結構デカいじゃねえか! ぎゃっはっは!」
ティナがさっと胸を隠して顔を俯けた。
「ふむ……やはりこの世界でこの格好は無理があるか……まあコンビニ行く用だしな」
「あ? 何をブツブツ言ってやがる! さっさと帰りな!!」
巨漢が脅すような声を出すが、ヴラドは気にする様子もなくため息をついた。
「やれやれ……あと一回しか言わないぞ、三下――我が道を阻むな」
雰囲気が一変したヴラドに、ティナとそして巨漢が目を見開いた。
「は、はん! 何を格好付けてやがる! 俺はB級探索士だぞ!? 三階層までいけるんだぞ!?」
「まあ、そう来るよな。分かってたよ。しかし、ティナ――ごめんな、恥をかかせて」
ヴラドが目の前の巨漢を無視して――ティナに頭を下げたのだった。
「え?」
そのヴラドの対応にティナは面食らって、どう答えたら良いか分からなかった。
「俺がちゃんとした格好をして、最初から本気出していれば……君はこんな目に合うこともなかった」
「何を――ごちゃごちゃ言ってやがる!! 死ね!!」
巨漢がハンマーをヴラドへと薙ぎ払った。それはヴラドの身体に命中すると、そのままヴラドを酒場の奥へと吹っ飛ばした。
「ヴラド様!!」
「ぎゃははは!! 軽すぎるぜ!! そんな実力じゃ一階層で死ぬぞ!!」
巨漢が高笑いするが――やがてその笑いは止むことになる。
「――なるほど、この程度か。まあどうせ死なないから、意味ないけど。この程度でB級なら……大したことないな」
そんな言葉と共に――酒場の奥で人影がムクリと立ち上がった。
「嘘だ……完璧にヒットしたはずだ!!」
巨漢が驚きの声を上げる。シールドライラスの装甲すらも砕く一撃をまともに食らって無事なわけがない。
「さて……この格好をするのは実に……久し振りだ」
人影がそう言って、手を払うとまるで意思があるかのように彼の影が蠢き――その身体へと纏わりついていく。
そしてそれは黒と白を基調とした――まるで夜会服のような形へと変化した。黒髪を掻き上げ、上着をまるでマントのように広げたその人影の右手には、闇よりも黒い刀身を持つ片刃剣が握られている。
それはまごうこときワラキアの英雄――ヴラド・ドラキュラその人だった。
「忠告したぞ、三下。我が道を阻むなと」
「うがああああああ!!」
その雰囲気に飲まれた巨漢が突進。目の前にいる得たいのしれない青年へとハンマーを振ろうとするが――その瞬間、彼は見てしまった。その血のように真っ赤な――瞳を。
「え?」
「――〝串刺し公の道、阻むことなかれ〟」
人影の言葉と同時に――巨漢の足下の影が蠢き、杭となって突出。
「あっ!……がっ」
巨漢が黒い杭によって――串刺しになっていた。
「ああああ……うわああああああ!?」
周囲が騒然とする中、ヴラドが腰を抜かしてぺたんと床に座り込んでしまった、ティナの下へと悠然と歩いて行く。
「う゛、ヴラド様……こ、殺したのですか!?」
「あんな雑魚、殺すまでもない――〝悪夢はやがて白日の下に溶ける〟」
ヴラドがそう言いながら手をパンと叩いた瞬間。
「死ぬううううううう!? ってあれ? え?」
巨漢は何事もなかったかのように立っており、周囲をキョロキョロと見渡していた。
自分は確かに串刺しにされた。その痛み、衝撃、全てがあまりにリアルだった。
だが、自分は生きているし、杭なんてどこにも刺さっていない。
何が起こったか……彼を含め、この酒場にいた全員が理解していなかった。
だが、ティナだけはそれに気付いた。
「げ、幻覚?」
「ビンゴ! その通り」
ヴラドが手を差し出すと、ティナがそれを掴む。ヴラドが彼女を起きあがらせると、再び巨漢の方へと向いた。
「次は――本気で串刺しにするぞ?」
「ひ、ひいいいいい!? 勘弁してくれええええ!!」
あまりにリアルな幻覚のせいで既に巨漢の中に、ヴラドに逆らうという選択肢はなかった。彼はその巨体なわりに素早い身のこなしで酒場から逃げ出したのだった。
「さて……これで俺と彼女が探索士になることに異議あるやつはいないな?」
その言葉に――酒場の全員が頷いたのだった。
こうしてヴラドとティナは無事――探索士になったのだった。
探索士の説明やダンジョンについては次話にて!