その12 やっぱりお肉の仕入れになった
少女は自分の父親が、コロッケパンの屋台でぶっ飛ばされた話を楽しそうに語っている。
なんだろう……このエピソード……凄い親近感があるんだけど、最近見た夢かな。
アルクルミはまだ現実逃避していた。
「私はお母さんと別のお店を覗いててよく見てないんだけどさ、屋台の店員ですら冒険者並に強いなんて、さすが冒険者の町よね。世界最強の屋台っ娘だよ」
「あはは。町娘がそんな強いわけないし、きっと冒険者の子がアルバイトをしてたんだよ。冒険者の町の普通の子は、か弱い可憐な女の子しかいないよ」
「そうなのかもね。お父さんは酔ってるから、女の子という以外誰にやられたのか顔もよく覚えていないらしくて、リボンが一杯付いた凄く可愛いピンクの店員服だったって」
「ごめんなさい」
アルクルミは店の奥にいる店主に向くと、ぺこりと頭を下げた。ついでに罪をなすりつけた冒険者の女の子にも、心の中で頭を下げた。
「どうしてあなたが謝ってるの?」
「ああ、ほら、私は冒険者の町からの観光客だから、町の代表としてあはははは」
「あなた冒険者の町の人なんだ」
「冒険者の町で肉屋やってます」
「へー同業者なんだね! じゃ、知ってる? コロッケパンの屋台の子がどんな子なのか」
「そんな恐ろしい屋台の話は聞いた事もありません」
店内で商品棚を興味深そうに見てまわっていたミカルミカが近づいてきた。
「私はネムネムの町のお肉屋さんなのですー。ここにはお肉屋さんの娘が三人揃いました」
「へー奇遇だねえ。冒険者の町にネムネムの町のお肉屋さんかー」
ありがとうミカちゃん、話をコロッケパンの屋台から逸らしてくれた!
「私もそのコロッケパンにとても興味を示したのですー」
全然逸らしてくれてなかった!
「きっと、このコロッケをパンに挟んだものだよミカちゃん。それよりも肉屋の娘が三人も揃ったんだよ、これはお肉屋協会が増強されたんじゃないかな」
「そう言われてみればそうなのです。コロッケパンどころの話じゃないのです、協会は日々発展していくのです」
「お肉屋協会って何? 私も入りたい」
よし、逸らした!
「わらわもコロッケパンに興味津々なのじゃ」
また戻された!
美味しい食べ物の話と聞いて磁石に引き寄せられるように、スーっと銀髪の少女がこちらに移動してきたのだ。
「なんとかコロッケパンとやらの情報を集めないと、胃の辺りがグーグー落ち着かないのじゃ」
それお腹減ってるだけなんじゃないかな、まおちゃん。
アルクルミはもう一個コロッケもどきを買うと、銀髪の少女の口の中に突っ込んだ。
「もがああああ」
よし、口を塞いだ、これで完璧だ。〝おやつを食べてる子に口無し〟である。
「それでじゃなアルクル」
まおちゃん、速攻で食べちゃった! も、もう一個!
「ごめんなさい、さっきので売り切れちゃった、今お母さんが追加で揚げてるから待っててね」
だめだ万事休すか――
「わらわの里にも肉屋があって、機会があったらそこの娘も、そのお肉屋協会とやらに混ぜてやってくれんか。変なヤツじゃがな」
「大歓迎だよ」
「私も歓迎するのです」
無事に話はお肉屋協会へと変わったのであった。恐らくコロッケもどきの美味しさで、銀髪の少女が何を話していたのか忘れたかららしい。
しかし、銀髪の少女はもっと違う方向に話を持って行った。
「ところで、カンニバルはどこにおるのじゃ? わらわたちは悪のモンスターを退治に来たんじゃが」
カンニバルの言葉に言った本人とアルクルミ、ミカルミカがぶるぶる震え、この店の女の子も少し寒気を覚えたようだ。
「まおちゃん、ここは普通のお店だと思うから、もうその話はいいんじゃないかな」
「そうか? モンスター退治したかったんじゃがなあ、残念」
薄々気がついてたんだけど、カンニバルはカーニバルの間違い。たった一文字違いでこんなに恐ろしくなるとは……
アルクルミは腕の鳥肌をさする。
さてと、そろそろ帰ろうかな。
何も商品が無いお店にいると、あんまりいい事が起こらない記憶があるし。なんとなくだけど〝もう帰れ〟と心のどこかで信号が点滅している気がするのだ。
肉屋の怪物もとい、この店の店主が口を開いたのはその時だ、アルクルミは逃げ遅れたのかも知れない。
「よしマリー、売る商品が無いからお前ちょっと町の外に出かけて行って、モンスターを倒して肉の仕入れをしてきてくれ」
デジャブかな?
何故肉屋の店主は、娘と見るとモンスター退治の仕入れに行かせようとするのか。
肉屋をやると頭がおかしくなるのか、そもそも頭がおかしい人が肉屋をやるのか、謎なのだ。
「何を言ってるの? 私は普通の町の娘で冒険者でも何でもないんだけど、モンスターを倒して来いって本気で言ってるの?」
「そうだけど?」
ポカンとした娘にポカンとしたオヤジが答える。
「私は今、デジャブを感じているのです」
「ミカちゃん私もだよ」
肉屋の店主は、絶対に鬼畜親父協会を設立しているに違いない。裏で陰謀が渦巻いているのだ。
ここはやはり娘たちも、同盟なり協会なり組んで対抗する必要がありそうである。
「お肉屋協会の真の敵がわかった気がするのです」
「ミカちゃん私もだよ」
「あんたたちモンスター退治を請け負ってくれるんだろ? ちょっと娘と行ってきてくれ」
「よいぞ、わらわたちに任せておけ」
あーまた、まおちゃんが安請け合いしてる。〝たち〟ってやっぱり私とミカちゃんもその中に放り込まれてるんだよね。
「あなたたちは冒険者じゃないんだよね?」
「はいお肉屋協会です」
心配そうに、マリーと呼ばれたこの店の少女がミカルミカに尋ねている。
「それでもいいや、一緒に行ってくれるととても助かるから。私はマリースマル・ル・グ・ブランシェット・グランチネタ。マリーって呼んでね」
「私はミカルミカ・アイノ・イルクル・カルタイエンなのです。ミカちゃんって呼んで下さい」
「私はアルクルミ、この子はまおちゃん、えーと私のフルネームは――」
「では早速行くぞ! アルクル! ミカミカ! マリマリ! パーティ結成じゃ、わらわに続け!」
またフルネームを言い損なった。まおちゃんはパーティ組むのが本当に好きそう。
「待ってまおちゃん!」
結局このカーニバルの町でも、お肉仕入れに出撃する事になってしまった。
こうなったらアルクルミはもうひたすら願うだけである。
どうか凶悪モンスターが出ませんように――!
次回 「出ちゃった凶悪モンスター」
魚屋の娘キスチス、お肉屋協会に巻き込まれる




