その3 二匹のモンスターに襲われて絶体絶命!
アルクルミはもう一度水面を見た、やはり浮きに使用していたアヒルのオモチャが見当たらないのだ。
「やっぱりアヒルがいない」
「え? アヒル?」
キスチスが返事をした途端、持っていた釣り竿が大きくしなった。
「うおおお、これでっけーぞ! 大物来たか! アル! 網用意して」
「網! 網? 網ってどれ! どこ?」
必死に竿を持つキスチスの指示に大慌てのアルクルミは、オロオロと辺りを見回して、地面に置かれていた網に気が付きそれを持つ。
それは魚取り用の柄が付いた網で、少し大きめの物である。
網を持って振り返ると、キスチスは竿を持って暴れる水中の魚と格闘中だった。
かなりの大物らしい、アヒルのオモチャごと飲み込んでいるからそれは間違いない。
「キス! 大丈夫!?」
「平気だ! とうとうこの池の主を釣り上げる日が来たかも!」
拝んだ甲斐があったのだ。何でもとりあえず拝んどけばいいのである。
キスチスがふんばり、竿が折れるんじゃないかというくらいしなっている。
「釣り上げるぞ! 網頼む!」
「ま、まかせて! これで殴ればいいんだよね?」
「違うわ! 獲るんだよ! いくぞ、三、二、一! ゴー!」
号令と同時にキスチスが水中から引き上げたソレは――
水しぶきを上げながら水面に出てきたソレは――
彼女たちの倍くらいありそうな魚、いや魚型のモンスターだったのだ!
「ええええ! これで取れるの!? やっぱり殴った方がよくない?」
叫ぶアルクルミが握り締めている網で、どうにかできるような代物ではない。
「あ、やば」
瞬時にモンスターだと見抜いたキスチスは、アルクルミを突き飛ばしてその場から退避させた。
と、同時にモンスターが残ったキスチスの上に降って来る。
突き飛ばされてしりもちをついたアルクルミが見たのは、モンスターと素手で格闘している相棒だ。
アルクルミは何をすべきかもわからないまま、しりもちをついている。
網? どうすればいいの? 魚?
「魚じゃなくてモンスターだよ! うわー! こいつ私の事を『美味しそう』って思ってる! ふざけんなよちくしょう!」
キスチスの両足が既にモンスターの口の中に入っているのが見えた。
キスが食べられちゃう! 慌てて魚モンスターと格闘中のキスチスに駆け寄る。
「わああ! やめてよ! 離してよ! キスを食べないで! キスは絶対美味しくないから! お腹壊すから! 三日くらいお腹痛くて苦しむから!」
アルクルミが必死になってモンスターを網で叩く、腰の肉切り包丁では下手したらキスチスを傷つけかねないからだ。
キスチスは飲み込まれまいと必死にモンスターの口を押さえているが、腰くらいまで来てしまった。
アルクルミはこれ以上飲み込ませまいと、モンスターの口の中に網を突っ込んだ。
網の棒を利用して、てこの原理で魚モンスターの口を開かせようと思ったのだ。
『ゲロゲロオオオオオ!』
そんな時である、アルクルミの真後ろで何かが鳴いた。
恐怖に見開いた目で彼女が振り向くとそこに――
モンスターがいた。
アルクルミは魚の口の中のキスチスを見た。そしてもう一度振り向く、二度見というやつである。
そしてやはりそこに――
モンスターがいた。
アルクルミは再度キスチスを見――
『ゲロゲロオオオオオ!』
何回やっとんじゃい、とそのモンスターのカエルがつっこんだ。せっかちなカエルである。
「ウソ……こんな時に……」
目の前にいるのは熊くらいある巨大なカエル型モンスターだ。
普段お店が仕入れるお肉から少しくらいは大きいだろうと想像してはいたが、ここまで大きいとは思っていなかった。
アルクルミはカエルが苦手だが、目の前の友人の危機には犬くらいの大きさだったら蹴り飛ばしていただろう。
でもこんなのは無理だ――! 蹴ったってびくともしない!
カエルが大きな口を開けたのを、アルクルミは蒼白な顔で眺めていた。
キスも自分もモンスターに食べられてこの場で果てるのだ、もう観念するしかない。誰かせめてここにお饅頭を供えてください、キスと喧嘩しないようにできれば二個……
アルクルミはそっと胸で両手の掌を合わせた。合掌である。
大きな口が近づく。
ああ、せめて私がモンスターと戦えるスキルを持っていたら――
『ベロオオオオオオ!』
大きなカエルの舌がアルクルミの両足の太ももの間から顔めがけて、まるで味見でもするかのように舐めあげた!
その瞬間である。
アルクルミはその舌を掴むとカエルを空中に放り上げた!
うかつなカエルは、彼女に絶対やってはいけない事をしでかしてしまった。
彼女の対セクハラ自動反撃スキルのスイッチが押されたのだ!
「どこ舐めてんのよ!」
舌を持ち反対側の地面にカエルを思いっきり叩きつけ、更に舌を持ったまま空中でモンスターガエルの身体を回転させて、もう一度地面に叩きつけた。
バーン! クルクル バーン! である。
クルクル回転させた時は、まるでヘリコプターのようにアルクルミの身体が浮いたほどだ。
ただ、力いっぱい叩きつけた先は実は地面ではなく、キスチスを飲み込もうとしていた魚だったのである。
ハアハア、と立つ少女の目の前には、カクンとなった二体のモンスターがいる。
それは近くの洞窟から出てきたカエル型モンスターの〝とんねるケロケロ〟と、この池に住む魚型モンスターの〝たんすいコイコイ〟だ。
カクンとなったモンスターの口から、ポカーンとしたキスチスを助け出す。
「大丈夫、キス」
「ハイ、ダイジョウブテゴザイマス」
何故かキスチスが敬語になっていた、キスと呼ぶなのつっこみもない。
「やっぱすげえわ、アルのスキルは。電光石火だもんな」
二人は獲物のモンスターをそれぞれお肉と切り身に捌いている。
「そうかなあ、セクハラされた時にしか発動しないのよこれ。今回も運が良かったのか悪かったのか……うえ、べちょべちょで泣きたいんだけど」
「うん、だからやっぱり町のオヤジ共を討伐しようぜ!」
そして思い出したのか、キスチスが片手で捌いている途中の魚をペシペシ叩いて文句を言った。
「それとな、アル。私は食べても美味しいからな! お腹壊さないからな!」
「そこ気にする事なの?」
「この魚、私を飲み込もうとしながらアルの言葉聞いて、ちょっと食べるのやめようかと思ったんだぜ、腹立つよな」
その日、町の肉屋と魚屋には、夕食用のカエルのお肉と魚の刺身が並んだのは言うまでもない。
第2話 「お魚屋さんと討伐に行こう」を読んで頂いてありがとうございました。
次回から第3話です。アルクルミが服屋で酷い目に遭ったり、キスチスのポンコツ作戦のお話です。
次回 第3話 「キスリンゴの木とポンコツキスチス」