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その4 温泉なのにカニが無いだ……と!


「おはようみんな」


 次の日の朝、アルクルミが起きて挨拶すると、隣に寝ていたキスチスも目覚めたようだ。


 昨夜は一つのベッドでアルクルミとキスチスが眠っていたのだ。

 ちょっと寝覚めがあまりよくない、キスチスではクマ太郎の代わりは務まらなかったか。モフモフ感が足らなかったみたいだ。


「んーここどこだ? ああーそうだ、私ジャガイモを潰さなきゃ……」


 キスチスが寝ぼけておかしな事を言っているが、彼女は毎日毎日肉屋でジャガイモ潰しにこき使われているので、夢の中でも潰していたのだろう。

 実に仕事熱心な職人さんなのである。



「おんせん、おんせん、おんせーん♪」


 カレンたちへのおはようの挨拶も早々に、アルクルミはキスチスと一緒に、飛び起きたサクサクによって宿屋の廊下を引きずられていた。


「ねえサクサク、ご機嫌なのはわかるけど私歩くから、引きずるのはやめて。スカートがズレちゃうから」


 アルクルミのスカートが半分ずり落ちたのを、廊下を歩いていたオジサン客がうっかり見てにやけてしまう。

 即座にアルクルミのスキルが発動し、オジサンを両足で挟んで倒すと足を固めて関節を決めた。


「おお! 足が上がるようになった! 湯治でも中々直らなかった関節痛がこの通りだ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 関節を『ゴキッ』と鳴らして一瞬カクンとなったオジサンに、アルクルミは平謝りである。


「今のは〝かにばさみ〟だね! いやあ温泉はやっぱりカニ! 正解だよアルクルミちゃん!」

「え、せ、正解?」


 突然繰り出される自分のよくわからないスキルに、正解なんてあるのだろうか。

 サクサクに親指を立てられても彼女は困ってしまうのだ。


 温泉に入るとサクサクは更に上機嫌になった。


 昨夜このサクサクは、湯船に仰向けに浮かびながら酒瓶をラッパ飲みという、酒飲みなら皆が思い浮かべるであろう温泉の日常的な(と、アルクルミは思っている)シーンを繰り広げていた。


 でも今朝はさすがにそれは無いだろう。

 いくらサクサクでも朝からは飲まないはずだ、ゆっくり朝風呂に浸かって身体をほぐすのだ。


「うーい」


 この声にアルクルミは半分お湯に沈みかけた。

 サクサクが湯船に浮かんで飲んでいるのだ。


「な、なあアル。サクサクのやつ飲んでるぞ。というかどこから酒出したんだ、謎が深まるばかりだな」


「知らないわよ。ちょっとキス、サクサクにお酒飲まないように言って来て、あれじゃその内溺れちゃうから」


「やだよ、昨日アルは途中でカレンと泡風呂に行ったから知らないだろうけど、私はずっとサクサクに絡まれて酷い目にあってたんだからな」


「何されてたの」

「い、言いたくない」


「こらーキスチスちゃ~ん。こっちおいで~、来ないならこっちから行っちゃうけどね~」


 サクサクが器用にも、仰向けのままアルクルミとキスチスの所にスーイと流れてくる。


「ほらほらお酌してキスチスちゃん」

「昨日散々お酌しただろ。もう勘弁してくれよ」


「だーめ、お客さんの言う事を聞きなさい」

「私はここの従業員じゃないっての」


「いいからいいから、ほらコンパニオンさん、そこに正座して。早く早く」


「コンパニオンて何だよ、わ! 冷て! 何で私に酒をかけるんだよ。なあアルこいつなんとかしてくれよ、あれアルどこ行くんだよ、戻って来いアルー!」


 アルクルミは二人に笑顔を向けたままで、お湯の中を後方へとススーっと流れていった。

 彼女の流れていく先には、風力を利用した泡風呂があるのだ。


 泡風呂の音でアルクルミには、キスチスとサクサクのやりとりはもう聞こえない。

 ゆっくりと朝風呂で身体をほぐせるわけである。




****




「カニくださいな♪」


 お風呂から上がったサクサクが、女将を捕まえてカニを要求している。

 この人は昨夜もカニカニ言いながら酔って寝ていたのだ。


「すみませんお客さん、カニは切らしてしまいましてご提供できないんですよ」

「な、なんだと! 温泉なのにカニが無いだ……と!」


『バターン』


 これはサクサクが廊下に倒れた音である。


「だ、大丈夫ですかお客さん!」

「あーもう、サクサクほら立って」


「最近この町にお客様が大勢いらっしゃって、仕入れが追いつかないんですよ。近くに漁場はあるんですけどねえ」

「カニが無い……カニが無い……」


 サクサクはカニが無いくらいで、そんなに絶望しなくてもいいだろうという顔で青ざめている。


 やがてサクサクがゆらあと立ち上がった。何かを思いついた様子である。

 アルクルミは嫌な予感がして部屋に戻ろうとする、カレンたちに合流しようと考えたのだ。


 まずポケーっと放心状態だったキスチスがサクサクに捕まった。

 そしてキスチスを捕まえたまま、目をキラーンと光らせてアルクルミを見る。


「ひぃ!」


 身の危険を感じたアルクルミは、大慌てで泊まっている部屋のドアを開けて中に飛び込んだ。


「カレン! 大変! かくまっ……」


 しかし部屋はもぬけの殻だ!


 出かけてしまったのだろう、誰も残ってはいない。

 小さい時の、迷子になりそうになって慌てて母親の手を握ったら、知らないオバサンだった時の思い出に匹敵する絶望がそこにあった。


「アルクルミちゃん♪」


 肩に手をかけてくるサクサクは、小脇にキスチスを抱えていた。


「みんなで今からカニを取りに行こう!」


 やっぱりそうきたか……



「カニって勝手に取っちゃダメだと思うけど」

「大丈夫! 昨日買ったネムネムの町の温泉ガイドブックによると……」


 サクサクはいつの間にかそんなものを手に入れていたようだ。その下のもう一つの冊子の表紙には、ネムネムの酒めぐりなんて文字もある。


「カニの漁場になってる湖には、カニのモンスターも出るんだって! これを獲ってくれば無事解決だよ! いやーこの世界はよくできてる」


「私刺身包丁持って来てないぞ」

「わ、私も武装何にも持ってこなかった。温泉に入るだけのつもりだったし」


「大丈夫大丈夫、人生気にしちゃ負けなんだ。何も気にせずドーンと生きてこう」

「そこは気にしようよ」


 どうしてこうなった……


 温泉に入りに来たつもりが、いつの間にかカニを仕入れる事になっていた。


 次回 「カニカニ カニ騒動」


 キスチス、魚屋根性を見せる

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