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愛情


真っ白な少女は真っ白な狼の上に乗って田舎をびゅんびゅんと進みます。

真っ白な狼はとてもとても速くて、地上を走る新幹線を軽く追い越してびゅんびゅんびゅんびゅん風のように進みます。


一人と一匹は、古びたゲームセンターの前で止まりました。

真っ白な少女は真っ白な狼から降りて、ゲームセンターの中に入ります。歩く少女の少し後を真っ白な狼が付いてきます。


ゲームセンターはコインを入れるとゲームができる場所です。少女は財布から1枚のコインを出して、ゲームを見比べました。カエルと戦うゲームは狼にはまだ早いと少女は思いました。カエルは白色の肌に灰色の斑点模様があり、とても強いのです。少女は堅実であり、勝てる勝負にしか挑む気はありません。少女はオタマジャクシと戦うゲームにコインを入れます。


ゲームがはじまり、灰色のオタマジャクシがゲームセンターに現れました。しかも二匹もです。オタマジャクシは、ゲームセンターの床上でびちびちと水を求めて跳ねます。彼らは水中の生き物だから陸では生きていけません。少女は狼に命じ、狼は少女の命令に従いオタマジャクシを殺しました。狼は陸の生き物なので、陸ではオタマジャクシなどに負けないのです。


オタマジャクシを食い殺した狼の白い毛を、少女はよくやったと言わんばかりに撫でます。白い狼は誇らしげに尻尾を降りました。


狼は再び少女を背に乗せて、走り出します。

びゅんびゅんびゅんびゅん、山を越えて、田んぼを越えて。

陸地の果ての公園に一人と一匹はたどり着きました。


公園には砂場や滑り台やブランコなどの素敵な遊具がたくさんあります。しかし、もちろん公園で遊んだりなどしません。少女は狼から降りて、公園の左側の道路を確認します。


公園の左側の道路は急斜面で、90度きっちり、いわば底から見上げる崖のように高い高い壁になっています。

少女はただの人間なので、とうてい壁を登る事などできません。

ロッククライマーの才能があればまた別でしたが、特別にそういった才などに恵まれていたわけでもないのです。


もしかしたら狼に乗れば登る事は可能かもしれません。

けれど少女は、狼に乗ろうとは思いませんでした。

狼は今まで、少女のためによく尽くし、少女を乗せてここまで運んでくれました。狼は陸の生き物として、とても頼りになる友達でした。


しかし公園の向こうは海なのです。

陸の生き物である狼に、無理やり海でまで負担を押し付けたいとは少女は思えませんでした。

高くそびえ立つ水中の中に包まれた壁を見上げて、少女は「右側はきっと大丈夫だよ」と狼に言いました。

左側は無理でも、右側なら少女の足でも進めるかもしれないと思ったのです。


公園の右側は、同じように水中でしたが、斜面は先ほどと比べるとまだましな気がします。いわば「急斜面」といった程度でしょうか。少女は目の前に立ちはだかる水中に身体を踏み入れます。

狼は少女の後ろを着いていきます。


水中で一人と一匹は斜面を登り始めました。

斜面はパンで作られているため、平ではなく、ところどころが掴みやすくなっています。たくさんのパンがくっついて作られた斜面を少女は手足を使って登ります。


クニャペ、グリッシーニ、チョココロネ、シナモンロール、シュトーレン、パターロール、ブリオッシュ、たくさんのパンがくっついている斜面。


デニッシュに手を伸ばした時、少女の指にデニッシュの中のブルーベリージャムがまとわりつきます。

パンはふわふわで柔らかいものなので、少しの衝撃ですぐに穴が開いたり千切れたりしてしまうのです。少女はそっと、そうっと、パンが破れないように、気をつけながら斜面を登ります。


やがて少女はパンを上り切りました。

パンの上には白色の正方形の物体があります。

そこには色々なものが置いてありました。

真っ白な少女は白色の正方形に座ります。


ぐらぐら。ぐらぐら。

とても高いところまで登ったからか、地盤は不安定です。


少女は白色の正方形に乗っていた他のものを下に落としました。赤色の分厚い本、青色のきらきらした宝石、緑色の綺麗な花、黄色の拳銃、紫色の折り鶴、たくさんのものを下に落としました。


狼は何も言わずに少女を見ています。


真っ白な少女は少しだけ躊躇ってから、真っ白な狼の毛を撫でて、落としました。


真っ白な狼が下へ下へと落ちていきました。



もう狼は登ってこれないでしょう。


少女は悲しくて、目頭が熱くなりました。


海水の中の少女の目から涙はこぼれません。



End.


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― 新着の感想 ―
[一言] 少女の狼への優しさをたくさん描写してあるので、最後の場面が胸に突き刺さります。不安定な地盤を越えるため…いやもしかしたら、この先一人で生きていくために狼のことを諦めなければならなかったのでし…
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