その5 たこ焼きを獲りに行こう!
「ごめんなお姉ちゃん、タコは売り切れなんだわ。なんせこのお祭り騒ぎだろ? 町のあらゆる食材が品薄になっちまって、うちの店でも売れ残ってるのはキスだけなんだよ、買ってくかい?」
そう言ったのは商店街を探して見つけた魚屋の店主である。
「タ、タコが、タコが品切れだ……と」
サクサクはそこまで絶望しなくてもいいだろうと言うくらいに、へなへなと店の前に座り込んだ。彼女の目に光がない。
まるで彼女自身がタコになったみたいである。
『たこ焼きが無いのなら、作ってしまおうホトトギス』
そう言ったサクサクとタコを買いに来たのだ。
「なあアル、ホトトギスって何だ」
「そんな事よりキスが売れ残りだって、一大事じゃないの。男の子みたいに振舞ってるから売れ残っちゃうのよ、どうするのこれ」
「私と関係ないだろ! 将来の暗示? うああ、おかしな事言うなよ」
「キスは何だかんだいっても、純白の花嫁さんを夢見てるもんね」
「うるさいな、いいだろ別に」
「よし! 決めた!」
呆けていたサクサクが突然立ち上がり叫んだ。それはキラキラと光に満ちて、新たな決意に燃えた目である。
「タコが売り切れなら――」
サクサクがここまで言いかけた所でキスチスが逃亡、即座にそれを捕まえて小脇に抱えるサクサク。
「なんだよ、放せよサクサク。何で捕まえるんだよ」
「逃げるものは本能で捕まえてしまうんだよ、動くものに敏感なんだね」
「野生のクマか!」
「ええー、どうせなら好奇心旺盛な子猫ちゃんと言って欲しいかな」
「どうせあれだろ? タコが売り切れなら、タコを取りに行こうって言うんだろ? わかってんだよ、前回で学習してるんだ」
「その手があったか! さすがのサクサクちゃん十七歳も、そこまで考えが及びませんでした!」
「ほへ?」
「いやー、タコが売り切れなら、魚のキスの天ぷらでもいいかなーっと思ったんだけど、やっぱり初志貫徹だね! キスチスちゃん偉い!」
サクサクはキスチスを小脇に抱えたまま、新たな決意をしているようだ。
「ああもう、キスが余計な事言うからサクサクがその気になっちゃったじゃないの」
「ええー、私やらかしたのか」
「それはそうとオッチャン、そのキス全部ちょーだい」
「へいまいどあり!」
サクサクは売れ残りのキスの代金を支払うと、受け取った包みを仕舞いこむ。
「なあサクサク、何でキスも買ったんだ?」
「キスの天ぷらにする為に決まってるじゃないの。タコはタコ、キスはキス、当然でしょ」
「もう、天ぷらで満足しとけよおお」
「お、タコの天ぷらもいいね! それも加えよう!」
「良かったねキス、売れ残りじゃなくなったよ」
「そうか、純白の花嫁さんいけるか。いやそうじゃないだろ、アルも行くんだぞわかってるのか?」
「私はもう半分諦めてたし、こうなるんだろうなって予想してたからね」
そう、この三人の娘たちを注意深く見ていた人がいたら気付けただろう。
今のアルクルミの目には光が無いのだ。
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そして現在、アルクルミ、キスチス、サクサクの三人は近くの海に来ているのである。
海風が三人の髪をなびかせた。
「どうしてこうなった」
呟いたのはアルクルミではなく、今回はキスチスだったのだ。
「なあサクサク。勝手にタコを獲るのはまずいんじゃないのか、漁業権とかあるし」
「キスチスちゃんはいいところに気が付いた! でも大丈夫、このパンフレットによると、この海はタコの漁場になってるけどタコ型のモンスターも出るんだよ」
町に着くなり色々集めていたパンフレットの一枚なのだろう。
「というわけで獲るのはタコのモンスターだからね、喜ばれても怒られる心配はナッシングなんだよ。ねえアルクルミちゃん!」
「うん、そうなると思ってた」
「さあ、じゃあまかせたよキスチスちゃん」
「ええ? 私はまた何をまかされたんだ?」
「うん、そうなると思ってた」
「おいアル。お前死んだ目になってるぞ」
「うん、そうだと思ってた」
「魚を獲るのは魚屋の仕事でしょ、タコも魚、そしてお酒の肴。タコをおびき出すの頑張っていってみよう!」
「魚屋は魚を売るのが仕事だ」
「もう諦めようキス、前回と同じだよ。さっさとサクサクの隣にいるタコモンスターを獲って帰ろう」
アルクルミの言葉にギョっとしたキスチスは、サクサクが寄りかかっている物体を見た。
そのアルクルミ自身も、自分の言葉にびっくりして同じ物体を凝視している。
「サクサク、出ちゃってる。タコ出ちゃってる」
「え? 私また何か出しちゃった? 手品師かな?」
サクサクが自分のスカートの後ろを振り向いた時、彼女の頭があった空間を触手が握り締めた。
「あれー? これ岩じゃなかったんだ、道理で柔らかいと思ったよ。勘違いしちゃった、てへ!」
『ブ――――!』
胴体がクマくらいの大きさがあるタコモンスター〝うみべのタコタコ〟が墨を吐いた音である。
アルクルミはさっと避けたが、避けそこなったキスチスはもろに被ってしまった。まっくろキスチスの完成である。
危なかった、お気に入りの服が墨で汚れてしまう所だったのだ。
「くっそ! お約束の攻撃してきやがって! ま、前が見えない」
アルクルミは目をごしごし擦っているキスチスを掴んで後退させる。
肉屋と魚屋の仕事はここまでだ。
おびき寄せた以上は、モンスターとの戦闘は本職の冒険者、サクサクに任せておけばいいのである。
余計な事は考えない、余計な事を考えると必ずそうなるから考えない。
このタコはサクサクが仕留めるに違いない!
アルクルミはそう硬く信じ込むのだった。信じるものは救われるはずだ。
次回 「タコVSアルクルミ!」
アルクルミ、タコに半泣き




