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その15 ケバブ屋サクサク


 マリースマルから肉切り包丁を受け取ったサクサクは、じりじりとモンスターに近づいていく。


 その姿から謎の気迫のオーラが滲み出ていて、モンスターもかなり危険視しているようだった。

 肉切り包丁をくるくる回すサクサクの様子は、まるでその得物を使い慣れている感じがした。


 モンスター〝まっどなブッチャー〟が一歩引いた瞬間だ、サクサクが猛然と攻撃に移行したのだ!


 それはレイピアの時とはまるで戦い方が違う、くるくる回りながら包丁を振り回しモンスターの身体を切り刻んでいく。その攻撃にモンスターはなすすべがない。


「高校の時、ケバブ屋さんでバイトしてたからね! お肉を切るのはお茶の子さいさい! モンスターを回せないから自分が回るのがめんどくさいけどね!」


 まさか肉を切る達人がこんな間近にいたなんて! お肉屋協会の新戦力の予感である。

 サクサクは回転しながらモンスターを切り刻む。


「私がバイトしてた店は売り上げナンバーワン! そしてその記録を叩きだしたのが、このサクサクちゃんバイト店員なのだよ! さー刻むぞ! 売るぞ! いらっしゃいませー!」


 彼女の謎の気迫は『さー売りまくるぞ!』というバイト時代の気迫だったのだ!


 怪物は完全に翻弄されていた、右のわき腹をえぐられたモンスターが右側に攻撃を集中した時には、サクサクは既に左側にいるのだ。前をやられて前を攻撃した時には後ろにいる。


 手にした武器を右に払おうが左に払おうがどこを攻撃しても、サクサクにはかすりもしないのだ。

 かといってモンスター自身が回転してしまえば、前後左右隙が無く効果的だと思えるだろうか、しかしこれはケバブの罠なのだ。


 お肉が回転すれば、店員さんは作業がやり易くなるのである。

 ケバブ屋店員・サクサクの攻撃は凄まじく圧倒的だった、この化物が手も足も出ないのだ!


 凄い凄い! サクサク凄い!

 勝てる! これなら勝てる――!


 皆が勝利を確信した時、サクサク店員に異変が起こった。


「うーい、回り過ぎて酔いもまわってきた~目が回る~。ごめんなさい店長~サクサク早退します~」


 店長って誰よ――!

 ぐるぐる目玉で倒れそうになるサクサクを近くにいたマリースマルが慌てて支えたのを、怪物は好機と見て逃さず即攻撃に入る。


 モンスターが武器を横に払った!


 サクサクがマリースマルを庇おうとして避けきれず、二人一緒に吹き飛んでいく。

 幸い肉切り包丁ではなくハンマーだったようで、真っ二つにならなかったようである。


「サクサク! マリー!」


 一瞬にして仲間二人が退場である。


 怪物は気絶したらしい二人を無視して、まだ動けるアルクルミとキスチスの方に迫ってきていた。

 全部捕獲する気なのだ。


 なんという強さの怪物だろうか。目を回したとはいえ、全力のサクサクがきっちり止めを刺せなかったのだ。魔族でも危険視しているというだけあって、とんでもない化物だ。


 どうしよう、気絶した皆を置いて逃げるわけにはいかない……尤もネムネム教信者の約一名は爆睡してるだけだけど。

 残ったのは自分とキスチスだけ、なんとか生き延びる方法は無いのかと、アルクルミが必死に考えていた時である。


「おいお前! ここはお前みたいなバケモノがいていい場所じゃない、バランスというものを考えろ! さっさと帰るのじゃ!」


 アルクルミたちと怪物の前に立ったのは、銀髪の少女である。

 強い風がその銀色の髪を舞い上がらせ、その後姿はどこか神々しく威圧感があった。


「何でまおちゃん生きてるの? もしかして幽霊? 私とうとう見ちゃったの?」


 アルクルミは違う意味でパニックになっていた。


 モンスターは巨大な肉切り包丁を振り上げると、一気に目の前の銀髪の少女に振り下ろした!


