その3 コロッケを増産せよ!
「コロッケってなんなのだ?」
アルクルミがコロッケパンについて考えていると、二人のやり取りをポカーンと見ていたキルギルスが尋ねてきた。
興味津々な感じである。
その時ちょうど追加で仕上がって母親が運んできたコロッケを一つ、魔族の少女に渡す。
「これだけど、食べてみる?」
「これ食べられるのか? お日様の下でくたっとなった猫じゃないのか?」
「猫はもっと液体っぽいでしょ、投げて遊ぶものでもないから投げようとしないで。履物でもないから」
キルギルスはクンクンと匂いを嗅いだかと思うと、躊躇なくかぶりついた。
一口である。そして叫んだ。
「んあああああああああ!」
「ご、ごめん、熱かった? 揚げたてだから一口はだめだよ」
「なんなのだこれ、美味しすぎるのだ! サクサクなのに中はホクホク。こんな美味しいのは食べた事が無いのだ!」
「なんだなんだ」
「美味しい物があるの?」
「あの可愛い子が食べてるやつかな」
「見た事ないけど美味しそう」
叫ぶコスプレ少女の宣伝力は恐ろしい効果があった。
観光客が一瞬でコロッケを買う為に並んだのである。
コロッケが飛ぶように売れていく。朝のうちに仕込んだコロッケをどんどん揚げているが追いつかないのだ。
ストックが恐ろしいスピードで消えていく。
これはまずい、追加で量産しないとせっかく並んでくれたお客さんたちに食べてもらえない。
増産する為には、誰かにジャガイモを潰す手伝いをしてもらわないと!
「なんだなんだ! 変な行列がうちの店の前まで来てるぞ、一体なんの騒ぎだ」
救世主の登場である。
「あ、キスいい所に来た。これコロッケの行列なのよ。それでねキス、頼みたい事があるんだけど」
「じゃ、私はそういう事で」
救世主の退場である。
「あ、さっきの男の子なのだ」
そう言ってキルギルスがキスチスを捕まえた。人形みたいに小脇に抱えたのだ。
「なんだよこのチビッコは。あ、こいつ、さっき私にバケツの水をぶっかけて逃亡したやつじゃないか。私が捕まえるのが道理なのに、何で私が捕まってんだ」
「さっきは萎れた感じだったのでお水をやっただけなのだ」
「人を葉っぱみたいに言うな! 離せ、私は店に帰るんだ! 店でのんびり魚を売るんだ!」
キスチスはキルギルスの腕の中で暴れるが、こんな小さな子なのにびくともしない。力の差が歴然としているのだ。
「なんとなくこの子がいないと、魅惑の食べ物のコロッケが作れない気がしたのだ」
もの凄い嗅覚である、さすが伊達に魔族なんかやってはいないのだ。なんと頼もしい事だろう。
「そうなのよ、キスはこの町で一番のコロッケ職人なのよ。よ! アドベンドアいちの職人!」
「いやーまいっちゃうなー……ハッ! 危ない危ない、おだてようったってそうはいかないぜ」
おかしいな、今まではこれで上手くいっていたのに。さてはとうとう学習したか、キスあなどれない子。
「おいアル、アルの私への認識について一回話し合いをしようか」
「それは私も思ってたのよ、魔族にも勝てる凶暴な女の子について会議が必要だと」
幼馴染みは互いに見つめあい、互いに『ふふふふ』と不敵な笑いを交わした。
ついでにそれを見てキルギルスも『ふふふふ』と真似をする。
「ところでアドベンドアって何だ?」
「この町の名前じゃないの。通称である冒険者の町いちの職人っておだてたら、もうちょっとかっこよくならないかって言ったのキスだよ」
「アドベンチャーにドアくっ付けたみたいなお手軽な名前だな、アルが今考えたのか?」
「昔からそうです! もういいからキルギルスちゃん、キスを連行して」
「あいあいさー」
キルギルスが小脇に抱えたキスチスを奥に連れて行こうとする。
「やめろって、だいたい今朝、今日の仕込み分のジャガイモは散々潰したはずだぞ」
「この行列だもの、あっという間に消費したわよ、し尽くしたわよ」
「早くしないともうすぐコロッケ品切れになるわよー」
奥から母親の声が催促している。
「助けてキス、ジャガイモを潰して、あなただけが頼りなの」
「お願いキス、ジャガイモを潰すのだ。魅惑のコロッケは絶滅させてはいけないのだ」
キラキラ目線でキスにすがりつく二人。
「しゃーねーな、私はアルとチビッコにお願いされると弱いんだ。ってこのチビッコはところで誰なんだよ。どこかで見た気がするんだが、なんだっけ」
「魔族のキルギルスなのだ、お前とは友達になったのだ」
「なんだってー!?」
「た、ただの魔王のコスプレした子よキス、気にしない気にしない。考えると頭から湯気出ちゃうよきっと」
「友達になった覚えがないぞ」
そっちの驚きなの? 魔族に驚きなさいよ。
「たった今なのだ、何か問題が? 気にしない気にしない。気にする魔族は夜眠れないって言い伝えがあるのだ。それに私はコスプレじゃなくて魔族なのだ」
「魔族? まあいいか」
いつものキスチスだ、何でもかんでもまあいいかと受け入れてしまうのだ。あまり深く考えると熱と湯気を出すのである。
「よーし張り切ってジャガイモ潰すか!」
「私も見学するのだ、ジャガイモ潰すとこ見たい」
「おう、見ろ見ろ。キスチス様の華麗なる技を見せてやっからな」
「おお、すげー! 私もモンスター潰すの得意だぞ、楽しみなのだ」
二人が奥に消えていくのをアルクルミは見送った。
なんだかんだで、結局は手伝ってくれるのがキスチスなのだ。
「私も何か手伝おうか? このサクサクちゃんに何でもお任せだよ!」
コロッケ行列騒動ですっかり忘れて去られていたサクサクが張り切っている。
「適度に顔をつっこんで出番と存在感のアピールは、常日頃から怠らないのだよ」
「サクサクにはお肉をさっと取って来てくれると助かるけど、さすがに無理だよね」
「うんわかった、ひとっ走り行って三十分で戻ってくるよ!」
「え? 三十分? あれ、サクサク?」
驚いているともうサクサクの姿は消えていた。
あの冒険者サクサクの行動力も、魔族に引けを取らない。
特にお酒が絡むと魔族の里にでも突入するだろう、どこかわからないけど。
「コロッケください」
「はーい」
アルクルミは呆れている場合ではない、大忙しなのだ。
肉屋に並んだ観光客の行列はまだまだ続いている。
次回 「モンスターのお肉解体ショー」
キスチス、更なるコロッケ増産を言われて気絶する




