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その1 魚屋の子も幼馴染の女の子


「そっちも大変ねえ、キス」


 ここは冒険者の町。町の中を流れる川の一つで釣り糸を垂れる少女と、傍らに立って見物している少女の二人組がいる。


「全くだよ」


 文句を言いながら釣りをしている少女はキスチス。

 フルネームは『ド・ル・コラコリエン・フォン・キスチス』この町で代々続く魚屋の娘だ。


 河原に立っている傍らの少女はアルクルミ。肉屋の娘である。

 え? 私のフルネームは? とでも言いたそうに何故か涙目になった肉屋の娘と、幼馴染の魚屋の娘は互いに父親の文句を言っている最中なのだ。


 川を流れる風が気持ちいい、二人の少女の栗色のショートと赤色のポニーテールを爽やかに揺らしている。


 アルクルミの赤い髪のポニーテールに対して、キスチスは栗色のショートヘアでラフな上着にショートパンツ、一見すると男の子のようだが女の子だ。


「今日は業者のオッチャンが来なかったから売る魚がねえ、捕って来いって。娘が釣ってきた魚を店に五、六尾並べたって、それが何の商売になるってんだよ全く。あと、キスって呼ぶなアル」


「なんで? キスチスって言いにくいからキスでいいよね。そっちもアルって呼んでるし」

「キ、キ、キ、キスとか恥ずかしいんだよふざけんな」


 幼馴染同士互いに十六歳、普段男の子みたいな振る舞いのキスでもそういうの気にするんだ、とニヤリと笑ったアルクルミを見てキスチスは慌てた。


「何か嫌な笑いだぞそれ、あーやめやめ、今日はこれで終了だ」 


 顔を真っ赤にして竿を引き上げるキスチス。


「えー? まだあんまり釣ってないじゃん」

「四尾釣った、あと一尾くらい釣ったって大して変わんねえよ」


 釣り道具を片付けると二人は土手を上がって橋の方に歩き始める。アルクルミはおつかいに行った帰り、橋を渡っている時にキスチスを見つけて話しかけたのだ。


 今朝、商店街の清掃当番をキスチスがサボったせいで、アルクルミが一人でやるハメになったのに対して文句を言うつもりだった。


 だが、キスチスがぐったりと溜息交じりで釣りをしていたので、互いに父親に対する文句に摩り替わったというわけである。


「でもそっちはいいよねえ、町の中で釣れるから」

「うーん、外行ってモンスター倒して肉取って来いってのは、うちの親父とはムチャ度が違うなあ。肉屋のオッチャン、常時酔っ払ってんじゃねーの?」


 この肉屋の娘も、魚屋の娘も、町の普通の娘さんで冒険者でもなんでもないのだ。

 魚屋からも無茶だと言われてる父親に、思わずため息をつくアルクルミ。


「カレンがいんじゃん、あいつに頼めば? あいつなら肉の仕入れなら何が何でも付いてくるだろ」

「それが……最近カレンは忙しいみたいで、あんまり邪魔をしたくないのよね」


 話題に上がったカレンは互いの幼馴染、この町で冒険者をやっている少女だ。

 アルクルミはニヘと笑うカレンを思い出す。


 この前はカレンに頼んで無事ミッションクリアしたが、最近カレンは知り合った転生者とパーティを組んで、その子の経験値稼ぎを手伝っているみたいだという事。


 カレンのスキルは一日一回程度しか使えないので、自分の頼み事で邪魔はできないと遠慮している事。

 その為かカレンが持ち込むお肉が最近減っているらしく、自分の父親が嘆いていた事。


 その転生者ってどんな子なんだろうなあ、とアルクルミは考える。


 最近はカレンがお肉を持ち込んで来る時、アルクルミも用事で居ない事ばかりでまだ会った事がないのだ。実は何回かニアミスがあるのだが彼女は知らない。


「じゃ、他の冒険者に頼むとか?」


 キスチスが思いにふけっているアルクルミを覗き込んで尋ねた。


「冒険の帰りがけに、ついでに倒したモンスターのお肉を持ってきてくれる冒険者は今まで通りいるよ。でもわざわざ売る為にお肉を取りに行く冒険者が最近少ないのよね。クエスト依頼なんかしたら、クエスト料も取られて商売上がったりだってお父さんが言ってるし」


「魚屋からしたら、ついでに魚を持ってきてくれる冒険者なんていないから、羨ましい話なんだけどな。釣り好きの爺さんが、たまにドヤ顔で見せびらかしにくるけど」


「へー楽しそう」


「楽しくねえよ、見せびらかすだけ見せたら何も買わずに帰るし、褒めないと褒めるまで居座るし、人の足見てエロい事言うし、ろんなもんじゃねえぞあの爺さん」


 若い娘がいる店にはセクハラ客がやってくる、この町の伝統なのである。


 話しながら歩いているうちに町の商業区に入り、商店街の互いの分かれ道に来た。


「んじゃ、またなアル」

「うん、さよならキス」


 カドを曲がって魚屋に歩いていくキスチスを見送って、アルクルミも自分の店に帰ろうとした時に呼び止められた。


「アル! 今度肉の仕入れに行く時は私が一緒に手伝ってやるよ! あとキスって呼ぶな」

「うんありがとうキス!」



「ただいま~」

「お帰りアルクルミちゃん、今日も可愛いねえ」


 店に帰ったアルクルミを出迎えたのは父親ではなく、客の手だ。


 あろう事か客のオッサンがアルクルミのお尻を挨拶代わりに撫でたのだ。

 即座にアルクルミのスキルが発動して反撃、その客を腕ひしぎ十字固めで仕留めた。ペロンの代償は大きいのである。


 アルクルミはセクハラを受けると、身体が即座に反応して反撃に出る専守防衛スキルの持ち主なのだ。

 セクハラオヤジ退治にはバツグンのスキルだが、冒険には使えない為に冒険者はできないでいる。


 キメられたオヤジは『今日も効いた~、身体が軽くなった!』と、謝るアルクルミに手を振り、買った肉をぶら下げてホクホク顔で帰って行った。


 と、今度は『今日も綺麗な足だねー』と、彼女の正面からパタパタと団扇で膝上スカートを扇いでいる客がいる。


 すかさず、かかと落としで肉の仕入れに来ていたその串焼き屋の店主を仕留め、かかと落としの際にスカートの中を見た客に、掌底を食らわせて見た記憶を飛ばした。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「ありがとうアルクルミちゃん、首がずれてたのが治った!」

「俺も嫌な思い出が吹き飛んだわ! 今朝カーチャンに何か頼まれた気がするけど、見事に吹き飛んでスッキリ!」


 慌てて謝るアルクルミに、スキルを食らったオヤジ共は何故か満足そうに肉を抱えて笑顔で帰っていく。


 ああ、奥さんの用事は思い出した方が良かったのではないだろうか。


 オロオロしていると、店の奥から出てきた肉屋の店主(父親)が娘に向かってまたとんでもない事を言い出したのである。


「おう帰ったかアル、在庫が切れたから、お前ちょっと森へ行って肉を仕入れて来い」

「ええーまた? またなの?」


 最近私は犠牲者スキルを持ち始めてやしないか……


 アルクルミの最大の懸念である。


 次回 「町の外で魚を釣ってみよう」


 アルクルミ、結局釣りじゃん、と呆れる

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