その8 コロッケパンの宣伝で町が滅びる!
魔族が空を飛んだせいで、とんだ大騒ぎになった。
「はーい! 私肉屋の娘の渾身のマジックショーでございまーす!」
大慌てのアルクルミが、両手を広げてキルギルスの下に立ち叫んだのだ。
パニックになっていた観光客が、アルクルミの声に我に返って集まってくる。
「おお! 凄い! 魔法スキルか」
「魔族が襲ってきたのかと思っちゃった」
皆がアルクルミを賞賛したが、それは観光客だけではなかった。
「凄い凄い、凄いのだ! アルクルミは魔法が使えるのか!」
いや、あなたへのフォローなんだけど、とりあえず降りてきてキルギルスちゃん。
アルクルミの願いも虚しく、興奮しているキルギルスは飛び回っている。
「素晴らしい! 空中に浮かべるだけじゃなく自由に飛ばせるのか!」
「こんな魔法スキルは初めて見た!」
飛び回っていたキルギルスがピタっと空中で止まり、右手を上げている。
こ、今度は何をする気――?
「私も魔法は使えるのだ! いっくぞー! 必殺殺人電撃ど――――ん!」
『ビカッ! ズドオオオオオン!』
雷鳴がなったかと思うと、一本の雷が地面に突き刺さったのだ。
周囲にいた観光客が吹き飛び、その跡には大きな穴が開いていた。幸い死傷者は出なかったようだ。
「なんという破壊力だ!」
「こんなの魔族も真っ青だな!」
「あははは、そうですね(キルギルスちゃん、降りてきて!)」
『キッ』と目線を送ったアルクルミに、キルギルスは大いに勘違いをする。
「もう一回か? お安い御用の助なのだ! 必殺殺人――」
「も、もういいから! 殺人とか物騒な事を叫ぶのも、とにかくお終いにしましょう!」
「え? わわっ! 途中で止められると制御不能になるのだ! き、緊急事態!」
キルギルスは慌てて腕を空に向けると、大空に巨大な雷が吸い込まれていった。
『ズッドオオオオオオオオオオオオオン!』
空に落ちた珍しい雷の巨大な音で、その場にいた全員がひっくり返る。迷惑な話である。
あ、危なかった。あんなものが落ちていたら、この屋台が吹き飛んでいたのではないのだろうか。
アルクルミが胸を撫で下ろしていると、パタパタとキルギルスが横に降りてくる。
「あ、危なかったのだ。制御不能になるととんでもない事になるのだ、この国が消滅してしまうところだったのだ」
もっと深刻な状況だったのか――!
まさか魔王の襲撃前に、コロッケパンの宣伝で滅んでしまうところだったのだ。
コロッケパンは恐ろしい食べ物だった。
「先ほどの魔法スキルはあなたのものですか」
「え? は、はい」
黒尽くめの数人の男たちに突然尋ねられたアルクルミは、まさか魔族の子の仕業とも言えず自分だと返事をした。
キルギルスは後ろに隠している。
男たちは真っ黒なコートを羽織ってその内装は見えず、冒険者の町の者たちでは無いのがすぐにわかる。
こんな連中を見た事が無いのである、格好からして明らかに普通ではない。
何なのこの人たち、まさか軍関係の人なのだろうか。
今の魔法を見て、魔王と魔族討伐軍のスカウトに訪れたのだろうか。
襲ってくる魔王に対して、少しでも抵抗しようという動きがあるのはアルクルミも知っている。
確かにさっきの一撃なら魔王軍も消し飛ぶのかも知れない。
「あなたをスカウトにやって来ました」
「ああ、やっぱり魔王討伐軍なのね」
「何なのだ? 魔王さま討伐って何の事なのだ?」
キルギルスが怪訝そうな表情で問い詰めてきた。
ま、まずい、これはまずい事になった。
この子は確か魔王の側近のはず、ここで魔王を叩く話なんかされたら、さっきの一撃をお見舞いされかねないのだ。
一難去ってまた一難だ。
結局魔王襲撃の前にこの町は滅んでしまうのか。
「あ、あの、今は立て込んでまして、お話はまた今度という事で」
「そう言わずに、この国の未来がかかっているのです。我々はこういう者です」
そう言いながら渡された名詞。
その名詞にはこう書かれてあった。
『ネムネム・温泉協会』
何だこれは……ネムネムって温泉で賑わう隣町の名前だよね。
「私たちは今、電気風呂の開発に勤しんでおりまして、先ほどの魔法スキルを見てピーンと閃きました。是非あのスキルでご協力頂けないでしょうか」
あ――まぎらわしい――うわ――!
