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その1 肉屋を可愛くする野望


 チクチクチクチク。


「できた!」


 アルクルミは自分の部屋でたった今完成させた物を広げて、満足そうに頷いた。


 それは一着の服だ。

 昨夜から夜なべをして縫い上げたのだ。


 はやる心を抑えて袖を通すと、可愛い店員さんの出来上がりだ。

 そう、彼女はフリフリが沢山付いた、可愛い店員服を縫っていたのである。


 アルクルミは気が付いてしまったのだ。

 商品の肉も、店内も可愛くできないのなら、店員を可愛くしてしまえばいいのではないだろうかという事に。


 オッサンを可愛くしても逆に客が逃げそうなので、当然これは娘の自分が着る事になるわけだが、少女として可愛い服は嫌いじゃないのだ。


 まさか自分は天才なのではないだろうか、思いついてしまった自分が恐ろしいと震えた。


 そろそろ開店の時間である、肉屋の娘はいそいそと階下の店に下りていったのである。


「却下だ」


 冷たく言い放ったのは肉屋の店主であり、彼女の父親であり、剥げかけたオッサンである。


「どうして! 何がだめなのよ」


「そんなヒラヒラした服で肉屋がやれるかよ。肉を持ったり運んだり切ったりと、常に肉と触れ合ってるのが肉屋だ。ヒラヒラが肉に付いちまうわ、ここは茶店(ちゃみせ)じゃないんだぞ」


 う、確かに言ってる事もわかる、でもせめて茶店(ちゃみせ)じゃなくて、カフェと言って欲しいものだ。


 アルクルミは反論ができない、確かに考えてみればこの姿で肉をスライスしたりミンチにしたり、合わなさ過ぎるのだ。張り切ってフリルやリボンを大量にくっつけ過ぎたのだ。


 なにより、せっかくの可愛い服が汚れてしまう。それは絶対にありえない。

 アルクルミはガッカリしてしまった。


 肉屋の店内を可愛く華やかにする野望は前途多難なのである。


 とりあえず自分の部屋に戻り、着替える事にした。

 この服は別の何かに使えるだろう、いや絶対に使ってみせる! そう決意してクローゼットに大切に仕舞いこんだ。


 結局いつもの服装で店に出たのである。


 ただ少しでも抵抗にと、頭に可愛いリボンだけは付けてみた。

 この領域だけは可愛く死守するのだ。ここだけを見ればこの肉屋も可愛いに違いない。


「お、アルクルミちゃん、そのリボン可愛いね~、いつもと違って店内が華やかだよ」


 そう言って入ってきたのは常連さんだ。

 さすがお客さん、見る人はちゃんとわかるのだ。


 喜んだアルクルミだったが、その後がいけなかった。

『可愛い可愛い』と言いながらその客はお尻を撫でたのである。


 結局リボンよりお尻しか注目していないこの客に、スキルでヘッドバットを叩き込んでその脳裏に迫り来る頭のリボンを植え付けた。


 おでこにリボンの跡をスタンプされた客は、絶好調の笑顔で買った商品をぶら下げて意気揚々と去っていく。


「ごめんなさい、またよろしくお願いします」


 謝りながらいっそお尻にリボンを付けてはどうか、と考えてしまったがすぐに打ち消した。

 更に注目を集めてどうする。


「おはようアル、頭にゴミ付いてんぞ」

「これはリボン」


「んーああリボンか、リボンね、そんな食い物もあったっけな」


 寝ぼけ眼で入ってきたキスチスは、そのまま上がりこみ奥へと消えていく。

 コロッケ工場の工員さんが出勤してきたのだ。


 アルクルミも肉をミンチにする機械にかけると、それを奥へと運んだ。

 コロッケとメンチカツを量産するのである。


 店の肉の量が少ない、このままでは商品が無くなってしまうので特にコロッケには活躍してもらわないといけない。


 キスチスがジャガイモを潰し、アルクルミが炒めたタマネギと調味料を練りこみ、母親が揚げる。

 家内制手工業の量産体制はしっかりと確立されていた。


「なあアル、最近観光客の数多すぎないか、作っても作っても間に合わないぞ」

「魔王が攻めて来るからって、今の内に町を観光しとこうってあちこちからやって来てるみたいだよね」


「暇人が多すぎなんだよ、でもいいよなあアルん家は。観光客は魚を買っていかないからなあ」


「うちだって肉そのものが売れてるわけじゃないわよ、すぐに食べられるようにしたソーセージやコロッケみたいな加工品が売れてるだけだし」


「なあアル、何で私はコロッケを作らされてるんだ」

「その疑問に気がつくとは、まさか天才」




****




「おいアルにお客さんだぞ」


 お昼になり昼食を食べていると、店から聞こえてきたのは父親の声だ。

 因みに力尽きて白くなったキスチスは、今日の任務を全うしたので魚屋に放流した。


 誰だろう……


 父親と入れ替わりでアルクルミが店に出ると、一人の女の子が待っていた。

 十歳くらいだろうか、小さな子だ。その子は目立つ不思議な姿をしていた。


 あら、魔王のコスプレだよね、凄く似合ってるし可愛い。


 そうなのだ、その女の子は最近町で流行っている魔族のコスプレをしているのだ。


 なるほどね、魔王まんじゅうの屋台も行列ができて大人気って話だし、コスプレさんが出てきてもおかしくはないよね。

 アルクルミは、ほのぼのと少女を見つめる。


 仕上がりは完璧だ。先ほど可愛い衣装を作ったばかりの肉屋の娘は、その出来栄えに惚れ惚れする。

 金髪で褐色の肌に小さなキバ、背中に翼、完全無欠の魔族っぷりだ。


 感心してしまったアルクルミだったが、どこか心に引っかかるものがある。〝これはそうではない〟と、心が警鐘を鳴らしているのだ


 この子どこかで見た事が……


 肉屋の娘は必死に思い出そうとしてみた。

 コスプレを解いた姿が想像つかないので中々に難しい。


 コスプレ少女はパタパタと背中の翼で飛んで、アルクルミの前に着地した。


「先日はどうもなのだ。うちのモーちゃんがお世話になったのだ。自己紹介がまだだった、私はキルギルス、お酒の蔵で会ったのだ」


「ブッ」


 アルクルミが吹いた。


 まままま、魔族――!


 そりゃコスプレが完璧なはずである、本物なんだから。

 肉屋の娘は後ずさった。


 どどどどどうしよう。


 魔族がお礼参りのカチコミに来た――!


 次回 「魔族のカチコミ来たー」


 サクサク、やらかして原因を作っていた

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