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その3 最高の温泉で最低の事件


 馬車の旅二日目は、サクサクの『おんせーん!』の大きな寝言で始まった。


 どれだけ温泉が楽しみなんだろうかこの人は……

 アルクルミは思わず苦笑するが、彼女とて楽しみなのは変わらない。


 カレン神を探すと、他の客のオジサンたちの上で寝ていた。

 胴上げの最中で全員寝たようである。


 こんな寝方はちょっとありえない、オジサン布団で寝るのは女の子としてどうなのか。

 慌ててジャガイモがどうのこうの寝ぼけているキスチスと二人で、カレン神を引きずってオジサン神殿から出した。


 向こうではみのりんとタンポポが早くも起きて、今日の旅支度をしているのが見えた。

 見ていると朝の体操とか始めたようだ、あの二人はとても仲が良さそう。


 馬車隊は全員を乗せて出発、ネムネムの町まで一日揺られて夕方に目的地に到着した。いよいよここから温泉なのだ。


 しかしそれから宿を探したのだが、これがめちゃくちゃ難しかったのである。


「ネムネム教の生き神様がご光臨なされたとかで、信者の方が大勢参拝にお見えになられてるんですよ」


 これはやっと空きを見つけた宿屋の女将の言葉である。


 生き神様ってまさかカレン神の事じゃないよね?

 アルクルミは思わずジト目になりかけたが、それは最近こちらにやってきた男性だという事で胸を撫で下ろした。


 ネムネム教の生き神様にカレン神、この町には今二人の神様が光臨している事になるようだ。


 ようやく取れた部屋が三人部屋で、ベッドが三つしかなかったが、女の子二人で一つのベッドを使えばどうという事はない。

 幼馴染たちとは昔から重なり合って寝てたのだ。


 しかしここで問題が起きた。


「あ、しまった。クマ太郎を持ってくるの忘れてた」


 アルクルミは普段、ぬいぐるみのクマと一緒に寝ているのだ。

 どうしよう、クマ太郎がいないと眠れない。キスはクマ太郎の代わりになるだろうか。


「な、なんだよアル、何でそんな目で見てんだよ。クマ太郎って誰だよ?」


 ところで同行して来た男は、白い犬と同じ犬小屋に泊まる事になったらしい。

 モフモフと一緒に眠れるなんて、それは至福の時なのではないのだろうか、なんて羨ましい。


 この人、誰だかわからないけど一番の当たりクジを引いたわね。

 ちょっと羨ましいアルクルミだったが、その事で助かった事もある。


 さすがに男性を、女の子だらけの部屋に寝泊りさせるわけにはいかないからだ。

 絶対に間違いなくアルクルミのスキルが炸裂しまくって、男の人を粉々にしてしまうだろう。危うく見知らぬ土地で、殺人犯になってしまうところだったのである。



「よーし! 食事の前に温泉に行こう! 温泉! お酒! 温泉! お酒!」


 部屋に荷物を置いた後、サクサクがもう我慢できないといった感じで騒ぎ始めたので、まずは全員で温泉に入る事になった。

 ご飯の前にひとっ風呂、やっぱりこれが温泉の醍醐味なのだ。


「お客さん困ります、男性はあちらのお風呂になります」

「私は女だっての!」


 キスチスが従業員と漫才を始めたようだ。アルクルミはそれを見ながら女湯ののれんをくぐって行く。


 かけ湯をして足からゆっくりと温泉に入っていく。

 心地よいお湯を感じながらアルクルミは温泉の湯船に浸かった。


「はあ~、これこれこれだわ。極楽極楽」

「なんだかお婆ちゃんみたいだぞアル」


「あらキス、無事女湯ののれんを突破できたのね」

「フォローもなしに先に行くとか酷すぎないか?」


「キスの男の子ネタは毎回拾ってると疲れちゃうんだもん。温泉には疲れを取りにやってきたんだから、疲れるのはだめだよね」

「私はネタでやってるわけじゃないよ、いい加減にしろよ」


 文句を言いながらキスチスが温泉に入る、その後ろからカレンもやってきた。


「それで男の子として女湯はどう? 天国でしょー」

「あーやめやめ、アルがその気ならこっちだって考えがあるからな」


「か、考えって何よ。な、何よそのいやらしそうな手は、やめてよね」

「女湯に潜入した少年がやる事は一つなんだよ!」


「あははははは、キスやめて、ごめん謝るから、カレンも参戦しないで!」


 幼馴染三人娘は温泉ではしゃぎまくったのである。


 互いに十六歳、もう全員立派な淑女になっててもいいはずだが、子供の頃と何も変わらない。

 せっかくの温泉旅行だ、お淑やかにしててもつまらない、楽しまなきゃ損なのだ!


