その9 激闘! 牛モンスター!
アルクルミたちに迫るモンスターの一群。
それは四十数体はいただろうか、普通の娘からしたら絶望すべき圧倒的大軍なのだ。
あんなものに突撃されたら、全員この草原の草の糧となってしまう。
「まおちゃん! ミカちゃん! 早く逃げよう!」
先頭の銀髪少女に声をかけ、振り向いてミカルミカの手を取ろうとしたアルクルミだが、その手は何も掴む事はできなかった。
何故なら、ミカルミカは草原に寝ていたからだ。
「何してるのミカちゃん! 早く逃げないとモンスターが!」
「これはネムネム教の教えなのです、私はこういう時は教義に従うしかないのです」
「その教義って?」
「ずばり! 〝寝る〟なのです」
ええええ、そんなのありえない、モンスターが迫っているのに寝る? 観念したという事だろうか。
「何かが起こった時、辛い事、悲しい事、楽しい事。そのような時は寝るのです、危険が迫っていようが寝るのです。寝ている間に全て解決していたら儲けものなのです」
なるほど、冒険者にはこの宗教は受け入れられないはずだわ……それにしても楽しい事まで寝てスルーしてたら勿体無くはないか、
アルクルミはどうでもいい事を心の中でつっこむ。
「来たぞ! お主たちはわらわから少し離れておれ、巻き添えを食わないようにしろよ」
「え!?」
まおちゃんの言葉に思わずその少女を見ると、今まさに牛モンスターの突撃を食らう瞬間だったのだ!
もの凄い勢いで牛の体当たりを食らった銀髪の少女は、そのまま高速で吹っ飛んで盛り上がった丘に突き刺さった。
『ビ――――ン!』と少女の足が振動している。
これはダメなやつだ!
死んじゃった――まおちゃんが死んじゃった――!
アルクルミはその惨状を見つめたまま動けない……どうするべきか、ミカちゃんを抱いて逃げるべきか……
そんな事を考えていると、まおちゃんが『ボコッ』と穴から出て歩いてきた。
え――何で生きてるの――?
アルクルミが驚いている間に二体目の突撃を食らった銀髪少女は、再び丘に吹っ飛び先ほどの穴の横にもう一個の穴を開けた。
『ビ――――ン!』
今度こそまおちゃん死んだ――!
「待て待てそう焦るな、順番じゃ! お前ら一列に並べ! お一人様一回のみじゃぞ!」
再び穴から出て来た銀髪の少女の言葉に〝のっぱらモーモー〟は綺麗に一列に並ぶ、まさかの突撃順番待ちだ。
アルクルミにはもう何がなんだかわからない。
目の前で一体何が起きているのか、彼女の理解の範疇を超えてしまっているのだ。
ふとミカルミカを見下ろすと、彼女は『すぴー』と鼻ちょうちんを膨らませている、この状況で全力で寝ているとは凄い。
『もう食べられない』なんてベッタベタな寝言まで垂れ流す始末、ネムネム教恐るべし。
これは自分も寝てしまった方がいいのだろうか。
アルクルミがアホ面で寝ているミカルミカを見ながら真剣に考えている後ろでは、銀髪少女が吹っ飛ばされては復活し、また吹っ飛ばされるのを繰り返している。
どのくらいの時間が経過しただろうか、彼女がおろおろしているとまおちゃんの声が聞こえた。
「ようやく終わったか、やれやれモンスターの相手も疲れるのう」
その声に振り向くと、もう一体の〝のっぱらモーモー〟が銀髪の少女を狙っているのが見える。
「まおちゃんまだいる!」
「しょうがないやつじゃな。おいお前! お前は一番最初のやつだろ、覚えとるぞ! 並び直したじゃろ、一回のみと言ったのにズルはいかんぞズルは!」
だがモンスターは全力で体当たりだ!
