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虹をかけて

作者: 木野葉ゆる

 本州もついに梅雨入りした。

 二日前から、ずっとしとしとと降り続く雨に、俺の頭はズキズキと痛んだ。

 耳鳴りがする。

 三年前の雨の日に、あいつは自動車事故に遭って死んでしまった。

 俺の目の前で。小さな命と引き換えに。

 

 会社からの帰り道、傘をさして早足で歩く。

 痛み止めが切れて、眉間に皺が寄るのが分かる。


「なぁ、ホットミルク飲む? そんなしかめっ面してないで、もっと笑えよ」


 あいつの声は、今も俺の記憶の中でこだましているのに。


 この時期は、俺の頭痛がやむことはない。もう諦めていた。

 あと何年、あいつのいない世界で生き続ければいいのだろう。そんなことを思いながら、ベッドに入った。




 ざぁざぁと振り続ける雨の中に、あいつが立っていた。

 傘もささずに、濡れ続けていた。


「風邪ひくぞ」


 思わず声を掛けていた。

 あいつが俺に気付いて、顔を上げた。

 へにょりとした笑顔。でもきっと泣いていたのだろう。


「なぁ、もう三年経ったよ。静真(しずま)、そろそろ俺をここから出して」


奏良(そら)、まるで俺が閉じ込めているような言い方をする。こんなところに来たのは初めてなのに」


 夢で逢いたいと思っても、叶ったためしはないのだ。

 何度も何度も、事故の瞬間を繰り返し夢で見たけれど、あいつはいつも背を向けていて、顔を見たのも初めてかもしれない。

 嬉しさよりは、所詮は夢だという気持ちが勝った。

 奏良は、俺の前で泣いたりしない。いつも、こちらが呆れるくらい明るくて、けらけらと楽しそうに笑っていた。


「ここは静真の心の中だよ。ずっと俺に囚われてる。ずっと俺を捕えてる」

 

「……」


「静真、俺は静真に幸せになってほしい。俺のこと忘れるのは無理でも、前を向いて生きてほしい。だから、一緒に願ってくれないか?」


「何を願えと? 夢でさえ会いに来てくれないくせに、我儘なところはあいかわらずだな」


「ここに囚われているから、夢の中に会いに行くことも出来なかったんだよ。なぁ、お願いだから、一緒に願って」


「お前が夢でも会いに来てくれるのなら、願ってもいい」


「ありがとう」


 初めて、にこりと笑った奏良は、三年前のままで、俺は泣きたいような気持になった。


「虹を……。虹を願って。雨の降り続くこの空に、虹を願ってほしいんだ」


「虹?」


「そう、虹を渡って、俺はきっとまた静真に会いに行くから、だから、この空に虹を掛けて」


 どうすればいいか分からなかったけれど、俺は頷いた。


「ありがとう。忘れないでね。雨のやまないこの空に、虹を掛けられるのは静真だけだから。……もう時間だ。じゃぁまたね」


 ふと瞬きした瞬間に、奏良の姿は消えて、俺は、ベッドの中で茫然としていた。

 背中にはびっしょりと冷たい汗をかいていた。




 一人きりで、降りしきる雨に濡れ続ける奏良。そんなことを望んではいない。

 俺は、虹を願った。

 いつかもう一度、笑顔の奏良に会えるように。

 奏良の上の空に、綺麗な虹が掛かるように。




「ありがとう、静真」


 梅雨が明けたころ、奏良が爽やかに微笑んで、俺の頬にそっとキスをしてくれた。

 夢の中にちゃんと会いに来てくれた奏良に、死んでも律儀なところは変わらないんだと、俺は嬉しかった。


 ずっと続いていた頭痛も、いつの間にか治っていた。

 




    

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