その5 モンスターに襲われたアルクルミ
「ひえええええ!」
自分でもはしたない声を上げたと思った事だろう。
モンスターに驚いたのだから仕方が無い、そのままはしたなくしりもちをついてしまったのも仕方が無いのだ。
『ぶきーーーっ』
雄たけびを上げてアルクルミ目がけて突っ込んでくるモンスターは、本日二体目の子豚型モンスター、〝やんばるトントン〟だ!
こいつの大きさもやはりでっかい熊くらいあった。
「アル!」
カレンが慌ててスコップを構えて走る!
しかし間に合わない!
モンスターはアルクルミに襲い掛かり、しりもちを付いてしまった彼女の――あろう事かスカートの中に頭を突っ込んだのだ!
偶然が生んだ産物なのだろう、モンスターは獲物に襲い掛かったと同時にしりもちをつかれ、そのままふわっと上がった彼女のロングスカートの中に頭を突っ込んでしまったのである。
ラッキースケベと呼ばれているこの現象、しかしモンスターなだけにラッキーと思っているかは微妙、実にもったいない事である。
「やめて! やめて! スカートの中は許して!」
真っ赤になったアルクルミがモンスターの頭をポカポカと殴る、びっくりして転んだ拍子に包丁は飛んで行ってしまった。
「食べるなら普通に食べてよ! 女の子にこういう食べ方をしちゃいけないって、教わらなかった? 常識でしょ!?」
アルクルミは混乱中。
モンスターはスカートの中で暴れている。突然視界が暗くなったのでモンスターもアルクルミ同様混乱中なのだ。
どちらが先に混乱から立ち直るかで勝負が決まる。
可哀想だが、アルクルミの分が悪い。モンスターに襲われるという緊急事態だ、町の普通の女の子ではこういった場合、奇跡でも起こらないとオロオロから立ち直れないのだ。
そして立ち直ったとしても、所詮素人少女ではモンスターとは戦えない、完全に詰みだ。
もうだめだ! 私の人生はここで終わっちゃった。せめて……私がモンスターと戦える能力を持っていたら――
せめて、私の持つスキルがモンスターと戦えるスキルだったら――!
せめて――
「スカートの中はやめてって……!」
アルクルミはモンスターの頭を抱えると。
「言ってるでしょうがー!」
そのままでっかい熊くらいあるモンスターを持ち上げて、背中から地面に叩きつけた!
彼女の対セクハラ反撃スキルが発動したのだ!
「スカートの中に頭を突っ込むとか、絶対にありえないんだから!」
モンスターの後ろ足を持つとグルングルン回し、遠心力を利用して勢いよく岩に叩きつける。跳ね返ってきた所をラリアットで総仕上げだ。
地面にバーン! そして岩にドーン! である。
詰んだのはモンスターだった。アルクルミに対して、スカートの中に頭を突っ込むなどという冒険を試しては絶対にいけなかったのだ。
『ハアハア』と立つアルクルミ。
岩の前でモンスターはカクンとなっていた。
「カレンは大丈夫だった?」
慌てて友人に振り返ると、ポカーンとしたカレンが棒立ちで。
「ダイジョウブテゴザイマス」
何故か敬語になっていた。
「アル凄いよ! まともな冒険者ができるじゃん!」
ゲットしたお肉を捌きながらカレンがはしゃいでいる。
「無理だよカレン……セクハラ受けた時しか出て来ないスキルなんて使いようが無いよ。今回はたまたま運が良かったというか悪かったというか、複雑すぎて何て言っていいのかわからない」
カレンはちょっと考えて案を出してきた。
「パーティメンバーにオジサンを入れてさ、モンちゃんが出たら触ってもらうとか。あ、でもダメか、そんな場面見たら私がそのオジサンを退治しそう」
「カレンが仕留めなくても、私のスキルがそのオジサンに発動してその人を討伐しちゃうよ、パーティの戦力が減るだけね」
「そっか」
あははははと楽しそうに笑う二人の、髪のしっぽが揺れた。
****
「これだけあれば大丈夫でしょう、お父さん。本当に、本当に酷い目にあったんだからね! これで足りないと言ったら毟るから」
二人は肉が満載された袋を『よいしょ』と、頭を押さえて涙目になった店主の前のテーブルに置く。
先ほどまで行商人のように肉を担いでアルクルミの家に帰ってきたのだ。
肉半分はカレンの取り分、残りはアルクルミ、肉屋の仕入れ分だ。
誰がモンスターを倒そうが、パーティメンバーは経験値も肉も仲良くわける。
カレンは自分が食べる分を取った残りを店主、つまりアルクルミの父親に売るのだから肉屋の仕入れ量はもっと増える。
「さて……」
実はここからがカレンの戦いなのである。
肉をいかに高く買わせるか、肉をいかに安く買い叩くか、冒険者と肉屋との生死をかけた攻防が始まるのをアルクルミは近くに座って眺めている。
「今回はいい部位が入ったと思うよ。みてよこのロース、赤みが食欲をめちゃくちゃ刺激するでしょ。誰が見てもお腹を鳴らすよ」
「いやいや、よく見てみろ、ここちょっと傷があるじゃないか」
「お肉に傷とかワケわかんないよ、どーせ売る時はスライスしたり小分けにするんでしょ」
「カレンちゃんも傷モノにならないようにしないといけないよ」
「オジサン、セクハラ!」
ビシイ!
アルクルミは楽しそうに見ている、いつもの事だ、彼女はこの漫才を見るのが好きなのだ。
「今日はカレンに助けてもらったんだから、カレンの言値で買ってあげなよ。それと今のセクハラ発言は、晩ご飯から一品抜いておくようにお母さんに言っておくからね」
アルクルミはカレンの側につくつもりのようだ。
なんせカレンは剣も使えないような状態なのに付き合ってくれたのだ。
「な、お前裏切るのか、うちは肉の売り上げで食ってるんだぞ、お前の小遣いだってなあ」
「お小遣いの事を言い出すのはちょっとずるいと思う。お父さんのおかずを二品抜けばいい」
アルクルミは自分の父親の頭を睨む。
おかずを抜く代わりに、例の物を毟って抜いてやろうかと考えているのだ。
「高く買わないのならいいよ、私の取り分は全部持って帰るから」
「へー食えるのかそんな量、腐っちまうぞ、腐らせる位なら少しでも金にした方がいいだろ? ほれほれ」
アルクルミ対策にしっかりと帽子を被った店主が、安い代金を渡そうとカレンに詰め寄る。
いくらモンスターの肉が腐り難いと言っても、カレンの分が悪そうだ。
だがカレンは反撃した。
「いいよ、ご近所に配るから。配られた家はここには買いに来ないよね。そしたらオジサン、お肉もお金もおかずも手に入らないよね」
「私も自分の取り分をご近所に配ってこようかな、そういえばこれ肉屋の取り分じゃなくて、肉屋の娘の取り分だったし」
助っ人も入り形勢逆転、この戦いは肉屋の店主の完全敗北に終わったのである。
十六歳連合にかかっては、オッサンは手も足も出ないのだ。
「お腹は出てるけどな!」
この寒いオヤジギャグで、アルクルミとカレンが風邪をひきそうになったので、ある意味引き分けだったのかも知れない。
ただ肉屋と長い付き合いで遠慮のないカレンは、容赦ない言値を指定してきて、次の月のアルクルミのお小遣いが少し減った。
結局、被害者はアルクルミだけで終わったのだ。
第1話 「しっぽパーティのお肉の仕入れ」を読んで頂いてありがとうございました。
次回 第2話 「お魚屋さんと討伐に行こう」
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