まおちゃんは恐ろしい速度で吹き飛び丘に深々と突き刺さってしまった、深く潜って足しか見えない。
「デ……デラレン」
まおちゃんのかすかな声にアルクルミが慌てて救援に行き、少女の足首を掴んで引っ張り出そうとする。
モンスターは三回目の体当たりをしようと寄って来るが、アルクルミが邪魔でまおちゃんを確認できないようで、イライラしたそぶりを見せたかと思うと、アルクルミにそこをどけとばかりに四つん這いで救助中の彼女のお尻を頭の角でつつき始めた。
角がお尻に当たった瞬間。
顔を真っ赤にしたアルクルミが牛の角を手刀で叩き折り、牛に正面から抱きついてサバ折りした後に、牛を抱え込むとまおちゃんが開けた丘の穴に深々と突き刺してしまった。
ポキン! ポキン! ズドン! である。
「それは絶対やっちゃダメなやつ!」
アルクルミのセクハラ反撃スキルを食らったモンスターは、丘に突き刺さったままカクンとなったのである。
「大丈夫なの? まおちゃん」
「わらわは大丈夫じゃぞ。言ったろ丈夫なのが取り得だと」
丘から掘り出された銀髪の少女は、傷一つ無くケロリとした顔で言う。
丈夫の範疇を超えているのだけど……モンスター四十体以上に体当たりされて平気なのが意味がわからない。
アルクルミは頭痛がしてきた、それにしてもモンスターがまおちゃんのみを目標にしていた理由もわからない。
寝ているミカルミカなんて眼中になし、アルクルミ自身も完全に邪魔物扱いだったのだ。
「モンスター共はわらわを見るといつもああじゃぞ? とにかく力一杯わらわの胸に飛び込んでこんと気がすまないらしい。可愛いもんじゃのう」
「胸に飛び込むってレベルじゃなかったわよね……それにあれ可愛い、のかな」
とにかくいつまでもこんな所でのんびりなんかしていられない、カクンとなっている牛を掘り出し、ミカルミカを起こす事に。
「んあ? お母さんおはようございます、ふああ」
「お母さんではありません」
「もう朝になったんですね」
「ずっとお昼のままです」
この子やはり本気で寝ていたな……アルクルミはついジト目でミカルミカを見てしまった。
その当の本人はというと。
「うわあ! すごいのです! 寝ている間にモンスターもいなくなって、お肉の仕入れも完了しています! やっぱりネムネム教の教えは最強なのです!」
「なんだか、ネムネム教に入りたくなってきた……」
モンスターをお肉に解体しながらのアルクルミの呟きは、幸いにもネムネム教信者には聞こえなかったようだ。
勧誘されても困るのだ。
さて、モンスター一体分のお肉ができたはいいが、これを娘っ子三人でどうやって運ぼうか。
袋は全部で五袋もあったのだ。
「よし! 私はもう一度寝るのです。寝れば解決、教義を信じるものは救われるのです」
「解決しないから!」
寝るのを阻止されたミカルミカは、ちょうど通りかかった冒険者のパーティにお肉を店まで運んで欲しいとお願いしている。
「何で俺たちが……?」
と、当初は拒んでいた彼らだったが、ミカルミカの幼女のお願い攻撃に最終的にはメロメロになって嬉々としてお肉を運んでくれた。
「私は〝可愛い〟でこの世の中を押し切って行くのです」
ミカルミカの言葉である。
これもある意味スキルなんだろうな……とアルクルミは苦笑した後に『ハッ』となる。
わざわざ自分たちが来なくても、ミカルミカが冒険者を捕まえて『お肉を取ってきて』とお願い攻撃すればよかっただけなんじゃ……
疲れた……
アルクルミは肩をガックリと落として、ネムネムの町への帰路につく。
「この子を冒険者の町に連れて帰って、うちの店で雇えたらいいのに」
次回 「旅行はやっぱりお土産コーナー」
アルクルミ、ネムネム教の経典を売りつけられそうになる




