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その1 コロッケくださいな


「コロッケくださいな♪」


 その客は不思議なものを注文した。


 いつものようにアルクルミが自分の家の店で、店番をしていた時の事だ。


 ロングスカート姿のその女性は、黒髪を胸までの二つ結びにしていて腰にはレイピアが一本。

 武装している事から冒険者なのだろうという事がわかる。


「コロッケくださいな♪」


 彼女はもう一度注文した。

 にこにことした満面の笑みだ。百パーセントコロッケが手に入ると期待している顔である。


「あ、あのコロッケって何ですか?」


 肉屋の娘アルクルミには、そんな聞いた事も無い商品を自分の店で売っていた記憶が無い。

 笑顔の客に少し申し訳なく思ったが、仕方なかった。


 アルクルミの前で、その女性がみるみる驚愕の顔に変化していくのが見て取れた。


「な、何を言っているの? コロッケはコロッケでしょう?」

「うちでは売ってないです」


「ぐはっ! コロッケを売ってない!? に、肉屋がコロッケを売ってないだと!」

「ご、ごめんなさい! ちょっと待っててください」


 アルクルミは慌てた、血を吐くような勢いのこの客を見て、もしかして肉屋の必須アイテムをこの未熟な自分が知らないだけなのかと思ったのだ。


 この女性客は見たところ、アルクルミよりは十歳くらいは離れている大人の女性だ。

 若干十六歳の小娘とは知識の量が違うのだ。


 お父さんに聞こうか。ああダメだ、今あのオヤジは魚屋の会合で酔っ払ってる最中だった。


 お母さんも出かけてていないので、自分で何とかするしかないのである。

 台帳なんかも調べていると。


「アルクルミちゃん、今日も引き締まってるねえ」


 新たに店に入ってきたオジサン客がアルクルミのお尻を手でペロン。

 即座に客の腰を持ち、その後頭部を床に叩きつけた。


「今は邪魔しないで下さい!」


 アルクルミの意思とスキルが噛み合った珍しいパターンである。それだけ彼女が焦っている証拠でもあった。


 ジャーマンスープレックスで仕留められた客は、気持ち良さそうに千鳥足で買ったお肉をぶら下げて帰って行った。


「すみません、何だっけ。ああそうだ」


 コロッケコロッケ、必死に店の中を調べ始めたアルクルミ。


「ねえ、今のジャーマンスープレックス?」


 ポカンとしていた女性客が尋ねてくる。


 また新しい商品名が出てきた――!


 アルクルミはパニックで商品を探す。

 スープなら今朝飲んだけど、あれじゃないよなあ……


「あの……その〝じゃーまんスープなんちゃら〟もうちの店で売ってなくて」


「違う違う、ジャーマンスープレックスは技の名前、さっきキミがお客さんにぶちかましてたでしょ」


 まさか自分のスキルが繰り出した反撃技が、そんな美味しそうなスープの名前だったとは思わなかったアルクルミ。


「そうだよねえ、知らないよね。女の子がプロレスなんか興味ないもんね」

「あははそうですね」


 プロレスってなんだ――!


「で、コロッケは?」

「そうでした、もしかしたら名前が違ってるのかもしれないです、うちの店にそれってありますか?」


 店の人間が客に商品があるのか聞くのもおかしな話だが、この冒険者の町は色んな国や町から人が来るので、習慣や呼び名の違いなどよくある事なのだ。

 ましてや相手が冒険者ともなれば尚更である。


 女性客は『うーん』と店内を見まわし。


「無いねえ、お肉しか無いんだね」


 お肉屋だから当たり前でしょと、アルクルミはつっこみを入れたかったが我慢した。


 もちろん相手がお客さんだからだが、普段客に対する振る舞いとは真逆の行為に及んでしまっているアルクルミとしては、こんな時だけでも客を大事にする癖を付けておきたいのである。


「あら、トロールのお肉なんてあるんだね、これ美味しいの? 食べてみたいかな」


「トロールを食べた事の無いお客さんにはあんまりオススメしませんね、美味しくないんです。玄人向けの珍味です」


 先日のトロール騒動でアルクルミはトロールのお肉を持ち帰ったのだが、その後にトロール討伐に成功したカレンも、大量にトロールのお肉を仕入れて持ち込んできたのだ。


 冒険者の町の食堂やレストランなどに、ソーセージやハンバーグ等に混ぜる合挽き用のお肉として卸したが、それでも全部は多すぎて買い取ってもらえなかった。


 この肉屋でもトントンソーセージとは別の安いソーセージの材料などに使ったが、それでもまだ余っているのだった。


 後は店頭で直接販売なのだが、珍味好きのマニアかアルクルミのお尻を触って反撃された、脳天フラフラの客が買っていくのみなのだ。


 モンスターの肉は他の動物と違って腐り難いという特性はあるものの、このまま行けば廃棄か、アルクルミの朝昼晩の食事がこの肉になる可能性も高い。


 肉屋としては儲けは十分に出ているのだが、肉屋の娘アルクルミとしては暫らくトロール三昧になりそうなのは避けたいところだった。


 それに廃棄はやはり気が引ける。いくらモンスターがすぐに発生するとはいえ、倒した以上は美味しく食べてあげたいのだ。


「ふーん、トロールって緑色だって聞いたけど、お肉は普通のお肉なんだね。でも試しに一切れ買ってみるよ。珍味と聞いたら黙ってられない、酒の肴にピッタリかも知れないし」


「ありがとうございましたー」


 女性客は一切れのトロールを買って帰って行った。



 一切れ売れた程度ではアルクルミの朝昼晩の食事には何の影響もないので、ため息混じりにアルクルミはトロール肉を眺める。


「これ美味しく食べる方法ないかしら」


 次回 「続、コロッケくださいな」


 アルクルミ、また謎の商品をねだられる

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