「きゃははははは!」


 向こうではしゃいでいるのはみのりんとタンポポだ。二人とも楽しそうで良かった。

 さっきみのりんが、自分たち幼馴染三人娘の邪魔をしないようにスーっと奥に移動しているのを見て、気を使わせたかとちょっと心配になっていたのだ。


「みのりーん! タンポポちゃーん! そっちも盛り上がってるねえ!」


 向こうに手を振っているカレンは無防備だ。

 すかさず抱きついたアルクルミ。さっきの仕返しをするのである。


「そういえばサクサクはどうしたんだろ?」


 カレンとキスチスと散々遊んだ後で、アルクルミがもう一人の友人を探す。

 なんと彼女は仰向けでプカプカ浮きながら、酒ビンをラッパ飲みしているではないか。


 お父さんが温泉でお酒を浮かべて飲むのは最高だと話していたけど、あれがそうなのだろうか。

 飲むお酒を浮かべるというより、お酒を飲む本体が浮かんでいるのだけど。


 酒飲みのマナーやルールはよくわからないので、きっとあれで正解なのだろう。なにしろサクサクは酒飲みのプロなのだから。


 一瞬父親が浮かんでるシーンを思い浮かべたが、すぐに消去した。

 可愛さが微塵も無い、女の子が想像していい情景ではなかったからだ。



 事件が起こったのはその時である――


「きゃー! 覗きよー!」


 近くで他の女性客の悲鳴が轟いたのだ。


「ひ、痴漢! 覗き? カレン怖いよ」

「ふにゃああ」


 慌ててカレンに助けを求めたのだが、彼女は湯船の縁でぐったりしていた。

 しまった、さっき調子に乗って反撃しすぎたのだ。


「じゃ、キスが撃退して」

「むむむむむむ無理」


 キスチスは真っ赤になって湯船から首だけを出している。

 そうだった、キスはこういう直接的な攻撃には激弱だった! 使えない子!


「し、仕方無いだろ、お、男の人に裸なんか見られたら死んじゃうよ私」


 キスは普段男の子みたいなくせに、変なところで乙女チックなんだから。


「じゃサクサク!」


 見ると酔っ払いのプロは、スーイと温泉の向こうの方に流れていく。酒飲みの川流れである、声が届かない。


「みのりん!」


 の姿はさっきの所にいなかった、もしかしてもう出ちゃったのだろうか。一瞬にして姿が消えた気がする、痴漢を退治してからにして欲しかった。

 タンポポもいない。


 まずいよ、こんな裸で無防備な所を襲われるなんてありえない。

 頼りになる冒険者の面々がダメじゃ、残るは何の戦闘力も無い普通の肉屋の娘だけじゃない。


「従業員さんを呼んでくる!」


 アルクルミは湯船から出て出口に向かおうとして、不運にも出くわしてしまった。

 目の前に、白い犬に頭を噛み付かれた男が出てきたのだ!


「キャ――――!」


 即座にアルクルミのスキルが炸裂して、覗き魔は女湯の壁の外側へと吹き飛ばされていった。

 キラーンと光る彼はお星様になったのだ。


「インメルマンターンからの左捻りこみだね!」


 いつの間にか戻ってきていたサクサクの技の解説である。


「見られた見られた見られたあああ!」


 どうでもいい男に見られてしまった、もうだめだ死ぬしかない。私はここで温泉の泡になるのだ。


「大丈夫だよアル。あいつ顔面にシロが張り付いてたから、誰にぶっ飛ばされたのかすら本人はわかってないよ」


 アルクルミを慰めたのは、騒動でなんとか復活したらしいカレンだ。


「本当?」

「あのバカ、運がいいのか悪いのか。今夜は一晩正座だね、活躍したシロにはお肉をご馳走するよ」


 どうやらあの白い犬はシロと言う名前らしい、白だからシロとはなんという安直な名前の付け方だろうか。

 アルクルミは呆れているが、クマのぬいぐるみにクマ太郎と名付けている彼女も似たようなものなのだ。


 見られてないのならまあいいか。犬に噛まれたようなものだ。

 あのシロちゃんには私からも何かプレゼントしよう。



 温泉地での初日から前途多難な覗き騒ぎ。


 そうなのだ。

 アルクルミの〝どうしてこうなった〟温泉旅行がたった今スタートしたのである。


 次回 「温泉なのにカニが無いだ……と!」


 アルクルミ、サクサクに巻き込まれる

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