『ズバアアアアアアアアン』


 一撃である。

 巨大包丁は、立っている少女の脳天から真っ二つにするように炸裂したのだ。


「あああああああ!」


 絶望の叫び声を上げたアルクルミの目から涙が溢れる。


 ま、まおちゃんが――――!


 今目の前で目撃した一撃は確実に死を意味するものだった。


 今度こそまおちゃんが死んじゃった! もうだめだよ、こんなバケモノと戦えるわけないよ!



 銀髪の少女への強烈な一撃を見舞ったモンスターの包丁。

 それは彼女を確実に真っ二つにしたかと思われた。


 しかし包丁が折れた。

 折れた包丁はクルクル回りながら遥か上空に飛んで行った。


「何をしたいのだお前。わらわの頭をナデナデしたいのか?」


 銀髪の少女は何事も無かったかのように立っている。確実に死んだはずの彼女は、さっきまでと何も変わらずそこにいた。

 アルクルミの目はまん丸になって、彼女をみつめている。


 なんでまおちゃん生きてるの――――?


 何故あれで無事なのかがサッパリわからない。あんな巨大な包丁が炸裂して平気なのは岩か金属の塊くらいなものだ。

 身体が丈夫だとこの前彼女は言ったのだが、丈夫の範疇ではないはずだ、もしかしてこの子は金属の塊だったのだろうか。


 だが、この金属ちゃんは攻撃力はサッパリなようで、怪物に簡単に捕まるとぶん投げられて地面に深々と突き刺さってしまった。


『ビ――ン』


 穴から突き出た彼女の足が振動している。


「で、でられん」


 た、助けなきゃ!


 だが怪物はアルクルミの前に立ち塞がった。

 動ける者を先に仕留め、入手する肉の量を多く確保するつもりなのだろう。肉に関してはプロフェッショナルなのだ。


「キスは逃げて、私が食い止めてる間に全力で町まで逃げて」

「ア、アル何言って」


「町まで行って、カレンとみのりんを連れて来て。武闘大会優勝者のみのりんなら、こんなやつ小指で捻り潰せるはずだから」

「食い止めるのなら私が」


「キスの方が足が速いでしょ、こういう時は男の子(ぢから)を発揮してよ」

「くそ、突っ込まないぞ」


 キスチスはまじまじとアルクルミを見ている。肉屋の娘の目から彼女が本気だという事が伝わりキスチスは踵を返した。


「アル、死ぬなよ! 絶対にすぐに戻ってくるからな!」


 アルクルミは振り返らない、もしかしたら、いや確実にこれが幼馴染との最後のお別れなのだから……

 振り返ってその姿を見たら、間違いなく泣いてしまうからだ。


「さようならキス。今まで一緒にいてくれてありがとう……キスと出会えて本当に良かった」


「ただいま~」

「お帰りなさ……ええ?」


 いつの間にかキスチスが帰って来ていたのだ。


「何で戻ってきちゃったのよ! なんだかしんみりいい感じだったのに!」

「あはは、町まで帰るのはどうやらダメみたいだ、もう逃げられないよ。退路も絶たれた」


 キスチスの言葉に驚いて後ろを確認すると、なんと自分たちの後ろにもう一体の〝まっどなブッチャー〟がいるのだ。

 まさか二体いたなんて――!


 それは全ての希望が失われた瞬間だった。


 目の前の怪物が、巨大なハンマーを振りかざして近づいてくる。

 口元はニヤニヤと笑みでも浮かべているように見える、それは勝利を確信している笑みだった。


 もうだめかな、あんなハンマーを避けられるわけがないよ。

 私が避けたら、キスが潰れる。


 ハンマーじゃ私のスカートが切れて、スキル発動なんて起こるわけもないし。

 スカートもろともペチャンコのミンチのお肉になるだけだ。


 みんなでお肉にされちゃうんだね、ミンチだからハンバーグかな? かけるソースはなんだろう、せめて美味しく食べてもらえるのだろうか。


 ああ、もう奇跡は起こらないんだ――


 次回 「奇跡よ起これ――!」


 アルクルミ、スイッチを……

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