アルクルミは叫びたいのをぐぐっと堪えた。
男は黒いコートの内側からパンフレットを出してくる。コートの内側はぎっしりとパンフレットが詰まっていたのである。
「電気風呂はいいですぞ、ピリピリという適度な刺激が血行を促し、全身マッサージにもなります」
さっきのあの破壊力をちゃんと見ていたのだろうか。ピリピリという適度な刺激どころか、国ごと感電して吹っ飛ばされてしまうわ。
「ごめんなさい、私はただのコロッケパンの売り子ですので、脳がコロッケパンの事しか考えられないのです。お引き取りください」
帰っていく温泉協会の人たちをジト目で見送ったアルクルミは、キルギルスに向かい合う。
「魔王とは関係無い話だったね。それともう空を飛んじゃだめだよ、さっきのビリビリも無しで」
「良かったのだ、魔王さま討伐とか聞こえたから焦ったのだ」
「私たちが魔王をどうこうできるわけがないし」
「魔王さまは、よく執事さんに怒られて泣いてるのだ。また怒られると思ってヒヤヒヤしたのだ」
「魔王ってなんなの」
一旦避難していた観光客たちが戻ってきた。
「いやー、凄いパフォーマンスだった!」
「一生の思い出だ」
「冒険者の町観光最高!」
「よし、コロッケパンくれ!」
危うく町が滅びかけたのだけど、とりあえずコロッケパンが売れるのならよしとしようか。
再び行列ができてコロッケパンが飛ぶように売れ、品切れも見えてきた。
「キス、増産お願い、ここはサクサクと私とキルギルスちゃんにまかせて」
その言葉に一瞬涙目になったキスチスだったが。
「三店舗合同と言われたからには、魚屋としてはやるしかないよなあ。一切魚が関係無いのが私としては悲しいんだけどな、行って来るわ」
「刺身パンでも作ろうか?」
「そんな物が仮にもばか売れしたら、うちの親父が調子こくだろうからやめとく」
キスチスが増産に向かったが、当面売るものがほぼなくなってしまい、ようやく客の列が捌けた。
今の内に少し屋台の前でも掃除しておこうかと、アルクルミが前に出てきた時である。
「お嬢ちゃん、いい腰してるねえ」
コロッケパンと酒で酔っ払った観光客が、アルクルミの腰を触ったのだ。
すかさず観光客の腰を持ち逆さまにすると、そのまま地面に頭を突き刺した。
サクサクが早速解説する。
「お、パイルドライバーだね!」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「おお、これは素晴らしい」
「冒険者の町にはこんなサービスがあったのか」
商品が無くなった屋台の前に、謎の行列ができたのである。
「これは商品ではないので並ばないで下さい!」
「エルボー・スマッシュだね!」
「バックブリーカーだね!」
「くずれかみしほうがためだね!」
「ジョルトブローだね!」
「水遁の術だね!」
「155mm砲零距離射撃だね!」
サクサクの元気のいい解説が響いた。
連続スキルの投入で、十人目を仕留めた時点でアルクルミはギブアップ。
追加のコロッケパンが運ばれて来たが、アルクルミはもう屋台の中からは出ようとはしなかった。
彼女の十連続技発動は新記録となった。
第10話 「屋台でコロッケパンを売ろう!」を読んで頂いてありがとうございました
次回から第11話になります
温泉回です
のんびり温泉に……浸かりに行って酷い目に遭うのです
次回 第11話 「温泉に行こう!」




