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その1 商店街の朝は早いのである


 冒険者の町の商店街の朝は早い。


 下でガラガラという音が聞こえた。

 父親が店を開けた音だろう。その音を聞きながらアルクルミはベッドから下りて『ふああ』と欠伸をした。


 ベッド横の机の上に昨夜用意しておいた洗面器の水で顔を洗っていると、下で彼女を呼ぶ声がする。彼女の父親、つまりこの肉屋の店主である。


「おーいアル、今日は朝一で魚屋んとこで商店街の会合だからちょっと行ってくる、店は今開けたから店番頼むわ、お客がもう来てるからな」

「はーい」


 階段を下りてアルクルミが店に出ると、店内の椅子に老人男性の客が座っていた。

 朝一は早起きのお達者な老人達が、店にやってくる時間なのだ。


「おはようございますお爺ちゃん、何のお肉が入り用ですか?」

「あんだって?」


 老人は耳に手をやって聞き返してくる、耳が遠いのか。


「お爺ちゃん、どのお肉にしますか?」

「あんだってぇ?」


 少し大きめに喋ったものの、まだ聞こえない様子の老人。


「お肉、どの、お・に・く」

「あぁん?」


 よく見たら老人は耳の前に手をかざしてしまっている、肩が後ろまで上がらないのだ。

 仕方なしに老人の前まで来て、耳元に顔を寄せ喋ろうとすると。


 お年寄りなのでアルクルミは完全に安心しきっていたが、老人は『このお肉かのう』と言いながら彼女の太モモをさすりだしたのだ。


『スパーン!』


 その瞬間肉屋の娘は両腕を高々と上げると、セクハラ老人の両肩に手刀を叩きつけた。


 老人に対するいきなりの狼藉に動揺してオロオロする娘っ子は、セクハラを受けると相手が何者だろうと容赦なくスキルが発動してしまう女の子なのだ。


「す、すみません、突然だと私制御ができなくて、お年寄りにこんな事を……」


 しかし老人は清々しい表情で。


「いやー、万年の肩こりが一発で治ったわ。お嬢ちゃん、鶏のモモ肉と、あとこのモモも」


 また太モモをさすったのでもう一発『スパーン!』


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「おぉー効く効くぅー。腕が上がるようになったわい! そういや隣のゴン爺さんは、アルクルミちゃんに頭をスパーンと叩かれて、発毛してきたと喜んどったぞ」


 老人は買った鶏肉をぶら下げてホクホクしながら帰って行った。

 どっと疲れが出たのか、肉屋の娘は先ほどまで老人が腰掛けていた椅子に座り込んでしまう。


 彼女が朝からガックリしていると、新しい客が店内に入ってくる。


「い、いらっしゃいませ」


 見ると、その客は先ほど話題に出たゴン爺さんだ。

 なるほど、よく見れば頭に僅かながらの発毛が見られるのだ。確か以前は光沢も眩しいツルツル頭だったはずなのにだ。


 さすがにびっくりしたけど、今日はもう『スパーン!』はしませんからね!


「おはようアルクルミちゃん、今日も美味しいお肉を選びに来たよ、どれどれ」


 と言いながらアルクルミのスカートに手をかける爺さん。


『スパーン!』


 アルクルミの平手が丸い頭に炸裂した音である。


「ごめんなさい、ごめんなさい。でもお肉の棚は向こうですから、『スパーン!』はもう完売です」


「んんー効くぅー! しかし完売というのは残念じゃな、仕方無いこの肉を」


『スパーン!』


 再度スカートをめくろうとした爺さんの頭に炸裂だ。


 スパーンされたゴン爺さんの頭は、まるで赤べこかバブルヘッド人形のようにブルブル揺れた。

 その様子にアルクルミはドン引きである。


「おおおお! 毛穴が生き返ってきたぞ! これで明日にはワシもフサフサに蘇るぞ! 青春を取り戻すんじゃ!」


 お肉を買った老人は『明日からモテモテじゃ!』と叫びながら帰って行った、あと百年くらい生きそうな勢いである。


 つ……疲れた……何でこの店に来る男性客はこんなのばかりなのか……

 朝からスパーン祭りを開催してしまったじゃないか……


 次の客が店に入ってきたので、思わず戦闘態勢を取ると、相手も戦闘態勢を取る。


「お、戦いごっこか、久しぶりにやるかアル!」

「やらないわよ……」


 入ってきた幼馴染を見て脱力する。


「お魚屋さんが肉屋に何か用?」

「おいおい魚屋だって肉くらい食うぜ? つーか肉を食わせてくれよ、魚ばっかりで飽きてきてんだ」


「そう? 私はお肉に飽きてきたけどね。キスん家のお魚美味しいじゃん、交換したいくらいだわ」

「親父を交換したいのならいつでもいいぜ、つーか交換じゃなくてアイツやるよ」


 入ってきたのはキスチス、アルクルミの幼馴染十六歳。ショートヘアの言葉遣いが乱暴で男の子みたいだが女の子だ。

 アルクルミの様子を見て悟ったのか、キスチスがからかいだした。


「また一戦やらかしたのか。そうだ、今度うちの親父に買いに来させるからさ、アルへの挨拶は尻を触る事だって言っとくから、一発成敗してくれよあいつ。『スパーン!』て頭の一つも千切っちゃっていいからさ」


「やめてよ、おじさんにスキルなんか発動させたら、今度からお魚買いに行けなくなっちゃうよ」


「別にいいじゃん。私なんか、肉屋のオッチャンに『最近色っぽい足になったな』とかぬかされて、顔面に拳を叩きつけた事あるぜ? でもこうして肉を買いに来てる、どうだ」


 エッヘンと威張るキスチスを見ながら、アルクルミは自分の父親の行動にドン引きである。

 由々しき事態だ、これは家族会議の必要があるのかも……と考える娘に肉屋の店主にピンチが訪れていた。


「因みに教えて欲しいんだけど、それはいつの話?」


 もっと小さい頃なら、エロ抜きでからかった可能性もあるから情状酌量の余地も出て来る。


「今朝、店を開けてたらやって来た肉屋のオッチャンに言われた」

「ついさっきの話じゃん!」


 肉屋の店主の処刑が決まった瞬間である。


 次回 「お母さんにまでお肉の仕入れを頼まれちゃった」


 アルクルミの母親、天使から悪魔になる

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